267:下から現れた者
リチェルカーレは生徒達の提案を一つ返事で了承した。
最初に「以後そのパーティで行動するんだよ」って言ってた気もするが、その辺は彼女の匙加減なのだろう。
ようするに『ライブ感』ってやつだろう。さてさて、チームメンバー変更は吉と出るか凶と出るか。
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全員で相談し、戦法や性質が似通った仲良しグループではなく、戦闘におけるバランスを考慮した新チーム。
先程の時点で全チームが共闘していたためか、メンバー間で溝が生じるどころか結束が強まっており、誰と組んでも諍いは起きなかった。
自由自在にあちこち移動できる平原や森とは異なり、峡谷はルートが限られるため、再び各々が道を行くために離散する。
その後、彼らは先程戦った強敵達と再び鉢合わせる事になったのだが、共闘時の経験を活かして一チームのみで無事に討伐を果たした。
今度はバランス重視でチームを組んだ事によってありとあらゆる事態に備える事が出来るようになり、少人数での難局打破が可能となったのだ。
彼らは各々苦戦しつつも次々に迫る森の敵を退けていき、最終的にダンジョンがあるという峡谷にまで到達するに至った。
「ここが峡谷か……。道が狭くなるな」
「崖に挟まれている道は落石などにも気を付けないとな。自然に発生するだけではなく、モンスターが意図して仕掛けてくる場合もある」
「登って行くと絶壁の上に道が出ている所もある。空飛ぶモンスターの襲撃も警戒した方が良さそうだ」
あくまでも『実習』であるため、生徒達には行程表が渡されており、当然その中には地図も含まれている。
峡谷のルートの一つへたどり着いたある班は、立ち入る前に地図を開いて事前に危険予測を行い、警戒ポイントを割り出していた。
いくら魔術や法術が使えるとは言え、さすがに不意打ちで落石を受けたり、備えなしに崖から転落すれば死んでしまう。
この実習においては、森の時のように本当に死にそうなヤバい時は密かにリチェルカーレが助け舟を出してくれている。
しかし、生徒側からすればそんなサービスが行われている事など知る由もない。故に、生徒達は死が起こり得るものとして認識していた。
だからこそ、行動も慎重になる。実際の冒険においては、そんな都合よく助けてくれる誰かが近くにいるとは限らないのだ。
「一番乗りでたどり着きたい所だけど、それで焦ってしまっては元も子もないわね」
「功を急くのは危険だな。着実に行こう……」
パーティをバランス良く組み直しただけあって、彼ら以外の別の班も同じような考えに至っていた。
功を急く者が居れば誰かが諭し、行程を軽視する者が居ればきちんと説明をする。一方で慎重すぎる意見に対しても苦言を呈す。
そのため、極端な行動に走ってしまう班が居なくなった。しかし、それは見学者にとっては娯楽の減少を意味する。
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「パーティの変更は面白いアイディアだと思ったけど、バランスが安定したら行程が無難になってしまったね。面白みがないよ」
「その場のノリと勢いで判断するからだ。だが、実習と言う事を考えれば安定していた方が良いんじゃないのか?」
この実習は冒険者になるにしろ国の兵隊になるにしろ、将来的に『現地で活動する時』に備えての練習という側面が強い。
だからこそ、学生の時点から安定していれば、当然の事ながらその後においても安泰と言える。
「……確かに、それは否定できないね。本来、授業は娯楽じゃないし、面白みを求めるものじゃないからね」
「お前がイレギュラー過ぎるんだ。母親の頼みとは言え、なんでこんな事を引き受けたんだ?」
「若い身空で失われる命を減らしたかった……とでも言えばいいかな? 彼らがあのまま世に出てたら、間違いなく末路は悲惨だ」
「そう言いつつ、お前は荒行であいつらの命を何回奪ったんだ……」
とは言え、荒行であったとは言えリチェルカーレの指導は効果が高い。その成果は俺自身が嫌と言う程痛感している。
そういう意味では、生徒達も通常の授業を受ける事に比べて遥かに得られるものが多かったハズだ。
実際に今回の実習を眺めていてそう思う。正直、生徒達が森で遭遇したモンスター達ってかなり強い部類だし。
「育成面では成功と言っていいんじゃないのか? お前の個人的興味はともかく、学院としては充分な成果だと思うぞ」
視界が塞がれた形となる森の時とは違い、峡谷の様子は上空からも直に窺う事が出来た。
各々の班が事前に挙げていた通り、崖上からの落石や奇襲を警戒し、実際それが発生した時は上手く対処していた。
モンスターによっては、上から石を落として獲物を倒すという手段を取る種類が実際に存在する。
生徒達が落石を障壁で防ぎ、魔術で砕いて処理すると、業を煮やしたモンスター達が崖を滑り降りて直接襲い掛かっていく。
だが、近付いてきたら生徒達の思う壺だ。ゴブリンやコボルトのような小型の種類であれば、落ち着いて対処すれば全く問題ない。
空から襲い来るモンスター達も、軽い魔術で動きを牽制して狙いやすくした所で、確実に重い一撃を決めて落としている。
「いい感じじゃないか。森とは違って危機にすら陥らないぞ」
「……いや、どうやらトラブルが起きそうな予感だよ?」
リチェルカーレがつぶやくと同時、峡谷全体が爆発したかのような音と共に激しく揺れる。
さすがにこれは生徒達にとって予想外だったらしく、尻餅をついて転んでしまう者、崖から転落しそうになる者などが居た。
また、これにより各所で崩落が発生してしまい、一部の道が塞がれてしまうなどの事態が発生してしまった。
「なんだ? 近くに火山でもあるのか……」
「いや、どうやら『下の方から出てくる』ようだよ?」
彼女の指摘通り、岩肌を突き破るようにして巨大な何かが姿を現した。
パッと見ではドラゴン。だが、各所から別の首や手足、触手らしきものが伸びた不気味な姿。
明らかに自然発生した存在ではない。何者かの手による加工が入った異質の存在だ。
「なるほど。どうやら地下にその手の研究施設があったようだね」
「実験台のモンスターが脱走でもしたのか?」
「どうやら、そう言う訳でもないらしい。顔を見てみなよ」
「顔と言っても、いくつかあるが――」
まぁ、一番大きなメインとも言えるドラゴンの顔の部分の事だろう。
とは言ってもそこそこ距離があるから、遠目に顔を見ても何が気になる点なのか良くわからない。
それを察したのか、リチェルカーレが俺の額にトンッと指を当てて魔力を流してくる。
「うぉ、俺の眼が望遠鏡みたいになったぞ」
「それなら見えるだろう? ドラゴンの顔の右目だ。その瞳の中に……」
改めて見てみると、ドラゴンの目は左右それぞれで意匠が異なっていた。
左目は普通に爬虫類のような目だが、右目は瞳の中に何やら……あれは、もしかして人か!?
「アレは人間を生体ユニットとして組み込んでいるんだろうさ。人間の意志でモンスターの身体を動かすんだ」
「そういう技術もあるのか……。元々からこの世界に存在したのか、あるいは異邦人が持ち込んだのか」
「昔から生物研究は行われていて、中には当然ながら非人道的なものもあった。人間を融合させるのも良くある話さ」
なかなかにマッドな奴らが存在するんだな。あの化物も、外見からして善に属するする者ではないな。
さっきリチェルカーレは脱走を否定していたが、直に見てそれを言った理由が分かった。奴の顔に怯えが無いのだ。
とても実験台の立場を恐れて逃げ出したとは思えない。明らかに、明確な意思を以って外へ出てきている。
何とも嫌な雲行きになってきたな……。




