270:求道者
「……貴方は辺境で引きこもっていたはずでは?」
「ま、いろいろ事情が変わったんだよ。それで久々に外へ出たから、母様に会いに来た訳さ」
「貴方の考えている事は良く分からないので、深くは言及しませんが」
弟弟子にまでこう言われるって凄いな。俺も未だにあいつが何を考えているか分からん時があるし。
「ふん、言うじゃないか。けど、この状況で話すには、ちょっと目が多すぎるかな」
少し離れてはいるものの、何事かと様子を見に来た生徒達の姿がある。
最終的な目的地はここでもあるから、皆の足が向くのは当然の事ではあるが……。
確かに、この状況で『賢者の弟子』云々を掘り下げるのは気が引けるな。
リチェルカーレが慣れた手つきで指を鳴らすと、一瞬にして周りの空間が塗り替わり、彼女の領域が現れた。
地平線の彼方まで続く浅い水が張られた地面と、空を覆い尽くす満天の星空。水面が鏡となり、地面も星空に覆われている。
非常に美しい光景だ。例えるならば、夜のウユニ塩湖とでも言うべきか。それの果てが無くなった世界って感じだ。
「相変わらず美しい所だ。この景色の元となった場所にも、いつか訪れてみたいものだ」
ちなみにル・マリオンは俺達の世界である地球とほぼ同じような大陸の構成となっている。
リチェルカーレの領域となっている風景は、俺達の世界で言うウユニ塩湖と同じ場所に存在しているらしい。
まるで双子の世界と言わんばかりに地理的構成が似通っている。一体、地球とどんな関係があるのやら。
参考までに、今俺達が滞在しているヴィルシーナ魔導国は、地球で言うならばイギリスの辺りだ。
ウユニ塩湖はボリビア……つまり南米辺りにある。この世界において、そこまで移動するとなると一大冒険だ。
その気になればリチェルカーレの空間転移で行けるのだろうが、個人的にはそんな野暮はしたくないな。
「あぁ、機会があったら是非とも行ってみてくれ。美しいところだよ」
「それで、わざわざ領域を作り出して隔離するという事は、何か混み入った話でもあると?」
「キミは素性を隠しているんだろう? 学生達に聞かれてはまずいと思ってね」
確か、今の世界においてはアルヴィさんが唯一存命する『賢者ローゼステリアの弟子』って扱いになってるんだったか。
実際はリチェルカーレはじめ、フォルさんやハイリヒさんなど既に人間を辞めた状態で存命している訳だが、みんなして表に出ていない。
現在表に出ているリチェルカーレも、賢者の弟子としては本名カリーノ名義で、大人としての姿で認知されているらしいしな。
「……そこの男はいいのか?」
「彼はアタシの仲間だよ。アタシが旅に出るきっかけとなった存在でもある。彼は未知に溢れているんだ」
「そう言えば、この世の全てを知り尽くすとか言ってたか。知らぬ事だらけの存在ともなれば、食いつかぬはずが無い……か」
「キミも興味が湧かないかい? ついさっき、キミも『不思議』を一つ体験したと思うんだが」
「不思議……なるほど、確かに――」
テュランが顎に右手を当てつつ、俺の方をじっくりと眺めてくる。
リチェルカーレと再会した直後は敬語気味だったが、警戒が解けたのか砕けた口調に戻っている。
「先程、我の攻撃は間違いなく貴様に当たった……そうだな?」
「あぁ、直撃した。俺は攻撃が来た事すら認識出来ずに当たったよ。まさか上半身が砕ける程とは思わなかった」
「だが貴様はここに存在している。一体何をした?」
「気になるんだったら、もう一回同じ事をしてみるのが一番早――」
「ふんっ!」
言い切る前にやってきたー! 凄まじい勢いで突き出された拳が、俺の胸部を打ち貫く。
胸部って肋骨などで守られたかなり強固な部分のはずなんだけどな。まるでそんなもの無いかのようにあっさりだ。
無駄に上半身の他の場所が壊れていない辺り、しっかりと拳のみに力が収束しているんだろう……。
「はー……。色々な意味で心臓に悪い攻撃だな……」
俺は仰向けに倒された状態から、一瞬だけ姿を消して完全な状態になって復活して立ち上がる。
毎度そうなのだが、俺の復活は痛んだ箇所が修復されての復活ではない。死んだ肉体とは別の肉体が再構築されるのだ。
だから、俺が復活を試みるまで死んだ肉体は残るが、復活した後は元の肉体が消えてしまうという訳だ。
数少ない例外と言えば、死者の王が勝手にティアに贈呈した俺の指だ。
アレは死者の王の力によって、当時の俺の肉体が消えても指だけが残るようになっているらしい。
つまり、以前の肉体を残す方法に関しては、限定的ではあるが存在している事になる。
「蘇っただと? なんと面妖な……」
「彼は異世界から来た者、つまり異邦人だ。その異様な能力は、ミネルヴァ様に授けられたものさ」
「なるほどな。異世界から来た者には、精霊姫から加護を授かるというが……」
実は、その加護の中でも特別異質なものではあるんだがな。俺が普通に授かった加護は『召喚』の方だろう。
死んでも甦る云々はこの世界のシステムにも組み込まれているとかで、あまり長い間死んでいるとこの世界に影響を及ぼす。
以前、作戦のために復活を伸ばしていたら、災害とも言えるレベルで天候が荒れ始めたからな……。
「俺は刑部竜一。どうやら俺は、死んでも世界がそれを許さないらしい」
死んでも世界がそれを許さない――我ながら気に入ってるんだよな、このフレーズ。
「我はテュラン。ヴィルシーナ魔導国の……いや、もはやその名は――」
「この子はカンプナルって言うんだ。世間では『闘神カンプナル』として名が知れてるよ」
「大姐……せっかくカッコ良く名乗ろうとしていた所であったのに……」
闘神――何とも壮大な称号だな。とは言え、あの怪物を一方的に叩き潰した実力は『闘いの神』に相応しいものだ。
遠目に見ても、あの怪物はまともに戦えば国力を賭す必要があるレベルの難敵だ。生徒達とまともに鉢合わせていたら全滅もあり得た。
そんな怪物の討伐を、強大な魔術を用いる事もなく、かつ強力な武器を使う事もなく、徒手空拳のみでやってのけてみせた。
「しかし、この我が『闘神』などとは大袈裟にも程がある。我はまだまだ探求の身ゆえ、途上なのだ。目指すべき頂は遥かに遠い」
まだまだ途上……って、俗に言う求道者タイプか。その道では頂点に等しい力を持ちつつも、未だに己を未熟と感じその道を進み続ける者。
「目指すべき頂。つまり、最終的に倒すべき目標にしている存在が居ると?」
「特定の存在が居る訳ではない。我は地上最強になりたいのだ。男ならば、誰しもが夢見る事であろうと思うが」
「それは否定しない。ただ、ほとんどの男はその夢を半ばで諦めてしまうんだよな……残念ながら」
俺が読んでいた格闘漫画でも似たような事を言っていたな。格闘に限らず、どんな分野にも『最強になりたい』と夢見る者達は存在する。
それを最後まで貫き通せる者はごくわずか。何を以って自身を最強と定義付けるかも、志す者によって異なる訳だしな……。
「我は諦めぬ。師であるローゼステリアも、そして今目の前にいる大姐を超える事も! はああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
テュラン――改め『闘神』カンプナルが吠える。同時に、暴風の如き闘気が噴出し、リチェルカーレの世界を激しく波立たせる。
やがて世界そのものにヒビが入り、ガラスのように砕けると、それを塗り潰すように『新たな世界』が出現する。
夕焼け空に照らし出された一面の荒野。草木の気配はほとんどなく、赤い土の大地と岩山が領域のほとんどを占めている。
「……元の世界じゃないな。もしかして、これは」
「へぇ、やるじゃないか。アタシの領域を塗り潰してみせるとは」
やはり、カンプナルの世界か。どうやら彼は『この景色』に思い入れがあるようだ。
俺の中で思い浮かぶイメージといえば、テキサスの荒野とかグランドキャニオンとかだろうか。
おそらくだが、この世界におけるアメリカにあたる場所に、そういう景色がありそうだ。
「勝負だ、大姐!」
ダンッと右足で地面を踏みしめるカンプナル。その動作だけで地面に小さなクレーターが生じた。
そしてそのまま構えに移行する。格闘家らしく堂に入った構えだ。素人目に見ても、攻め入る隙がない事を感じられる。
「いいよ、やろうじゃないか」




