273:暴走
リチェルカーレとカンプナルの戦いが終わり、俺達は元の空間へと戻ってきた。
その場に残されていた生徒達はここへ至るまでの疲労があったのか、各々で休憩を取っていた。
岩に腰を下ろしているだけの者、マットを広げて飲食する者、寝床を用意し眠る者……。
俺達が消える前に特に何かを指示していた訳ではないので、生徒達自身で休憩する事を選んだのだろう。
幸いにもカンプナルによって辺り一帯が大きく破壊され、合成獣ドラゴンとの戦いの余波でモンスターも恐怖で寄り付かなくなっていた。
いわばここはセーフティエリアと化していた。それを察した生徒達の誰かが、皆に休憩する事を提案したに違いない。
「やぁ、待たせたね。変にあちこち動く事なく、大人しく休憩していたのは良い判断だよ」
山で遭難してしまったら捜索が困難だからな。いくら魔術の概念がある世界とは言え、手間はかかるだろう。
加えて森とはまた違った凶悪なモンスター達が潜んでいるかもしれない。襲われるだけならまだしも、食われてしまっては話にならない。
ロクに現地の情報を知らぬまま動くのは悪手だ。念のために生徒達の点呼を取ってみたが、ちゃんと全員居るようで何よりだ。
リチェルカーレの指導の影響もあってか、さすがにこの状況で無駄な行動をする生徒はいないようだ。
絶対的な恐怖で縛るというのも時には有用という事か……。クラスに一人はどうしようもないクソガキが居たりするからな。
そういう奴を指導するのは骨が折れる。無難な対応をした所で、終始舐められっぱなしなんてのはざらにある。
「……にしても困ったねぇ。実習先の洞窟が埋もれてしまったとは」
「ぐぬっ……」
ちらりとカンプナルに目をやりながらぼやくリチェルカーレ。
本来ならばこの付近にあった洞窟こそが、課外実習の本番とも言える場所だった。今までの道程は目的地までの移動に過ぎない。
知らなかったとは言え、近隣を完膚なきまでに破壊してしまったカンプナルは少々ばかりバツが悪そうだった。
「さて、代わりの実習はどうしようか……。――!?」
リチェルカーレは突然言葉を止め、振り返ると共に上空を見上げる。
視線を追うと、上空に小さなひび割れが生じていた。これはファーミンでも見た『空間が割れる』って現象か。
たまに魔界に通じる穴が開いてしまう事態が起きていたらしいが、これもその一つなのだろうか。
「自然現象じゃないね。これは意図的に起こされている現象だ。近くに精霊の力の発現を感じる」
「精霊の力……? じゃあ、これからその精霊とやらを止めに行くのか?」
「あぁ、せっかくだしリューイチの契約精霊の中から先行して現場に行ってくれると助かるんだが」
俺が契約を結ぶ事になった精霊達は八人だ。一番早く現場に行けそうなのは誰だろうな……。
そんな事を思いつつ、誰か出てきてくれーと精霊を呼び出してみる事にした。
『こ、こんにちは。わ、私に何か御用でしょうか……?』
全身が淡い輝きに包まれた、長い銀の髪の少女型精霊だ。白いワンピース姿で、まるで寝起きのようにとろ~んとした表情をしている。
契約した際に倒れて意識を失ったままの精霊のうちの一人だな。故に、まだ名前すらも知らない訳だが……。
「こうして対面して話すのは初めてだな。俺は刑部竜一だ。ヴァルナの案に乗っかる形で勝手に契約してしまって済まなかったな」
『い、いえ。私も貴方の『力』が好きですから……。私はミスラと言います。一応、光の精霊をやってます』
「すまないが、あっちで何か起きてるみたいななんだ。先行して様子を見に行ってくれないか? 俺達もすぐに後を追うよ」
『わ、わかりました。出来る限りの事をやってみます……』
そう言って、ミスラはその場から姿を消した。後に聞いた話だが、彼女は光の精霊だけあって光の速度で移動する事が出来るらしい。
何せ一秒間で地球を七周半も出来るほどの速度だ。星の中の移動であれば、完全に瞬間移動するよりも早いな。
「さて、アタシ達も後を追う必要がある訳だけど、さすがにみんな引き連れていくわけにもいかないね」
「確かにただ事じゃないもんな……。実習はどうするんだ?」
「仕方が無いからカンプ……いや、テュランに後を任せようと思う」
「我!?」
「なぁに、別に難しい事じゃないよ。生徒達を無事に学院にまで連れ帰ってくれればいい。その間の指導方法は任せるよ」
リチェルカーレの無茶振りは今に始まった事じゃないが、今回もなかなかだな。
賢者ローゼステリアの弟子だから強さに関しては文句なしだろうが、指導力はどうなんだろうか。
「キミは自身の名を冠された『武闘学院』の運営をほっぽり出しているんだ。母様への不義理だとは思わないのかい?」
「む……。だがあれは師が勝手に我の名を使っただけで、我が運営をするなどとは同意した覚えもないのだが……」
後で聞いた話だと、この国には『カンプナル武闘学院』という、闘気を扱う格闘に特化した学院もあるらしい。
ただ、今本人が言ったように勝手に名前を冠しただけでカンプナル自身は全く運営に関わっていないとの事。
ローゼステリア魔導学院と同じく、表向きはカンプナル○世との称号を冠した実力派の格闘家が校長を務めている。
「とにかく、この子達は母様の学院の生徒だ。母様にとっては我が子も同然。ちゃんと守り切るんだよ」
「……ぐぬぅ」
リチェルカーレは俺の手をガッと握ると、共に足元へ作り出した空間の穴へと落下していった……。
「って、俺もかよ!?」
・・・・・
少し時間はさかのぼり、ローゼステリア魔導学院。
「こ、これは一体何事だと言うの……!?」
レーレン教授は慌てた生徒達の報告を聞き、現場へとやってきていた。
そこは学院内に数ある模擬戦の練習場の一つだった。精霊術師学科の生徒達も、ここで良く練習をしている。
戦闘フィールドの中には複数人の生徒と精霊が居たのだが、うち一人の生徒が血まみれで倒れていた。
「あれは……マーナ君!? 治療班は一体何をやっているんですか!」
フィールドに倒れ伏していたのは、マーナ・パラヴィーナという生徒だった。
彼はクーと呼ばれる小さな馬型の精霊と契約しているのだが、その弱さゆえにいつも模擬戦でイジメに等しい扱いを受けていた。
とは言え、これは彼自身がパートナーの精霊を守るために自らが代わって攻撃を受けるが故の事であったのだが……。
「そ、それが精霊が暴走していて近付けないんです! あの子は最弱では無かったのですか!?」
治療班の職員が示すのは、フィールド中央で凄まじいオーラに包まれて慟哭している精霊のクーであった。
そのオーラは稲妻がほとばしっており、加えてかまいたちのように鋭い風を生み出しており、近付く事も出来ない。
それがマーナを守るように展開しているため、治療を施そうにも入っていく事が出来ないのだ。
「そもそも、どういう経緯でこうなったのですか!? 誰か現場を見ていた者は……」
恐る恐る手を挙げた女生徒曰く、またマーナをサンドバッグにするかのような模擬戦が行われていたらしい。
だが、倒れ伏したクーにトドメを刺そうと精霊が最後の攻撃を仕掛けた際、マーナがクーの前に出てしまったのだ。
例え精霊はこちらの世界で殺されても、本体は裏界にあるので何度でも復活をする事が出来る。
「今までもそうでしたが、マーナは極度に精霊をかばう傾向にあるようです。例え復活するとしても、それでもなお殺されるのを嫌がったのでしょう」
「精霊の身より自身の身を犠牲にする……。安易に美談にしてはいけない行動ですね。勇気と無謀は異なるものですから」
「こうなる前にもっと早くから止めておくべきでした。模擬戦だからと、精霊は死んでも蘇るからとタカをくくって慢心していた私の罪です」
教授と治療班が反省を語っている最中、後方から生徒達の呼び声が響く。
「先生! エレナさんを連れてきました!」
連れてこられたのはエレナ。この学院においてすっかり治療班のエースとなり、法術についても指導を行う立場になっていた。
「治療は私が行います! 皆さんは周りの事をお願いします!」




