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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第七章:唐突に始まる学園モノ? 魔導学院編
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253:異邦人と精霊

 ハルとキオンの精霊契約を果たしたばかりの異邦人ゲストペアと、相手のペアとの模擬戦が開始された。

 相手は岩で出来たゴーレムの如き精霊。小鹿のようなキオンには不利な相手に見えるが、それはただの動物であればの話。

 キオンは小動物のように見えても精霊である。その能力や技術次第では、岩を砕く事も決して不可能ではない。


「仕掛けるわよ、キオン!」

『キョォォォーーーー!』


 キオンとハルが並んで駆け出す。この模擬戦は、単に契約者が精霊を使役して戦うだけのものではない。

 マーナの戦いの時は精霊同士の戦いが主体となっていたが、最終的には相手契約者がマーナを殴ってダウンさせる事で決着している。

 つまり、契約者と精霊のペアによる戦いである。積極的に契約者が前に出て攻撃を仕掛ける事にも何の問題はない。


「させるか!」

『ゴォオォォォォォ……ン』


 ゴーレムが両手を前方へ突き出し、指先を弾丸のようにして飛ばしてくる。

 キオンは駆けながらも姿勢を低くして回避し、ハルは高く飛び上がって回避する。

 二人それぞれが違う方向へ回避する事で、相手の意識を分散する狙いだ。


「上!? 居ない……」

「こっちよ」


 相手契約者が上方に目を向けるが、時既に遅し。背後から聞こえてくる声に冷や汗が止まらない。

 振り向く間もなく意識が絶たれ、特に何かをする間もなく倒れ伏してしまった。


「これでも一応現役のB級冒険者なんだから……学生如きに遅れは取らないわよ」


 相手を気絶させたハルはそのままゴーレムへ攻勢を仕掛けるのかと思いきや、少し下がった位置で動きを止めた。


「さぁキオン、貴方の実力を見せて頂戴」


 ここでそのままハルがゴーレムを倒してしまっては、契約を結んだパートナーの実力が分からない。

 そのため、あえて二対一で戦う事はしなかった。先に契約者を倒したのは、変な横槍を入れさせないためだった。

 精霊は基本的には自立して行動する存在。契約者が気絶したくらいでは召喚が解かれるような事がない。


『キョォォォ!』


 弾丸を回避して距離を詰め、岩のゴーレムに対して思いっきり体当たりをかます。

 しかし、ゴーレムはビクともせず、逆にキオンの方が弾き飛ばされてしまう。

 倒れたキオンに対し、ゴーレムは右手を構えて拳を撃ち出す――いわゆるロケットパンチだ。


 岩の塊が魔力で加速されて飛ぶ。その威力たるやグラウンドにちょっとしたクレーターを作る程。

 キオンはかろうじて着弾前に飛び退いたが、まともに一発でも受ければ深刻なダメージを負うだろう。

 幸い自身で体当たりして弾き飛ばされただけのためか、まだ大したダメージは負っていない。


(……ふーん、なるほど。何とか出来そうなのね?)


 人間の言葉は話せないキオンだが、繋がっている契約者に対しては直接意思を伝える事が出来る。

 キオンは今の攻防を通じて『自分ならば倒せる』と判断し、ハルにメッセージを送った。


『キョオォォォォォォォォォ……』


 キオンが己の身に流れる力を角に集中させる。赤く光る小さな角が、キオンの唸りに応えるように徐々に肥大化していく。

 アクセサリーのような可愛らしい角が、次第に本格的な鹿らしいものになっていき、最終的には己の体格にも勝る程の大きな角と化す。

 まるで小鹿のキョンにヘラジカの角を装備させたかのようなアンバランスさ。しかし、それでもキオンはしっかり立っている。


『ゴオォォン!』


 ドスドスと迫ってきたゴーレムが、岩の拳をキオンに叩き付ける。だが、キオンは巨大化した角でそれを受け止める。

 そのまま角を動かす事で相手の腕を弾き、よろめいた所へ角を叩き付けるようにタックル。今度はさすがに踏ん張りきれず転倒してしまった。

 岩のゴーレム――しかもずんぐりむっくりした体型だけに、転倒した状態から起き上がるには少々ばかり苦労するのかもがいている。


 その間にキオンはハルから流れ込む力をその身に吸収し、可愛らしい体躯を徐々に肥大化させていく。

 大人の鹿のサイズを超え、ヘラジカのような大型サイズをも超え、竜一達の世界では見られない未知の領域にまで達する。

 十メートルほどの巨体となったキオンは、その大きな右前脚を持ち上げると、容赦なくゴーレムに叩き付けた。


 グラウンド全体を揺らす振動と轟音に、他の場所で模擬戦をしていた生徒達も思わず攻防を止める。

 試合会場のうち一つが煙に包まれており、中の様子が伺えない。皆はそこで何かが起きたのだと察した。

 固唾を飲んで見守る一同。やがて煙が晴れていき、中では一つの試合の勝敗が決していた。


『グルオォォォォォォォォォッ!!!』


 巨大化したキオンの雄叫びは学園校舎内にまで響き渡る程のものだった。

 人間達はもちろん、その場に居合わせた精霊も何割かが怯えてしまう程の力の籠った声だ。

 衝撃自体は結界で防がれているが、結界から漏れ出る音だけで影響を与えてしまった。


 そんな凄まじい力を開放した彼の足元には、数メートルに及ぶクレーターが広がり、中心には岩石の残骸が散らばっている。

 先程の踏み付けたった一発で岩のゴーレムを完全に砕いてしまったのだ。体格に見合った巨大な蹄は、まさに大質量によるプレス。

 後に『上級精霊』に匹敵する力を宿していると判断された彼にとって、岩の硬さ程度では話にならなかった。


「さすがね、キオン。そんな凄い力を秘めているとは驚きだわ」

『グォ♪』


 今のキオンからすれば、ハルは足の高さの半分にも満たない程の小柄な存在に見える事だろう。

 そのため、ハルがキオンを誉める際に撫でる事が出来る部分は、せいぜい足の下の方という事になってしまう。

 頭を撫でられるのが好きなキオンは、正直なところこの形態になるのをあまり望んではいなかった。


「あら。私は可愛いキオンもいいけど、カッコいいキオンも好きよ」

『グオォォン♪』


 この形態に対する好意を伝えられた事で、やっぱり積極的にこの形態で戦っていこうと考えを改めるキオンだった。



 ・・・・・



 さて、ようやく俺の出番か。今はパートナーとしてタルタが居てくれる。

 相手は全身が火に包まれた少年のような姿をした精霊だ。見ているだけでもう暑い。


「タルタ。行けそうか?」

『問題ないよー』

「相手は八体契約した異邦人か。でも、一体しかいないのなら……」

『はっはっは! 燃やし尽くしてやるぜ、チビ!』


 火の精霊が勢い良く炎のビームを放ってくる。見た目通り好戦的なようだな。


『ハイ、残念』


 しかし、タルタは眼前に作り出した小さな黒球にその炎を吸収してしまう。


『くっそー! 生意気な奴! だったらもう遠慮しねぇ!』


 ならば数だとばかりに炎弾を連発してくるが、いずれも同じように吸収される。

 俺からすれば、グミ撃ちは負けフラグにしか見えないんだよな……。


『こうなりゃ俺自身がやってやる! 消えろチb――……』


 最終的に火の精霊自身が向かってくるが、彼もまた同じように黒球の中へと消えた。

 あれだけ沢山の攻撃を吸収されて、なんで自分は大丈夫だと思えるんだ?


「……で、アンタはどうする?」

「正直言ってギブアップしたい所なんだが、降参は評価に響くからなぁ……行くよ!」


 契約者の少年は、プライドが高そうな奴らが多い中で珍しくまともな思考だ。

 変に強がるでもなく相手に文句を言うでもなく、この状況でも軽口を叩く事が出来る。

 短剣を構えて迫ってくる彼に対し、俺も剣を構えて迎え撃とうとするが――


「せめて、契約者に一矢浴びせるくらいはして――」


 短剣を振りかぶった所で突然バランスを崩して転倒し、ゴロゴロと転がってしまう。


『うーん、さすがに主への加害宣言は無視できないかなー』


 タルタの右人差し指から黒いモヤのようなものが発されている。それで相手に何かしたのか……。

 倒れた相手に駆け寄ると、盛大にズッコケたにもかかわらず眠りこけていた。


『ふふ、深くて暗い闇に堕としてあげたわ。良い夢見なさい』


 ようするに眠らせたって事か。つまり、タルタの言う『闇』とは『睡眠』の事なのか?

 いや、でも精霊の方は闇に吸い込まれて消えたしなぁ。人間と精霊では扱いが違うって事なのか?


「あ、そう言えばさっき吸い込んだ精霊はどうなったんだ?」

『裏界に飛ばしただけだから、契約者がまた呼び戻せば帰ってくるわ』


 便利だな、精霊。普通に倒されても裏界に本体の核がある限り何度でも蘇るし、何処かへ行っても再召喚が可能とは。

 どうやら契約を果たしたばかりの俺には、まだまだ学ばなければならない事が多々あるらしい。

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