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024:コンクレンツ帝国の警戒

 コンクレンツ帝国――王城。


 玉座の間には皇帝ヘーゲと総騎士団長ランガート、そして魔導師団長のベルナルドの三人が居た。

 彼らは先程ツェントラールへ送った部隊の結果報告を待っていたが、そこへ飛び込んできたのは吉報ではなかった。


「至急、外をご覧頂きたく願います! 現在、大変な事になっておりまして……」


 と、息を切らしながら一人の兵士が駆け込んできたのだ。

 ランガートが「陛下の御前で無礼な」と怒りそうになったのだが、ベルナルドが「それ所ではない緊急事態の様子だ」と止めた。

 兵士も無礼を承知で――と前置きし、説明が難しいからとにかく実際に見て欲しいとの旨を伝えた。


 さすがにその様子から異常事態を察せない皇帝ではなく、玉座から立ち上がり、背後の扉からテラスへと移動した。

 すると、ツェントラール方面が暗雲に覆われたかのように真っ暗な状態となっていた。


「むぅ。これは確かに異常な事態だな……何が起きた?」

「で、伝令の話では『上空に山が出現し、それがコンクレンツ軍の真上に落ちた』と……」


 兵士の話を聞いた三人が「?」と首をかしげる。


「わ、私も良く解らないのです! ただ、あの黒いものはそれが落下した事による粉塵であるようで……」

「二人はどう見る?」

「自分としては「信じられん」の一言ですな。山が落ちたなどと……。まずは粉塵とやらが消えてみない事にはなんとも」

「魔導師である私から言わせてもらえば、山を落とすなどという凄まじい魔術は、数多の魔導師達による大規模な儀式魔術か、あるいは高位の存在によるものか……」


 皇帝に意見を求められた両師団の団長が答えを返すが、やはり状況的に魔導師団長の方が具体的であるようだ。

 

「ベルナルドよ。もう少し詳しく聞かせてもらっても良いか?」


 今回のケースにおいては、ベルナルドの意見を重用する事にしたようだ。

 明らかに魔術的な何かだと思われるため、皇帝は国内一の使い手である彼の意見を無視出来ないと考えた。


「私の経験則ですが、兵士達が『山』と表現するような巨大な物を作り出すには数千人規模の儀式魔術が必要になります。うちで言えば、魔導師団の『地の部隊』が精霊と共に一致団結して何とかなるレベルかと」


 コンクレンツ帝国の魔導師団は属性に肖った八部隊がある。山を形成するとなると、地属性の者達による魔術しかあり得ないだろう。

 各部隊の団長は精霊を従えたエリートであり、精霊は人間とは比べ物にならない規格外の力を有している。その力と二千人の力を合わせれば、何とかなるのではというのがベルナルドの見解だった。


「ふむ……。だが、ツェントラールの魔導師団はそこまで大きな規模ではなかった気がするし、精霊も居なかったと聞くが」

「鍵となるのは、先日の『光の柱』でしょう。あれは間違いなく『神へ祈る儀式』――成功の暁には、神に願いを叶えてもらえると聞いております」

「それが成功したというのか……? ならば、奴らは一体何を願ったのだ……」

「光の柱が立ち上る事が成功の証とされています。おそらくですが、何かしらの『大きな力』を願った事には間違いないかと」

「大きな力……か。少なくとも、山と称されるほどの物を形成し、落とす事の出来る力……か?」

「えぇ。それを実現出来るとなると、可能性が高いのは『神獣』の召喚ではないかと思われます。陛下は覚えておられますか、先日ツェントラールの上空に竜が出現した事を」


 ヘーゲもランガートも当然目撃していた。首都スイフルから見て上空を覆い尽くす程の巨体なのだ。それは、コンクレンツ帝国からでもハッキリと見えていた。


「ま、まさかあれが……そうだと言うのか……?」

「密かに忍ばせておいた調査隊によると、王宮魔導師による大規模な幻術の行使らしいが」

「いえ、あれは幻術などではありませぬ。我が契約精霊が、あの雲の中に確かな『存在』を感じ取っておりましたので」


 精霊は人間以上に敏感だ。人間であればただ恐ろしい気配を感じるのみであるが、精霊はそれが『生物の発する本物の気』だという事までも察知出来る。

 命を感じ取る事が出来る――それは、精霊独自の感覚と言えるものであり、多少の嘘や誤魔化しなどは、彼らの前では一切通じない。


「ふむ。精霊が言うのであれば事実なのだろう」

「事実だとして、そんな存在を人間が従わせる事など出来るのか? 神にのみ従い、神に等しき格を持つからこそ神獣と呼ばれているのだぞ」

「神に願うのであれば話は別です。さすがの神獣も、主である神に『国の守護に着け』とでも命令されれば逆らえますまい」

「むぅ……。だが、確かにあの雲の奥に浮かんだ竜ほどの巨体であれば、兵士共が『山を落とす』と表現される程の現象を起こす事も可能か」


 ベルナルドの説明に納得がいったのか、ヘーゲは彼の話を信憑性が高いものだとして判断した。

 ランガートも、かつて雲の奥に竜を目撃し、今もこうして目の前に広がる現実離れした光景を見てしまっては同意せざるを得ない。

 ツェントラールは強力な神獣を味方につけた可能性があるとし、少しの間様子見に徹するよう命令を発布するのだった。


「こんな事であれば、最初にあの竜を見た時点で様子見に徹すべきだったか……」


 今回の進軍は、あれを伝聞通りの『幻術』だと判断し、恐れるに足らぬと判断しての事だった。

 だが、実際は虎の尾を踏む行為だった。これが今後にどう影響してくるか、ヘーゲは見極める必要に迫られた。


 ……当人達の知らぬ所で、リチェルカーレの『威嚇』は大成功していた。




 ・・・・・



 その頃、俺とリチェルカーレは再びイスナ村へと戻ってきていた。

 村に滞在している魔導師団の者達と合流し今後の事を話すため、ネーテも一緒に転移してきている。

 俺達はネーテと別れたら、宿に戻って一服した後にでも村を発とうと思っていたのだが――。


「ネーテ様! お戻りになっておられましたか……。実は――」


 早速上司の姿を確認した魔導師団の者が駆け寄ってきて、何やら耳打ちをしている。


「わかりました。私が行きましょう」

「何かあったのかい?」

「なんでも、この村に駐留している冒険者パーティから魔導師団へクレームがあったそうです」

「ほほぅ。それはそれは……」


 リチェルカーレがニヤリとする。まるで面白い遊びでも見つけたかのようだ。

 せっかくなんで俺もついていこう。おそらくはさっきのアレについて文句でも言ってるのだろう。

 粉塵こそ防いだが、地面の揺れだけはどうしようもなかったからな……。




「おいコラ! テメェらのせいで俺達のメシが台無しだろうがよッ!」

「国民を守る軍が国民の生活を脅かすたぁどういう事だ! あぁん!?」


 どうやら、先のアレのせいで起きた地震によって食事が犠牲になってしまったらしく、屈強な男達がローブ姿の男性に詰め寄っている。

 怒声を浴びせられ続けている男性はただただ謝罪の言葉を繰り返すのみ。と言うのも、男達の言っている事自体は何も間違っていないからだ。あまりにも大掛かりな攻撃で、二次災害を起こしてしまったのは事実。どんな理由を並べようとも、事前の告知一つも無かったし、一般の人々からすれば迷惑極まりない出来事だったに違いない。

 せめてものお詫びにと魔導師団を巡回させて人々の助けになるようネーテが手配したが、それでも何かしらの損害を被った者は存在する。男の一人は、ついには魔導師の男性の胸ぐらをつかみ上げ、今にも暴力を振るいそうな雰囲気になってきている。


(クレームも度が過ぎると加害者へ転じるってな……)


 最初は『損害を受けた被害者』だが、ある一定のラインを超えると『それをネタに相手を脅迫する加害者』になるんだよな。

 向こうの世界ではその辺の線引きが上手くできていない馬鹿が多かったが、こちらの世界でも変わらないか……。


「冒険者の皆様、我が部下に何か不手際がありましたか?」


 早速ネーテさんがそこへ割って入る。


「お、あんたは団長のネーテさんじゃねぇか。責任者って訳だ。この始末、どうつけてくれるんだ?」

「損害に関しては弁償させては頂きますが……まずは、部下にかけたその手を放して頂けますか」

「随分と偉そうじゃねぇか。それが詫びる態度か?」


 魔導師の胸ぐらをつかんでいる男が凄むが、その直後……魔導師の男性を開放する。

 男が手を離したわけではない。手の方が男から離れたのだ。


「なぁっ!? お、俺の手が……!」


 いつの間にかネーテさんは右腕を伸ばし、二本の指を突き出す姿勢で魔術を放っていた。

 それは容赦のない風の刃。言って離さないのならば無理矢理にでも離す。


「二度は言いません」


 仏の顔はたった一回。いきなり手首切断とか容赦ねぇな。この時点で荒くれ冒険者達は排除すべき敵として認識されたようだ。


「テメェ! 俺の仲間に何をしやがった……。国の軍人が国民を傷つけるたぁ大問題だぞコラ!」


 もう一人がいきり立ってネーテさんに殴りかかるが、殴りかかった男の方がネーテさんに弾き飛ばされた。

 倒れた男を見ると、何カ所かに裂傷が見られた。まるであの一瞬の間にノコギリで何度も切り付けられたかのようだ。


「風の刃の鎧です。肉体一つで飛び込むのは自殺行為ですよ?」


 よく見ると、ネーテさんの周りには緑色の風が飛び交っている。確か魔力で生み出した風は視覚化されると言っていたな。

 その勢いは凄まじく、竜巻を思わせる激しさだった。あれに激突すれば、当然弾き飛ばされるわな……。


「害意を撒き散らし治安を悪化させるような存在は、むしろ排除対象です。国民? 笑わせてくれますね」

「ひ、ひいっ! く、来るな!」


 腰を落として立ち上がれないでいる男のもとへネーテさんが歩み寄る。

 男は尻を引きずりながら、少しずつバックしていくが、数メートルもすれば建物の壁だ。

 しかし、ネーテさんの歩みは止まらない。このままネーテさんが近づけば、男はズタズタに切り裂かれる。

 さすがにその末路を想像すると恐ろしいのか、先程まで強気だった男の態度が百八十度変わる。


「お、俺が悪かったぁ……許してくれぇ……」

「許しません」


 ネーテさんは左手を伸ばし男の頭をガッシリと掴む。いわゆるアイアンクロー状態だ。

 頭を細切れにするつもりか……と思ったが、どうやら風の刃は既に解いていたようで何事も無かった。

 魔力で身体強化でもしているのか、彼女はそのまま男を持ち上げ宙づり状態にする。そして――


「そぉい!」


 右拳を思いっきり腹に打ち込んだー! 男はホームランのように飛んでいく。


「ネーテさん、貴方……魔導師なんですよね?」

「はい。ですが懐に入られたら弱いという弱点を放置してはいけないとリチェルカーレ様が……」


 ……お前の仕業だったのか、と目線をやる。てへぺろしてんじゃねーよ。


「ネーテは珍しくアタシの教えについてこられるレベルの魔導師だからね。仕事を手伝ってもらっている代わりに色々と教えているのさ」

「さすがは人の寿命を超越した領域に至った真の魔導師です。教えの一つ一つが新鮮で、未だ私が未熟だと思い知らされます」

「師弟っぽいやり取りしている所悪いんだが、あそこで悶えている男はどうするんだ……」


 リチェルカーレといい、ネーテさんといい、この世界では軽いジャブ程度の攻撃でいきなり身体の一部を斬り飛ばすものなんだろうか。

 自分の胸元に男の手首がくっついたままオロオロしている魔導師の男性を見る限りでは、そうじゃないと思いたいが。


「大丈夫さ。エレナにでも任せれば手首の一つや二つ取れていようが何とでもなる」


 そう言って指をパチンとならすと、男を飲み込むようにして黒い穴が開き、そのまま落下していった。


「そこの魔導師も、穴の中に手首を放り投げてくれるかい」

「はっ、はいぃ!」


 がっしりと掴まれていたのか、やや強引にローブを引きちぎりながら男の手首をもぎ取り、穴の中へと放る。


「とりあえず王城のエレナの所へ送っておいたよ」

「お手数をおかけします。リチェルカーレ様が居ると手っ取り早くて助かります」


 一応立場としては国の軍人なので、守るべき市民を無残に殺害してしまう訳にもいかない。そのため、こうして過激な制裁をした連中は、高度な治療魔術を使えるエレナの所へ送っているらしい。

 故にリチェルカーレが居ないような場所ではここまで過激な対応はしないという。まぁ手首切断って言ったら、向こうの世界じゃ下手したら死もあり得るレベルの重傷だからな……。

 でも、それくらい過激にやるからこそ早々にカタが付き、やられた側も二度と同じような事をやろうとは思えないくらいに心が折れるというものだ。むしろ、折っておかないとまたやらかす可能性があるしな。


 ……治安維持も大変だな。向こうの世界よりかは悪人に対して遠慮なく対応できる分マシなんだろうけどさ。

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