261:ダンジョンからの帰還
それから俺は順調に三階四階五階と、依頼をこなしながらダンジョンを潜っていった。
三階以降からは学生達と全く巡り合わなかった。今日の探索では、まだここまで潜れるだけの学生は来ていないのだろう。
三階はコボルトなどが、四階はオークなどが出現するようになり、ゴブリンに苦戦するレベルでは正直きつそうだ。
今、俺がいる五階では狼のような魔物が出現する。狼と言えば群れで襲ってくる習性があるが、今の所二・三体でしか現れていない。
学生の訓練用に調整されているからなのか、そんなに大きな群れでは生息していないようだ。さすがに群れは厳しいもんな。
かくいう俺はあまり苦戦していない。アンゴロ地方を巡る中でアホみたいな戦闘に参加してきたし、合間合間の修行もこなしている。
加えて俺は、死んでも甦る事に甘えず『死んだら負け』のつもりで、なるべく深手を負わずに勝利できるように訓練中だ。
死ぬ事を戦略に組み込むのは本当にどうしようもない相手だった場合のとっておきにし、安易にその手に頼らない戦い方を模索している。
何より、仲間達の前では非常に使いづらい。パーティメンバーにはいずれ説明するつもりだが、それ以外の相手には説明が面倒だ。
複数体の狼の群れが俺を囲んで素早い動きで翻弄しようとしてくるが、力を開放したレミアに比べたら遅く感じてしまう。
俺をかく乱したつもりになって、背後から一体が飛び掛かってくる。当然の事ながらその動きを察している俺は、直前で振り向き顔を鷲掴みにする。。
そのまま狼を地面に叩き付けると同時、掌で魔力を爆発させて狼の頭部を砕く。こういう要所要所でしっかり追撃を忘れないのが大事だな。
一体を撃破した途端、残りの狼達に怯えの色が見られるようになり、積極的な攻めを行わなくなってしまった。
これは一階のネズミ達と似た反応だな。もしかして、一体でも倒せば残りを倒しやすくなってるのか?
ならば遠慮なくその仕様に乗っからせてもらうとしようか。ネズミとは違って、逃げるまではしないようだしな。
間近の一体と素早く距離を詰めて、口内に剣を突き刺す。そして、剣に魔力を通して炎に変換し、内側から狼を焼き尽くす。
他の狼は氷弾を撃って凍り付かせた後で砕き、さらに別の狼に対しては風を巻き起こして空気の刃で切り刻む。
俺は元から色々な属性を使える『原初の力』を持っているらしいが、精霊と契約したおかげで魔力変換の効率が段違い。
と言うのも、精霊と契約してリンク状態となる事で、精霊のように自在に力を操る事が出来るようになったためだ。
いわば『力そのものが形となった存在』である精霊にとって、力を操るという事は『自分の身体を動かす』も同然の事。
今までは『何かを操作する』感覚だった力が、自分の手足のように自在に動かせる。この違いはとても大きい。
ちなみに、現時点では契約した精霊達は誰一人として俺の近くに居ない。
初めてのダンジョン探索と言う事で、今回は俺一人でやりたいからと自重してもらったのだ。
そのくせして精霊契約による恩恵を使ってるのは、我ながらずるい部分だとは思うが。
そんなこんなで五階の最奥と思われる部分にたどり着いた。
大きな扉が行く手を遮っているが、今までの階層と同じく目の前に立ったら自動的に開いた。
このダンジョンはここのボスを倒せばクリアとなる。ボスの情報も資料に載っている。
調査員の最後の仕事は『ラスボスを倒す事』だ。試練として立ち塞がるボスの強さを把握するのも調査の一つ。
学生向けのボスすら倒せないようでは冒険者の名折れだ。この依頼は、最低限それくらいは出来る実力を前提としている。
ボスを倒した奥の部屋には帰還のための魔法陣があり、そこから帰る事でようやく調査終了となる。
「ツェントラールでは出会えなかった奴に、ここでついに出会えるんだな……」
扉をが開かれた先で待っていたのは、赤黒い体躯の大きな人型。右手に重厚な金棒を手に持っている。
俗に言う『オーガ』というやつだ。ファンタジーにおいては定番の一つ。比較的知名度が高い部類のモンスターだな。
身長にして約三メートルくらいだろうか。筋肉質な肉体は、その見た目だけで馬鹿げた力の強さを予感させる。
「グオォォォォォッ!」
俺の存在を確認したオーガが、その金棒を勢い良く地面に叩き付ける。
フロアを揺るがすような音と共に、容易く床を砕いて小さなクレーターを作り出した。
おそらくは威嚇のつもりなのだろう。学生があんなの見たら間違いなくビビるな。
「よし、俺の力が通じるかどうか……やってやる!」
素早く懐へ入り込もうとするが、オーガは金棒を横薙ぎにして振るってくる。
まずいな、想像以上に素早い。俺は剣を盾代わりにしてそれを受けるが、どうにも踏ん張りきれない。
そのまま部屋の壁に叩き付けられてしまう。くそっ、痛ぇな。法力が間に合わなかった。
炎弾を何発か撃ってみるが、それらも金棒のスイングでかき消されてしまう。
一発その合間を縫って着弾したが、オーガの皮膚を少し焼いただけで終わってしまった。
魔術で打破するとなると、相当に力を練らないと通らないだろうな。
パーティで挑むなら前衛が足止めしている間に、後衛が力を溜めて大きな一撃を撃つのがセオリーだ。
しかし今の俺は一人、その戦法は出来ない。かと言って、安易に近代兵器に頼るのもな……。
だったら闘気で俺自身を強化して、身体能力でゴリ押しするしかない。
俺の中に流れる力を闘気に変換し、その闘気を全身へとみなぎらせていく。
わかる、わかるぞ……。俺の身体に力が満ちる。オーガもそれを察したのか積極的に間合いを詰めてくる。
今度は俺が待ち構える形だ。振り下ろされる金棒に対して、剣を振り上げて対抗する。
金属同士が衝突する激しい音。よし、何とかオーガの振り下ろしに対して踏ん張る事が出来ているぞ。
だがこのままではジリ貧だ。この状態から何かできる事は……そうだ。
「グアッ!?」
オーガが驚きと共に金棒を手放す。剣を通して魔力を流し電撃へと変換させたのだ。
瞬間的にかなりの力を込めたからなのか、オーガの手が焦げて煙が出ている。電撃ならいけるか?
それだったらこの隙に剣を突き刺して、身体の内側から仕留めてやる。
頭蓋骨は一番硬い場所だから論外。胸部も骨が多くて刺さりづらい。ならば腹だな……。
とは言え、筋肉の塊のようなオーガの腹筋は当然六つに割れており、非常に堅そうだ。脇腹ならいけるか?
俺は剣に闘気を込め、脇腹に勢いよく突き刺す。幸いにも、刃はスムーズに突き刺さってくれた。
「グガガガッガガガガガガッガガガッガガ!!!」
そこへ電撃を流し込めば、さすがのオーガも悶絶。屈強なモンスターも、臓器までは鍛えられていない。
俺を振りほどこうと身体を捻るが、俺はしつこく食い下がりさらに強い電撃を流し続ける。
やがて焦げ臭い煙がオーガの身体から噴出し始める。どうやら電気の熱で体内が焼けてきたようだ。
オーガはその場に膝をつき、鼻や口から煙を噴出させ、目からは血の涙を流しつつその場に倒れ込む。
どうやら完全に倒す事が出来たようで、オーガは死体を残すことなく消滅。その場には武器である金棒だけが残された。
もしかしてこれがオーガを倒した際におけるドロップアイテムなんだろうか。試しに持ち上げようとするが、重い。
さらに闘気を全身に巡らせ、両手を使ってそれを持ち上げようと試みる。
お、お、お……? ちょっとズッシリとした感じはするが、何とか持ち上げる事が出来たぞ。
そこから闘気の出力をさらに強めると、片手でもブンブン振り回せるくらいになった。
だが、その状態を維持していると体がだるく感じるな。この辺りが今の俺の限界と言う事だろう。
鍛えれば長時間でも疲労感なく使えるんだろうか。せっかくだから、この金棒をお土産代わりにもらえないものか。
闘気の出力を練習するためのいいアイテムになりそうだ。これを長時間軽々振り回せるようになりたい。
「そういや、奥の部屋から帰還するんだったな……」
オーガが守護していた部屋の奥にある扉を開くと、説明通り魔法陣があった。
そこへ乗っかると同時、俺の身体が光に包まれて一瞬にして目の前が真っ白になった……。




