251:長年の悲願
『……と言う訳なのよ、どう? ヴェルちゃん』
「こ、こんにちは! わ、私はルー・エスプリアムールと申しまして……」
タルタが事情を説明し、ルーを紹介する。あの見た目で『ヴェルちゃん』って違和感が凄い。
ルーは精霊を前に興奮しているのか、真っ赤な顔でペコペコと挨拶していた。
『ふむ、我とは逆だな。主の力を受け入れられる精霊に巡り合えなかったか。我も、我が力を受け入れられる人間に出会えなかったから、気持ちは察するぞ』
ルーの境遇に共感を見せるヴェルンカスト。邪悪そうな見た目をしていても、心はちゃんと精霊であるらしい。
お互いに何の罪もない命を奪ってしまった事のある身。その重みを理解しあえるのは大きいぞ。
『だが、それと我を受け入れられるかは別の話だ。小娘よ、我に力を吸い尽くされて死ぬつもりか?』
「あ、貴方こそ私の力を受け止めきれずに死なないように気を付けてくださいね……」
危険だからと注意を促すヴェルンカストに対し、ルーは煽り返して見せた。
おどおどしながらの自信なさげな口調ではあるが、それが却って煽りの強さを増している。
『よかろう! ならばその身で試してやろう!』
ググッと右手が持ち上げられ、俺達に向けて伸ばされる。
だが、あまりにも大きさが違うためか、目の前に来たほんの爪の先端ですらジャンボジェット機が迫ってきたかのような威圧感だ。
とても握手など出来るような比率ではない。だからか、ルーは壁の如き爪の先端にそっと手をついて接触を図った。
「私は、貴方との契約を望みます……っ!」
契約の履行により、闇を斬り裂くまばゆい光が生まれる。
これによって互いの間に力をやり取りするためのラインが形成されると言う訳だ。
「うぐっ!? あぁぁぁぁぁぁ!」
「おい、大丈夫か!?」
「ルー、あんまり無理はしないでよ!?」
「わ、私は大丈夫です……」
ルーが咳き込み吐血する。これが『契約者殺し』による魔力吸収の影響か……。
ハルがルーの背中をさすってやってるが、おそらく焼け石に水だろう。
『ぬぅっ!? 並の人間ならば既に死ぬような量の力を吸ったはず! にもかかわらず、なんだ……この我が内に溢れる力は!?』
一方のヴェルンカストも、前代未聞の契約者に戸惑っているようだ。
今まさに吸っても吸っても吸い尽くせない程の力が身体の中に入ってきているのだろう。
しかし、それでも破裂せずに吸い続けられるのは、奴があまりにも規格外だからか。
『これ程の力……。分体での顕現はおろか、本体での顕現すらも可能となるのではないか……?』
「く、苦しさが消えた……? これって、つまり……」
『おめでとう。二人の間で供給ラインが安定したようだね。互いにちょうど必要な力の量をやり取りできてるよ』
ルーが最初に苦しんだのは、いきなり自分の許容以上の力を一気に吸われたからだろう。
しかし、ルーから溢れる力は膨大。すぐにヴェルンカストが望むだけの力を発し、供給する事に成功した。
どうやら上手く噛み合ったようでルーの体調は安定し、ヴェルンカストも闇の中で輝いている。
「そ、それじゃあ私も……ついに精霊との契約を……」
『長年人間界へ出れなかった我が、ついに人間との契約を……』
長年の悲願を達成し、涙をこぼすルー。俺達とは出会ってまだ間もないが、我が事のように嬉しいぞ。
一方でヴェルンカストも『ウオォォォ……』と、地の底から響くうめき声のような声ではあるが感動で泣いていた。
「ありがとう! 向こうに戻ったら講義の時に早速呼ぶからね!」
『うむ! 人間界への顕現を楽しみにしているぞ!』
精霊殺しに悩むルーの問題が無事解決したようで良かった。
こんなコネを持っているタルタも、ワイティと同じく一体何者なんだって感じだが……。
『それじゃあ戻ろっか。ほいっ!』
タルタがサッと手を振ると、闇が斬り裂かれて光が広がる。
この中へ飛び込めば元の場所へ戻れるとの事なので、俺達は一斉に飛び込んだ。
・・・・・
「……っと、どうやらまだ昼休みの最中のようだな」
俺達が現れたのは先程と同じ教室。前方の時計を見る限りでは、時間にして十分経っているか否かだ。
教室の端である最後部な事に加えて、生徒達も食堂へ行くなどしてほとんど外に出ているためか、俺達を目撃して何か反応する者も居なかった。
「い、今のは一体……もしかして夢だったんでしょうか……?」
「契約の印を探してみたらどうだ?」
俺は参考として指の爪を、ハルは手の甲を見せる。
親指を覗いた俺の指の爪には、それぞれの属性を象った小さな紋章が刻まれている。
ちなみに、爪が伸びたとしても紋章が上にずれたりはしないらしい。
ハルの紋章はキオンの横顔をシルエット化したかのような紋章となっている。
基本的には契約した精霊の意匠が紋章として反映されるらしいが、俺は何故か属性そのものが紋章になっている。
手の甲と違って爪の面積は小さいから、簡易的な絵柄でないと形成しづらかったりするんだろうか。
「あ、ありました! ちゃんと右手に紋章が刻まれています!」
「当たり前よ! アレは決して夢なんかじゃないわ!」
ルーの手の甲に刻まれていたのは、大きな角の生えたヴェルンカストの頭部をイメージするかのような紋章だ。
本当にあの凄まじくデカい精霊と契約を果たしてしまったんだな……。あの巨体を召喚するだけで大惨事になりそうだ。
「講義の時に呼ぶとか言ってたが、大丈夫なのか……?」
「大丈夫ですよ。次は外で精霊による模擬戦を行う予定ですから。私もようやく正式に参加できます!」
「精霊の模擬戦って、パートナー不在だったルーは今までずっと見学してたのか?」
「学院警備用の人工精霊をお借りしていました。人工精霊は定格の魔力で動くので私でも大丈夫なんですよ」
人工精霊とは、何代か前の校長が精霊を研究して発明した存在であるらしい。
魔術によって加工された外殻に、魔力を溜め込む魔石を組み込み、複雑な術式を施して作り出した。
俺達の世界で言えばロボットに近い存在か。燃料や電力の代わりに、魔力で動いている。
この人工精霊は誰にでも扱えるよう、術式により必要量の魔力しか受け付けないように制限が掛けられている。
ルーにとってはこれが安全装置となっており、精霊相手には過剰に注ぎ過ぎてしまう魔力が自動的にカットされる仕様だ。
そのため、一時的なルーのパートナーとしては最適である。警備用でもあるため、そこそこの戦闘力も有している。
専用の鍵を持つ者がマスター扱いとなる仕様であり、鍵を受け渡しさえすればいつでもマスターを交代する事が出来る。
現在はエメットさんがそれらを管理していて、ルーは模擬戦など授業で必要となる度に借り受けていた。
「でも、もうそれも必要ないんですね……」
ルーにとっては初めてとなる、自身の契約精霊での模擬戦。
せっかくだし、俺達も前回の講義から引き続き参加させてもらうとしよう。
俺達も精霊契約している身だし、精霊とのタッグ戦はやってみたい。
「どうする? タルタがこのまま模擬戦に参加するか?」
『んー。ヴェルちゃんの様子も見たいし、しばらくは同行しようかな』
「キオン。私のパートナーとなった以上は戦闘面も頼りにしていいのよね?」
『キョォォォォォォォン!』
まさか、学校の講義開始が楽しみだと思う日が来るとは……。元々の世界では絶対にありえなかった事だな。




