268:合成獣ドラゴンと追手
俺は望遠状態となった目で合成獣ドラゴンの様子を窺っていた。
ドラゴンは地上に姿を現してから「ここは何処だ?」とばかりにあちこちを見回していたが……
少しして、ドラゴンそのものではなく『瞳の中に居る人間』と目線が合ってしまった。
気のせいか? ――と思ったが、その疑問に答えるかのように奴はニヤリと笑んでみせた。間違いない、こちらを認識している。
外に出たばかりで早速良い獲物を見つけたと思ったのか、大きな翼を羽ばたかせてその場から飛び立とうとする。
巨体が徐々に空へと浮かび上がる。とても腕力だけでそれが出来ているとは思えないので、おそらく魔力による補助もあるのだろう。
「目についた俺達を襲うつもりか……」
「大丈夫だ。奴はここまで来ることはできないよ」
「それは、どういう……?」
リチェルカーレが説明を始める前に、早々にその答えは明らかとなった。
飛び立とうとしていたドラゴンが、急に下から引っ張られるようにして墜落したのだ。
もしかして、奴の足元に誰かが居るのか……?
・・・・・
『ぐぬぅっ……!? な、何が起きた……!』
何の前触れもなく岩盤に叩きつけられた合成獣ドラゴンの『中の人』が、辺りを見回す。
足下は自身が地中から這い上がってきたばかりで大きく崩れており、とても誰かが居るようには思えなかった。
「何処を見ている。我はここだ」
声が聞こえてきたのは頭上。中の人が目線をそちらへ向けると、張り出した崖の上に立つ人影が見えた。
その者は上半身が裸で、ボサボサに乱れた茶色の長い髪をなびかせた筋肉質の男性だった。腕組みをして不敵な笑みを浮かべている。
額には白いハチマキが巻かれており、結び目から伸びた部分が長い髪に負けず劣らずの勢いでバタバタと風に揺れている。
下半身を包むズボンは白いながらも土埃などの汚れや傷みが激しく、かなり使い込まれている事が窺える。
ほんのりと黒ずんでいるその肉体は極限まで鍛え抜かれている事が遠目にも伺え、見た者の全てが口を揃えて『格闘家』と断言するだろう。
『なぁ!? き、き、貴様は……!!!』
中の人は、相手が誰なのかを確認して大いに驚いた。と言うのも――
「逃げられると思うな、外法術師ブレン・ディングよ。魔導国の依頼により、貴様を確保する」
中の人――ブレン・ディングの追手だったからだ。
ブレン・ディングという人物は、元々とある地方においては高名な術者だった。
その知識と技術力を買われて魔術師の学校で講師を勤めつつ、さらなる研鑽を重ねつつ研究にも精を出していた。
しかし、ある時に研究の一環でモンスターの生態を調査した事をきっかけにその魅力に取りつかれてしまう。
既存の動物が瘴気によって変化したとされるモンスター。外的要因によって姿形を変えるというその生態が彼の興味を引いた。
以降、モンスターを利用した魔術的な実験に傾倒し、ついには新たなるモンスターを生み出す所にまで行き着いてしまう。
そして、そのモンスター達がやがて研究室を飛び出してしまい、地方の新たなるの脅威として認知され、大きな騒ぎとなってしまった。
当然の事ながら、それらを対処するうちに出所は突き止められる。当然の事ながら、彼は騒動の首謀者として逮捕される。
だが、彼は既に自身を人ならざる者へと改造しており、収監された後で密かに脱獄して逃げ延びつつ新たなる実験を繰り返していた。
『貴様は先程、地下の研究室に生き埋めにしただろう! 尋常じゃない程の瓦礫の山に埋もれて、何故生きている!?』
ブレンの追手だという男は、今この場でようやく彼を発見したという訳では無かった。
彼は元々、依頼主である魔導国から『この付近の地下深くに彼の研究施設がある』という情報を与えられ、そこに向かっていたのだ。
情報を元にして辿り着いた現場は、それはもう見るもおぞましいモンスターを主体とした、非合法な研究施設だった。
そこでブレンを発見し、確保しようと試みたのだが、ブレンは悪足掻きで次々と眠っているモンスターを解き放った。
その間に現時点での自身の最高傑作である、右目部分に操縦席を組み込んだ『合成獣ドラゴン』に乗り込み、地下を脱出した。
脱出の際に研究施設諸共周りの岩盤も完膚なきまでに破壊し尽くし、追手の男を生き埋めにしたはずだった……。
「瓦礫如きで我を生き埋めに出来ると思うな。我を生き埋めにしたければこの星の中心にでも深く打ち込んで見せるがいい」
『えぇい! 良く分からんが今度はこのワシが直々に殺してやる! 死ね!』
合成獣ドラゴンの巨大な拳が男に打ち付けられる! ……が、男はビクともしない。
「軽い拳だな。質量は大きくとも、所詮操縦者は素人だ。芯に来る拳を撃つ事は出来まい」
今度は男がドラゴンの拳に対して己の拳をぶつける。その瞬間、拳はおろか衝撃が伝わり腕そのものが爆ぜた。
『なにぃ!? き、貴様! 一体何をしおった……』
「何って、拳で打っただけだが?」
『拳……だと? ふん、まぁいい。どうせこの合成獣に痛覚は無い。その上、自己再生もできる』
そう言って、合成獣ドラゴンはすぐに破壊された腕を再生してしまった。
『いくらこの外殻にダメージを与えようとも、ワシは無傷よ!』
「そうか、それならば都合が良い。遠慮なく徹底的に破壊し尽くせるという事だな」
『は――』
言うや否や、男は再びドラゴンの腕を破壊し、他の場所から生えている別の首を原型を留めぬ程に破壊し、翼をもむしり取る。
大きなボディに拳を撃ち込めば拳の数だけクレーターが生まれ、体中から伸びていた触手も早々に刈り取られた。
巨体を支えていた脚は、膝小僧の部分を踏み抜かれた事によって逆向きに曲がってしまい、カカト立ちする鳥のよう。
当然、そんな脚で巨体を支えられるはずもなく、自重によって脚は完全に潰れてしまった。
その間にも破壊された首や触手が再生し、腕も再生して反撃するが、瞬く間に同じような状態にまで追い詰められる。
「脆い。脆すぎる……。こんな様では我が本気で打ち込む事すら出来ぬではないか」
男が苛立ちを見せると同時、暴風の如き闘気が解き放たれて合成獣ドラゴンを突き抜けていく。
その瞬間だった。今まで自動的に再生していた肉体が、その再生を止めてしまった……。
『ど、どうなっておる!? ワシの最高傑作がここまで良いようにされるのも癪だが、何故再生が止まった!?』
合成獣を『操縦』する立場であるブレンには分からなかったが、実はこの時点で合成獣は完全に恐怖に呑み込まれてしまっていた。
ブレンの言うように合成獣の痛覚は消されており、既に『操縦するロボット』と化しているため、実は生物のように見えてマシンに近い特性。
にもかかわらず、消された本能が蘇ってしまう程の圧倒的な暴力による蹂躙。合成獣に、己が生物である事を思い出させた。
これ以上痛めつけられるのは勘弁してほしいとばかりに、再生を拒否し、相手に対する降伏を示す。
ロボットは再び生物に戻り、ブレンの操縦を受け付けなくなってしまった。今や右目のコクピットは『操縦席』ではなく『檻』だ。
命令を受け付けない合成獣の肉――つまり、瞼によって覆われた事により、中に閉じ込められる形となってしまった。
『くそ! こうなれば最終手段よ! ワシ自身が……がはっ!?』
異形と化したブレンが瞼の肉を突き破って外へ出てくるが、男はブレンの頭を鷲掴みにすると、そのまま硬い岩の地面へと叩きつけた。
並の人間だったら頭が砕けるほどの衝撃だが、異形と化していた事、男が動きを止める程度の力に留めていた事で、ブレンはかろうじて死ななかった。
『き、貴様は一体……何、者……』
魔導国の依頼を受けて己を捕らえに来たという追手の男。
想像を絶するほどの使い手であるにもかかわらず、ブレンは彼の存在を知らなかった。
「……今はテュランと名乗っている。魔導国の命を受け、悪を狩る者だ」
男は名乗るが、ブレンは既に気を失っており、せっかくの名乗りを聞いてなどいなかった……。




