025:イスナ村を発つ
ちょっとしたトラブルが終わり、ネーテさんは別の任務のため村を発った。
リチェルカーレは俺からカメラを一つ借り、宿の自室で研究するといって引きこもった。
一方の俺はと言うと、適当に召喚した電化製品の数々とあれやこれやと格闘していた。
「うーむ、どれくらいの力加減が良いんだろうな……」
指先に魔術で電気を発現させコンセントを握る。あるものは煙を噴き、あるものは爆発、また他のものは無反応だったり。力を微調整しながら、稼動に適切な電気の量を調整していく。
実験する電化製品の数が三十を越えた辺りで、ようやく手応えを感じ始めた。この辺りになって、やっと問題なく稼動させられる品が増えてきたのだ。
また、各種機器の充電器もちゃんとランプを点灯させられるようになり、充電が可能になった事で長期的に使える見込みが出てきた。
同一のものを何度でも召喚できるため充電なんていらないかも……と考えもしたが、最初から充電されていないものが召喚された時に困るからな。
慣れれば、電気の魔術を使いながら道具を使う事が出来るようになるだろう。途中でくしゃみとかしたら暴発しそうで怖い気もするが。
魔術でふと思った事だが、俺もリチェルカーレもネーテさんも、術を使う時に詠唱とか何もしていなかったよな……。
あれはあくまでも創作物上の演出なんだろうか。若干痛い気もするが、その反面でやってみたい気もする。
「雷よ! 我が呼び声に応え、今ここにその力を示せ!」
「……何をやっているんだ君は」
うおっ! なんてタイミングでやってくるんだ。痛い所を見られてしまったじゃないか。
しかも肝心の魔術は何も発動していないし。やはり、ル・マリオンにおいて詠唱とは無意味な物なんだろうか。
「詠唱は無意味な場合と重要な意味を持つ場合がある。まずは前者。これは魔力を上手く練れない人や、魔術のイメージが上手くいかない人がそれらを補完するために唱えるものだ。この詠唱は、まともに魔術が使える身からすれば逆に邪魔でしかない」
「そういうものなのか? 詠唱する事で魔力を練ったり術を構築していくものだと思ってたよ」
「うん、確かに詠唱はそういうものさ。でも、例えばだよ。風の刃を撃つ時に「風の刃!」なんて叫んだらバレバレじゃないか。長い詠唱に至っては、事細かに術の内容を語っているようなものだしね。言葉に出すくらいなら、一瞬でイメージして魔術使った方が早いじゃないか」
確かにな……。どんな属性か、どんな術なのかを明確に語っちゃってる詠唱とかあるもんな。優れた術者ならそれを聞いただけで即興で対抗する魔術とか撃てそうだ。
激しい攻防が繰り広げられる中では、そんな悠長に詠唱などしている余裕はないだろうし、速攻できる方が有利に決まっている。
「とは言え、世間においては詠唱に頼らないとロクに魔術も撃てない未熟者が多い。実際この国の魔導師団もネーテ以外はお粗末なものさ。そのネーテだって、アタシが叩き直したんだし」
「つまり、詠唱なしで魔術が使えている俺は世間の基準で言えば割と進んでいる……って事になるのか」
「アイリが余計な事を言う前に割り入った事が幸いしたね。後は君が持つ異世界の知識、それがイメージを大きく助けているんだよ」
あの時、アイリさんが何か言いかけていたような気がするのは気のせいではなかったのか。おそらくは詠唱でもさせようとしていたのだろう。
それがあまり重要ではないと知っていたリチェルカーレが、そう言った余計な知識を身につける前に正しいやり方を伝えてくれたんだな。
俺が持つ異世界の知識というのは『火がどのような原理で燃えているかを知っている』みたいなやつか。こういう事を知っているか否かで呪文の精度が変わるのは同じのようだ。
「一方で、重要な意味を持つ詠唱の場合。キミがさっき言った通り、詠唱とはそもそも魔術を構築するための過程であり、音が多いほど込められる魔力が多くなる利点がある。でも、普段の攻防においては邪魔でしかない。ならば、どういう時に用いるのか」
「まぁ無難に『必殺の一撃』とかだろうな……」
「そう。仲間達が敵の足止めをしている間に、後衛の魔導師が強大な魔術を行使する。詠唱魔術は、こういうここぞという場面でこそ使われるべきなんだ」
このような状況下で使うのであれば、詠唱する余裕もあるだろうし、前衛の相手をしている敵に術の内容を悟られる事も無いだろう。
必ずしも無詠唱のみが優れているというわけではないという事か。やっぱ、詠唱魔術は強そうなイメージがあるもんな……。
「君はドーンと構えていればいい。必要な事はアタシが全部教えてあげるし、ゴタゴタが片付いたらより魔術を探究出来る所へ連れて行ってあげよう」
より魔術を探究出来る所か……それは楽しみだな。ますます、この国の問題を早々に解決しなければ。俺にとっての本番は、召喚者の願いを達成して自由になった後の世界散策なのだ。
「おっと、忘れる所だった。そもそもここの部屋に来たのは、アタシの研究に区切りがついたからなんだ。そろそろ出発しようかと思ってね」
早くもカメラの仕組みを理解したようで、道中で材料になりそうなものを調達しつつ、ル・マリオン産の物を作ってみるそうだ。異世界製のカメラか。一体どんなものになるんだろうな……。
「コンクレンツ帝国は近い。この村を出たら、村を囲っている山を越えて街道に沿って歩いていけばコンクレンツ帝国の国境だよ」
「国境か……どうやって超えるんだ? 警備員を昏倒させたり、塀を乗り越えて侵入したりするのか?」
「出発前にも言っただろう。ただの旅人として行動するって。国同士が敵対関係にあっても、国民一人一人までもが敵対している訳じゃない。身分証明さえ見せれば普通に通れるさ」
いかんな。どうも先のリチェルカーレやネーテさんに触発されてか考え方が過激になってしまっていたみたいだ。穏便に済ませられるならそっちの方がいい。
せっかくの異世界なんだ。可能な限り散策したい。人々の暮らしや何気ない街の風景なども思い出として収めておきたい。いきなりぶっ壊したらそれも台無しか。
俺達は宿を後にし、村長に挨拶を済ませてから、再びギルドへと立ち寄った。
「あ、いらっしゃいましたね。薬草の依頼とオークの依頼、既に依頼主よりOKが出ておりますよ」
入ってすぐ、俺達の姿を見つけた職員の女性が声をかけてくれる。
「……早いな。確か昨日荷物を送ったばかりじゃなかったか?」
「マッスルパワーズの方々は身体強化による全力疾走で、首都までなら一日での配送を実現していますので……」
凄いなマッスルパワーズ。薬草の方は早馬による配送で、同じく首都までなら一日で着くらしい。
そして、着いた後はギルド支部内に配備されている声を送信するための魔術道具を用いて速報が届けられるという。
ネーテさん達がやり取りしていた魔術の応用かな。声を届けるだけなら、この世界も技術は高いようだ。
「特に、オークの依頼主の方からは絶賛の声を頂いております。報酬に色も付けてくださるそうで」
やはり完全な状態で捕獲した事はプラスになったようだ。そりゃあ見た目もピカピカな方が貰う方としても嬉しいわな。
「それでですね。今回の報告を受けた事でランク昇格条件を達成しました。早速ギルドカードを更新なさいますか?」
二人して頷く。冒険者として名を上げる事が主目的ではないが、条件を満たしているのならば素直に昇格しておく。それによる恩恵もあるようだし、ランクが上がって損をする事は無いはずだ。
白いプレートを手渡すと、数分もしないうちに青いプレートが返された。経験も何もない真っ白な状態のEランクから、青二才程度にはなったという意味合いでDランクは青色なんだっけ。
冒険者業界においてはまだまだ未熟者扱いされるという事か。せめてCランクくらいまでは上げておかないと、今後も何処かでガラの悪い連中に絡まれてしまうかもしれないな……。
「ついでに何か依頼を受けておこうかと思ったけど、コンクレンツ方面へ向かうついでに出来そうなものは無いね。向こうで探そうか」
「コンクレンツ帝国で依頼を受けられるのか?」
「国境の件でも言ったけど、別に国の全てが敵対してるわけじゃないよ。冒険者ギルドに至っては全世界規模で展開しているし、何処でも扱いは同じさ」
・・・・・
俺達は受付嬢に礼を言って外へ出ると、先日『山岳の荒熊』と戦った場所を抜けて山道へと入った。
その途中で担架を担いだ村人や兵士達に出ったので何事かと思ったら、どうやら『山岳の荒熊』のアジトを捜索中らしい。
残念ながら犠牲になってしまっていた人もいたが、うち半数以上はまだ生きているらしく、救出を急いでいるとの事。
わずかばかりに留守番役の野盗も残ってはいたらしいが、巨石落下による動揺もあってか派兵した者達で十分対処できたようだ。
俺達の仕事は既に終わっているし、これ以上引き留めても邪魔にしかならないだろう。労いの言葉をかけて立ち去る事にする。
「あっ、冒険者様方。この度は本当にありがとうございました」
村人達のみならず、回復役として派遣されていたと思われるシスターらしき人も、お礼の言葉と共ににこやかな笑顔で送り出してくれた。
これから忙しくなるところだろうに、わざわざありがたい。俺達はシスターに手を振り、イスナ村を後にする……。
「ちょっとやりすぎな気もしたが、感謝はしてもらえたようで何よりだな……」
「やりすぎなものか。憎き野盗達をこの上なく惨たらしく殺してくれたって、深刻な被害を受けた人々からは大絶賛だったよ」
「それは知らなかったな。後片付けとかもやってもらっていたし、申し訳ない気持ちばかりだったよ」
「君は見ていなかったのかい? 後片付けをしている人達が嬉々として野盗の残骸を踏みつけてる光景とか」
「いや……鼻唄交じりで片付けている連中は見たけど、それは見てないな」
おそらくは、そうやって鬱憤を晴らしていたのだろう。生きている状態では太刀打ち出来なかったから、せめて死体になってからでも一発をと。
わからんでもないか。元々の世界でも、憎き敵の死骸に刃を突き立てたりとか銃撃を浴びせたりするとかはあったしな……。
まぁそこはもはや俺達の関知すべき問題ではないだろう。この先の事は、村人達自身で何とかしていってもらうしか無い訳だし。
その後は何事もなく山を下り、開けた場所へ出たのでリチェルカーレの用意した絨毯に乗って再び街道を飛ばす。
魔犬の駆除は常時依頼であるため、見つけたら先程と同じように狙撃し、討伐証明部位を回収していく。
自動車並みの速度で飛ばしつつモンスターを駆除しつつ街道を爆走する絨毯に、通りすがる人のほとんどが驚いている。
初めて乗った時も思った事だが、どうやら『空飛ぶ絨毯』というアイテムは一般的には普及していないもののようだ。その証拠に――
「お、お嬢さん! その空飛ぶ絨毯は一体どこで手に入れたのかね!?」
――と、馬車に乗った商人から声をかけられたくらいだ。




