269:テュランという男
いやー、何と言うか凄いものを見せつけられたな……。
合成獣ドラゴンも驚きだが、それを完膚なきまでにボコボコにしたあの男は一体何者なんだ?
「リューイチ。後で合流するよ」
「は?」
と、考え事をしていたら急にリチェルカーレがその場から消えた。後で合流って、どういう――
『(うわ! なんかいきなり死んだぞ!?)』
ゴシャアという何かがひしゃげたような音と共に、気付いた時には既に俺は霊体となって空をフワフワ飛んでいた。
目の前にはじゅうたんが浮遊したまま留まっており、その上には既にリチェルカーレの姿はなく、代わりに俺が一人座っていた。
ただし、座っている俺は胸元辺りから上にかけてが完全に消し飛ばされていたが……。
『(俺、えげつない事になってるな……。一体何がどうなってるんだ?)』
バランスを崩し、じゅうたんから落下していく俺の身体。搭乗者が居なくなったじゅうたんは、用は済んだとばかりにその場から姿を消す。
誰の仕業かと思って辺りを見回すが、今この状況でそんな事が出来そうなのは……もう『あの男』しか残っていないわな。
彼らが戦っていた場所に目を向けると、その場に一人立つあの男が右手を前に向けた状態のまま、こちらに向けて不敵な笑みを浮かべていた。
……間違いない、奴だ。奴が何かを撃ったのか投げたのは知らないが、とにかくこちらに気付いていたんだ。
だからリチェルカーレはすぐ避難したんだ。くそっ、俺は全く奴の敵意に気付けなかったって事か。
奴の付近に居る生徒達は大丈夫なのか? 目的地のダンジョンも近いから、様子を見に行ってたりしないだろうな。
『(すぐ復活するのはまずいな。この状態のまま少し様子を見るか……)』
・・・・・
「ふん、高みの見物か。気に入らんな」
テュランは足元に転がっている岩を一つ拾い、空の彼方に向かって投げ飛ばした。
それはもはや砲撃もかくやと言わんばかりの凄まじい勢いと速度で、一瞬にしてその場から消え去った。
「……何者かは知らんが、この俺が気付かぬとでも思ったか。さて」
テュランは既に気付いている。自身の周りに幾人もの気配を感じる。だが、それらは一様に怯えを見せていた。
そのため、彼は『敵にあらず』と判断し、攻撃は仕掛けなかった。竜一を撃ったのは、己に対する不敵さを感じたからだ。
まるで品定めをしているかのような雰囲気。彼はそういう、誰かに試されるような真似を好んではいなかった。
「俺の付近に潜んでいる奴ら、出てこい。出てこなければ、この辺り諸共に破壊する」
脅し文句と共に闘気を拡散すると、まるで燻り出された虫の如く潜んでいた者達がワラワラと出現した。
皆一様に若く、冒険者用の装備の下に制服を着用しているのが見える。テュランもそれで彼らが何者なのかを察する。
「魔導学院の生徒か。こんな所に居るとは……おそらくは、課外実習といった所か?」
ヴィルシーナ魔導国を活動領域にする者であれば、ローゼステリア魔導学院を知らない者は居ない。
それは彼もまた例外ではない。張り詰めていたような闘気が徐々に静まり、生徒達も落ち着きを取り戻す。
さすがに少年少女の前では自重しようと思ったのだろう。戦闘時とは雰囲気が変わった。
「は、はい。それでこの峡谷にあるダンジョンを目指してきたのですが……」
「ほぅ、ダンジョンでの実習とは本格的だな。それ以前に、良くここまでやってくる事が出来たものだ」
道が整備されている平原はともかく、そこから外れた森や峡谷は強力なモンスターが跋扈する危険地帯だ。
テュランもそのくらいの知識は持ち合わせている。普通に考えれば、学生程度でどうにか出来るレベルじゃない。
それを踏まえれば、今現在この場に居る学生達のレベルは、本来の水準と比べてかなり高い事になる。
「察するに、我らが邪魔になってしまっていたようだな。だが、戦いは終わった。我の事は気にせず、実習の続きをやるがいい」
「あの、それなんですけど……」
受け答えしている学生が指し示したのは足元だった。足元と言えば、先程の戦闘で大きく崩壊している。
いや、そもそもブレン・ディングが地中から出てきた時点でどうしようも無かったのだが。
ダンジョンの入り口部分を含めて、辺りの岩場を巻き込む形で破壊されたため、地形そのものが変わってしまった。
「……む。それは申し訳ない事をしてしまったな」
瓦礫の中に埋もれてしまったダンジョン。もはや、入り口を発掘するだけでは中に入る事は出来ないだろう。
ダンジョンと言えば『穴』だ。当然ながら土砂や瓦礫は通路の中にまで侵入しており、完全に道を埋めてしまっている。
こんな状況になってしまっては、ダンジョンを元の状態にまで戻すのは困難を極めるだろう。
「やれやれだ。とんでも無い事をしてくれたもんだ。実習が台無しじゃないか」
そこへふらりと現れた一人の青年。その姿に、テュランは驚愕する。
「馬鹿な。貴様は先程、我が吹き飛ばしたはず……」
テュランもまた闘気によって超絶なる視界を得ており、自身が攻撃した相手の姿を完全に捉えていた。
だからこそ、絶対に見間違うはずが無い。確実に投石によって頭部含む上半身を破壊した。
「貴様は上空から一人、まるで我を品定めするように見ていたであろう。見間違えるはずが無い」
「……一人? いや、俺達は二人で見てたぞ?」
「二人だと? 馬鹿な、そんなはずはない。我は確かに……」
・・・・・
生徒達とやり取りを始めたんで、俺が出ていかない訳にもいかない。何せ、臨時とは言え一応は副担任を任されている身だ。
俺に対する時とは違って攻撃的な意志は見せていないようだが、この状況で事態がどう転ぶのか全くと言って良い程に予想が付かない。
テュランと名乗るその男に声をかけたまでは良かったが、そこで彼から思わぬ発言を聞く事になる。
「(一人だって? 馬鹿な。俺はずっとリチェルカーレと共に行動していたぞ)」
となると、考えられる答えは一つしかない。リチェルカーレはあの時から既に『己の存在を消していた』って事だ。
向こうがこちらの存在に気が付くという事を見越し、視覚的に見えず、かつ気配を感じる事も出来ないように。
ならば何故そのような事をする必要がある? この男に己の存在を気が付かれてはマズイとか、そういう事なのか……?
「残念ながら、アタシはキミに気取られるほど耄碌しちゃいないのさ」
「!?」
などと考えていたら、不意にリチェルカーレがテュランの真後ろに出現する。
唐突な出現に振り返ろうとするが、彼の頬にリチェルカーレの突き出した指がプスッと刺さる。
「うごっ! こ、このイタズラは、まさか……」
「や、久しぶりだね。元気してたかい?」
右手をヒラヒラさせてにこやかに挨拶するリチェルカーレ。久しぶりと言う事は、知り合いか?
一方でテュランは急に嫌な事でも思い出したかのようにガクガクと震えだす。
「大姐!? 何故こんな所に!」
リチェルカーレの事を『大姐』と呼んだ。同じように呼んでいた人物と言えば、彼女の妹弟子にあたるアルヴィさん。
それが意味する所は、つまり――この男もまた『賢者ローゼステリア十二人の弟子』の一人って事になる。
テュランはとてもじゃないが賢者の弟子とは思えないような、明らかに格闘家風の男なんだが、一体どういう事なんだ?




