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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第七章:唐突に始まる学園モノ? 魔導学院編
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256:分を弁えるという事

 あれ? ヴェルちゃんの動きが止まっちゃった。どうしてだろう?

 振り下ろしていた手を途中で止めて……あ、よく見たら小さな精霊さんが居るみたい。

 あの気配は、タルタさん? もしかして巻き込まないために手を止めたのかな。


 手を引っ込めると、何故か目を閉じて身体の中の力の流れを操作し始める。

 ヴェルちゃんと契約しているからか、私はヴェルちゃんの力がどう動いているかも感じられる。

 全身を流れる力を心臓部に集中させているみたい。一体何をするつもりなんだろう。


 不思議に思いながらもしばらく待つと、ヴェルちゃんの姿が忽然と消えちゃった。

 かと思うと、突然私の前に小さな空間の穴が開いて、そこから小さな精霊が飛び出してきた。

 タルタさん……かと思ったけど、違うみたい。この気配は、もしかして――


 まん丸の黒い顔に、可愛らしい目。赤黒い邪教の神官みたいな服を着た二頭身の姿。

 この服、小さくなってるけどデザインほとんどは同じだ。間違いない、この子はヴェルちゃんだ。

 さっき力を一点に集中させてたのは、こうやって自分を小さくするためだったんだね。


『主よ、やりましたぞ。これならば、共に行動するのにも問題は無かろう』

「確かにあの大きさだと一緒に過ごすのは難しいよね。ヴェルちゃんは凄いね、姿も大きさも変えられるんだ」

『精霊とは力そのものが形を成した存在。故に決まった姿を持たぬ。もしこの姿が気に入らぬのであれば、さらなる変身を試みるが』

「大丈夫! 全く問題ないよ! 強そうな姿も好きだけど、可愛い姿も好きだよ!」


 精霊さんはどんな姿でもみんな大好きだけど、一緒に居られないのは悲しいから大きい姿より小さい姿の方がいいかな。

 でも何で急に小さな姿に変えたんだろう? まだ先生達との模擬戦の途中なのに……。


『主よ。先程、我に「全力で」と指示を出したが、本当にそれで良かったのか?』

「え? だって先生が相手だし、全力を出さないと……」

『本当にそうか? 今の主ならば眼で精霊の力を見る事が出来るだろう。改めてよく見てみるのだ』


 ヴェルちゃんに言われて、プルファソラさんの放つ力を見てみた。

 続けて隣に居るヴェルちゃんを見る。あれ? 比べてみると全然秘めている力の量が違う……。

 圧倒的にヴェルちゃんの方が強い。そんな、まさかこんなにも違うなんて。


『分かったであろう。我ならば、全力を出すまでもなく――』

「でも、講義で手抜きするなんて失礼じゃ……」

『まだ理解出来ぬか。ならば、我が言葉の意味を直接教えてやろう』


 ヴェルちゃんがその小さい手を私のおでこに触れさせると、私の意識の中にある映像が流れ込んできた。

 それは、ヴェルちゃんの振り下ろした拳が学院と都市を打ち砕き、その衝撃で島そのものが大きく崩壊する光景だった。

 学院や都市に居た多くの人達はもちろん、島の別の場所にあった様々な都市の人々もそれに巻き込まれていく。


「な、なに? この光景は……」

『主の言った「全力で」が行使されていた場合の結果だ。主は先生を倒すためだけにこの島そのものを犠牲にするのか?』

「わ、私はそんなこと考えてなんて――」

『手加減をする事と、分を弁える事は違う。生じる結果を考えられぬようでは、ただの暴君ぞ』


 ……やっと分かった。私の言う『全力』は、全く周りの事を考えていなかったんだ。

 今更になって自分のやろうとしていた事が怖くなってきた。ヴェルちゃんが手を止めてくれていなかったらと思うと、ゾッとする。

 私はよりにもよって、大好きな精霊さんにこの世界で無差別な破壊と殺人をさせようとしてたんだ。


「ごめんね。私、貴方に酷い事させようとしてた……」

『なに、主はまだまだ若い。過ちを犯す時があれば我が正してやろう。我は主の奴隷などではなく、パートナーなのだからな』

「パートナー……! ありがとう、ヴェルちゃん」


 よし、今度はちゃんと考えて先生との模擬戦をやるぞ!



 ◆



『ふぅ、これで何とかなるでしょ』


 タルタが戻ってきた。ヴェルンカストの攻撃を止め、説得を済ませてきたようだ。

 その後、奴が小さな姿となってルーの所へ現れたのは、その辺の反省を活かしての事なのだろう。

 ただ、姿は代わっても力はそのままだ。一点に凝縮しただけで総量を変えた訳じゃないしな。


「ナイスだ。あのままだったら色々な意味でヤバい事になってた……」

『ぶっちゃけた話、あの子が本気になれば一人でこの世界滅ぼせちゃうかもしれないしね』


 まぁ、確かにあのパンチ一発でどれだけの被害が発生するか想像しただけで恐ろしいわな。

 もしアレが全力で大暴れしたらどうなるか。結果は深く考えるまでもない。


『一応、この世界にもローゼステリアみたいなヤバいのが居るから完全に絶滅まではいかないだろうけどねー』

「ローゼステリアさんは精霊からもヤバい扱いされる程なのか」

『うん、正直アレはおかしいと思う。あの子と弟子達が居ればこの世界は大丈夫じゃないかな』

「とは言っても、リチェルカーレとかを見る限り、自発的に世界平和のために動きそうには無いんだよな」


 リチェルカーレはあくまでも自分の趣味趣向でしか動かない。ツェントラールに危機が迫ってもずっと引きこもっていたからな。

 ただ、襲撃が激化して自身の研究室にも被害が及びそうになった場合は、さすがにその重い腰を上げるだろうが……。

 今リチェルカーレが俺と共に旅をしているのも、俺が異邦人という彼女にとって『未知の存在』であり、好奇心をそそる相手だからに他ならない。


『でも、ローゼステリアの場合は自発的に動こうとしてもリミッターがかかってるんだよね』

「リミッター? あの人にリミッターをかけられる存在なんて言ったら……」

『うん、ミネルヴァ様だよ。ローゼステリアはかつて『世界の守護者』として選ばれた存在なんだけど、その強大な力ゆえに安易にそれを行使する事は出来ないんだ』


 それでなんとなく察した。おそらくは世界がある程度危機に陥らないとダメなんだろう。

 リミッターとは『逆境に至るほど力を発揮できる』ようなものに違いない。だが、それでは遅い。

 あくまでも最終防衛線と言った所か。本当に『世界が滅ぶ事だけは避けられる』くらいの。


「恐ろしい話だ。そんな形で世界が残っても『世界が救われた』なんて言えないだろ」

『その世界に住まう者達からすればそうだろうねー。上位存在の価値観は根本的に違うから……』


 俺もなんだかんだでミネルヴァ様の手の平の上で転がされてるんだろうな。

 第二の人生を与えてくれた恩もあるから、余程の裏でもない限りは転がされても構わないが。


「それより、あんな形でヴェルンカストを召喚して大丈夫だったのか? 都市は大騒ぎだっだだろうし、下手したらこの国……いや海外にまで問題が起きていそうだが」

『マイマスターがそういう影響を懸念するなら、一応対策しておいた方が良いかな……? えいっ!』


 タルタは両手を突き合わせると、両手の間に小さな黒い玉を作り出し、すぐにそれを挟み込むようにして潰した。

 空気中にじわっと闇が広がった気がするが、すぐにその闇は空気に溶けるようにして消えてなくなった。


『眠りをトリガーとして、ヴェルちゃんの事を見た人が記憶を忘れられるように術を施したよ。これで安心だね』

「さ、さいですか……」


 今のちょっとしたアクションで影響を与えられるのかよ。俺にはただ小さな黒い玉を弾けさせたようにしか見えなかったぞ。

 ヴェルンカストとのやり取りから何となくどんな存在かは察せてきたけど、一体どれだけの力を持ってんだ……。

 その辺の細かい事は考えない方が良いのか? いや、今はとりあえずルーとヴェルンカストの模擬戦を見守る事にしよう。

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