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023:黄金色の軍隊

 気が付けば、俺達は広々とした平原を見渡せる高台の上に立っていた。

 まさに言葉通り、早速現場へ飛んだと言う事なのだろう。ネーテさんが出迎えてくれた。


「ここは私が見張りをしていた場所です。ここからであれば、両軍の戦いを見渡す事が出来るかと思います」

「ナイスだよネーテ。さすがはツェントラールで唯一アタシが信頼する魔導師だね」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「そちらのネーテさんってリチェルカーレの部下なのか? ぼっちかと思ってたぞ」

「うるさいな。対外的な事をやってもらうためにも身近に信用できる人間くらい置いておくよ」


 対外的……。つまり、他所とのやり取りは全部ネーテさんに任せてるって事か。

 確かに自身の研究の事にしか興味なさそうだったもんな。商談とかそういうのをやるイメージが無い。


「申し遅れました。私はリチェルカーレ様の補佐を勤めております、ネーテと申します」

「これはこれはご丁寧に。刑部竜一と申します」

「確か、この国の現状をどうにかするため召喚された異邦人の方でしたね」

「期待に応えられるよう頑張ります」


 フードを取って挨拶してくれたネーテさんは、正統派の美人だった。キリッとしたその表情は、いかにも出来る女性のそれだ。

 加えて茶色いストレートのロングヘアーと、それを彩るサークレットが大人の女性感を強調している。

 これでローブの下がレオタードっぽい衣装や、宝石が目立つ衣装だったら九十年代のファンタジーみたいなんだが。


「いえいえ、あのリチェルカーレ様を外へ出る気にさせただけでも立派でございます。今までは材料の調達や日用品の買い物までも全部私がやっておりましたし……」

「あの、ネーテさん……?」

「時にはトイレすら「代わりに行っておいてくれ」などと無茶苦茶言い出す始末……そんな事出来る訳無いでしょうが! そんな無茶振り引き篭もり魔女が自発的に旅へ出てくれるなど、これを奇跡と言わずして何と申せばよいのか……!」


 グッと俺の手を取って突然ヒートアップしだすネーテさん。あぁ、ものすごーく苦労してたんだろうな……。


「ほほぅ。本人を前にして良い度胸だね」

「ひっ!」


 いつの間にかネーテさんの背後に回っていたリチェルカーレが不敵に目を輝かせる。

 壊れた人形のようにギギギと首を振り向かせるネーテさんだったが、そこには上司の満面の笑みがあった。

 直後、リチェルカーレにがっしりとつかまれて、共に地面の穴の中へと消えていった……。


「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ひょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ……ネーテさんの凄まじい悲鳴が聞こえてくる。


 数分もしないうちにネーテさんがポイッと放り出されたが、あの美しかった姿は見る影も無かった。

 そう、例えるならアダルトなマンガでオークの群れに嬲られた女騎士とかがこんな状態で放置されていたはずだ。

 さすがに性的な事はされていない……と思いたいが、全身がネバネバで着衣も大きく乱れているぞ……。

 あまり見るのも失礼かと思いつつ、チラチラと横目で見ると、ローブの下はレオタードっぽく宝石が付いた衣装だった。

 どうやらこの人のセンスは九十年代ファンタジーだったようだ。ギルドで見かけた魔導師達はごく普通の格好をしていたから、これはこの人の個性なんだろう。


「……何やったんだ?」


 ネーテさんに続いて、地面から生えてきたリチェルカーレに問う。


「お仕置きさ。実験がてら、通常空間で召喚するには危険が伴うものを召喚してみた」

「その結果がアレ……って事か」

「どうやら女性にとっては天敵足りえる存在だったようだ。まさかあのネーテが手も足も出ないとは」

「もしかしてネーテさんって実力者だったりするのか? わざわざ『あの』なんて言う位だし」

「ネーテはツェントラール魔導師団の団長だからね。少なくとも、魔導師では国内髄一の実力者だよ」


 団長なのかよ。確か魔導師団って騎士団と並ぶ国の二大戦力だよな。


「団長をパシリにしてんのかよ……」

「仕方が無いだろう。アタシの望む水準に達しているのがネーテくらいしか居ないのだから。それに――」

「あは。あはははは……。こ、これだからリチェルカーレ様はたまらないんれすうぅぅぅ」


 なんかネーテさんが喜んでいるぞ……。


「皆の前では真面目な女性を演じているが、実際は見ての通りかなり高度な変態だ」


 曰く、圧倒的強者に手も足も出ず蹂躙されるような一方的な戦闘にゾクゾクしてしまうらしい。俗に言うドMってやつか。

 そのため、自分を上回る使い手がほとんど居ない現状において、リチェルカーレの存在は貴重であるらしい。


「こんなん見たら、一般的な感覚の人達だったら絶対に幻滅するな」

「故に、その性癖を遠慮なくオープンできるアタシの側近役と言う立場をありがたがっているのさ」

「……第三者に見られたらどうするんだ、この様」


 俺はこの際良いとしても、現場にそれ以外の者が居合わせないとも限らないと思うんだが。

 まぁその辺は俺の考えることじゃないか。あまり深入りするのも正直言って怖いし。




 数分程余韻に浸っていたネーテさんだが、急にキリッとした表情になったかと思うとすぐさま物陰へと移動。

 瞬く間に出会った当初の姿形となって再び俺達の前へとやってきた。


「コホン。少々取り乱してしまいましたね。申し訳ございません」


 いや、取り乱したどころじゃ……と思ったが、ツッコまないぞ、俺。


「現時点で迫っているコンクレンツ軍はおよそ二千。十ある騎士団のうち一つを動員したものと思われます」


 コンクレンツ帝国は騎士団を十の部隊に分けており、一つ一つが約二千人の規模らしい。

 トータルすると二万は居るな。それ以外にも、ツェントラールと同じように魔導師団があるという。

 そちらは属性の数に肖り八つの団があり、各々が二千人規模。騎士団より若干人数が少ない。

 加えて、その他の人員――兵站要員などが四千人程居て、総計するとおよそ四万人程が軍を成している事になるのか。


「それを迎え撃つツェントラール騎士団はおよそ五百名ですね。今出発したと部下から連絡がありました」


 こちらから出せるのは約四分の一の人数か……それで凌げるんだろうか。

 周囲を敵国に囲まれているから、多方面を警戒しなければならず人数を割けないんだろうが。


「不安そうな顔をしてるね。けど大丈夫さ。ツェントラール軍には秘策があるんだ」

「そろそろコンクレンツ軍の進撃が見えてきましたよ」


 平原の彼方から、歩兵隊と騎馬隊が入り混じった一団が迫ってくるのが見えた。

 余裕の表れなのか進軍ペースはゆったりだ。数で押せるという自信か。

 俺は遠距離撮影も可能なカメラを召喚し、コンクレンツ軍を望遠機能で覗き込む。


「ほほぉ、これが異世界の道具ですか……。後で見せてくださいね」


 さすがに空気を読んでか、ネーテさんも今すぐ見せろとはゴネなかった。

 俺も今はカメラ越しの撮影に集中したいので、気遣いはありがたい。


 望遠して覗き込み、最前列の方から順番に見ていくと、やはり前の方は軽装の兵士達だった。 

 後ろの方へ行くに連れて重装備の騎士や騎兵達の姿が見受けられる。騎士団という表現通り魔導師の姿は見えない。

 顔の一つ一つを見るにはまだ遠いが、学校などの全校集会で集まるよりも多い人数が足並み揃えて迫ってくるというのはなかなか見られ……いや、平日の都会で毎日のように見てた気がする。

 横幅こそ狭いが、人数なら二千人を遥かに上回ってたよな。通勤ラッシュ時の駅とか物凄かった記憶が。


「反対方向。ツェントラール軍が到着したようです」


 ネーテさんの言葉に従い、カメラの向きを変えた先で映ったものは……


「な、なんだあれ!?」


 猛烈な勢いで数百頭の馬が駆けてくる。もちろん馬上には全て騎士が乗っている。

 しかし、尋常じゃない速さだ。荒野を駆けるスポーツカーのプロモーションビデオみたく、物凄い粉塵を上げて走っている。

 それだけじゃない。馬も騎士も目に見えて解るほど黄金色に輝いている。みんな明鏡止水の境地にでも至ったのか?

 

 黄金色の騎士達は瞬く間にコンクレンツ軍と接触したかと思うと、勢いを殺す事無く人の波へと突っ込んでいった。

 誰も馬の突撃を止める事が出来ず、まるでボウリングのピンの如くあっさりと弾かれていく。馬上で武器を振り回せば、まんま無双するゲームのような光景が繰り広げられる。

 あっと言う間に黄金色の軍団はコンクレンツ軍の深部にまで到達する。が、退路を先程弾かれる事のなかった騎士達によって塞がれてしまう。

 敵の渦中で取り残された……かのように思ったが、四方八方を囲まれても騎士の勢いは全く止まらなかった。


 その騎士を望遠で注視していて気が付いた事だが、時々死角から斬り付けられたり刺されたりしている。

 さすがに全方位を囲まれていてはいくつかの攻撃を許してしまうようだ。にもかかわらず、騎士自身はそれを全く気にする様子が無い。

 その答えはすぐに出た。斬り付けられた傷が瞬く間に再生してしまったのだ。刺し穿たれた傷も同様にして塞がっていく。

 どうやら凄まじいまでのレベルで身体能力と治癒能力にブーストがかけられているようだ。これがリチェルカーレの言っていた『秘策』なのか?


「凄いだろう。これが少人数で大人数と渡り合う秘策さ」


 乱戦の只中、ツェントラール方面から今度は数百人の歩兵達がやってきた。

 やはり等しく身体は黄金に輝いており、その走る速度はもはや人間のそれではなかった。

 ただ、馬と比べるとどうしても遅いため、到着が遅れてしまったのだろう。


 しかし、戦いが始まってみるとそれも計算のうちだったということがわかる。

 完全に先行した騎士達を囲む形になっていたコンクレンツ軍からすれば、背後を突かれたに等しい状況だったからだ。

 黄金色の兵士達による槍の一振りで十数人が薙ぎ払われ、剣の一振りで数人がまとめて倒れていく。

 援軍がたどり着いた事を確認した黄金色の騎士達は、それが合図と言わんばかりに踵を返して撤退を始めた。

 それを追わせるかとばかりに、到着したばかりの兵士達が壁となって食い止めにかかる。


「これはエレナによる『加護』――対象に凄まじいまでの身体能力強化と自動治療をもたらす法術さ」


 王城の聖堂で多数の神官と共に祈る儀式を行う事で、前線で戦う兵達に加護を授けているという。

 この力がある限りツェントラール兵達は絶対無敵。数千人の規模で攻めてこようと、数百人規模で渡り合える。

 その効果は今まさに見た通り、何倍もの人数が居るコンクレンツ軍がまるで相手になっていない――


「……にもかかわらず、何でツェントラールは窮地に陥っているんだ?」


 確か俺が召喚された時にヤバイという話をしていたはずだ。この力があれば余裕で逆転できるんじゃないのか?


「馬に乗った者達が撤退を始めただろう。あれはもうすぐ『限界』が訪れるからだよ。あれだけの凄まじい効果、際限なく使い続けられると思うかい?」


 まぁ、確かに……あれがずっと続いたのであれば逆境からの脱出はおろか世界すら制覇出来てしまうな。


「基本的に、城へと戻った騎士達はほとんどの者が昏倒する。これの後でかろうじて動けるのはレミアくらいじゃないかな」

「疲労で倒れるとかそんなレベルじゃないのか……。そりゃあ確かに、少人数で短期決戦しないと危険だな」


 全軍をそうしてしまったら、戦闘後に国を守る戦力が居なくなってしまう。もし相手国にまで攻め入ったりすれば、敵地で力尽きる可能性もある。

 何とか防衛に徹する事で実用出来ているのだろう。動くのを最低限にしないと使う事が難しい、と。


「レミアも本来ならこんな加護になど頼らなくても良いくらいに凄まじい子なんだけどね……」

「レミアってそんなに強いのか? や、銃弾弾いただけでも充分に凄いとは思うけど」

「あの子が本気だったら、加護なんて無かろうがコンクレンツ帝国の騎士団なんて一人でまとめてどうにでも出来るさ」

「……と言う割に、レミアは動かないんだな。もしかして、訳ありか?」 

「こればかりは本人の問題だから、アタシ達がどうこう言っても仕方が無いんだけどね」


 今後レミアと行動を共にする機会があったら探ってみるか。リチェルカーレが凄まじいと言うくらいだ。

 おそらくは常識の域を超えた何かがあるのだろう。それこそ、この加護など比にならない程に。



「少し話が逸れたけど、歩兵達が時間差でやってきたのは最前線の者達を撤退させるためなのさ。ある程度コンクレンツ軍を崩したら、彼らも撤退するよ」

「リチェルカーレ様、悪い知らせです。コンクレンツ軍がもう一部隊、援軍として寄越したそうです」


 時々通信用の魔術で他の場所に居る監視役と連絡を取り合っているネーテさんから、続報が入った。

 どうやら向こうはさらなる数を用意しているようだ。年単位で戦い続けているからか、弱点を把握しているのかもしれない。


「そうか、じゃあ今回はアタシが受け持つよ。兵士達も粘らなくていいし、魔導師団は撤退を助けてやってくれるかい」

「了解しました。『兵士団は即時撤退。魔導師団は撤退の援護を。コンクレンツ軍から援軍が出されましたが、それはこちらで対処致します』」


 眼前に魔力の球体を出現させ、そこに向かって用件を述べるネーテさん。おそらくはあれが広域に声を届ける魔術なのだろう。

 その言葉を受けてか、歩兵達も踵を返して撤退し始める。コンクレンツ軍がそれを追うが、妨害するかのようにいくつもの魔術が着弾する。

 平原なのにもかかわらず、それを放った魔導師達の姿が見えない。魔術でカムフラージュでもしているのだろうか。


「それでリチェルカーレ、コンクレンツ軍の援軍とやらはどうするんだ?」

「こうするのさ」


 いつものように指をパチンと鳴らすと、前方上空に巨大な穴が開き……そこから山程ある大きさの巨石が姿を現した。

 イスナ村の山に落としたやつか。そういや使った後に回収してたな。再利用するつもりだったのか。

 巨石の下にカメラを向けると、何事かと騎士達が動きを止めて上を見ている。彼らからすれば空が突然暗くなったかのように見えるだろう。

 それはいいから、今すぐ全速力でそこから逃げた方が良いぞ……。間もなく、それがそこへ落ちるんだからな。


「せっかく作ったんだ。利用しないとね」


 と、ぼやいている間にも巨石が容赦なく落とされた。

 障壁による緩衝が無かったためかイスナ村の時以上に凄まじい轟音と地響きが大地を震わせ、あの時は無かった粉塵も舞い上がり、さらに衝撃による突風が襲い来る。

 リチェルカーレが障壁を張ったので俺達に被害は無かったが、少しの間辺り一面が粉塵に包まれた状態となった。


「おいおい、近隣への被害……大丈夫だろうな」

「ご安心ください。各地に派遣している魔導師達が人里は守ってくれますので……たぶん」


 たぶんて……本当に大丈夫かよ。と言うか、魔導師団の人員は各地に散っていたのか。どおりで王城でほとんど見なかったわけだ。


「この一帯はアタシが結界で隔離しているから、少なくとも粉塵が人里に及ぶ事は無いよ」

「さすがはリチェルカーレ様です。無駄な心配でしたか……」

「いや、そんな事は無いさ。遠くからこの光景を見た人々が不安がっているかも知れないし、轟音や震動までは防げない。その辺のケアを任せるよ」

「わかりました。部下達にはそのように伝えておきますね」

(……ほんと凄まじいな。リチェルカーレ一人居ればこの国大丈夫じゃないのか?)


 考えてみればこいつ、俺が来るまでは国に危機が迫っていても動こうとしなかったんだっけ。

 さすがに本当にヤバイ状況になって、自らの生活が脅かされるレベルになったら動いたかもしれないが……。国を救うという意味では、それは遅すぎるな。

 だからこそ、俺という存在が召喚されて、リチェルカーレが俺に興味を持って外へ出てくれた事が大きな成果と言えるだろう。

 この時点で既に目的達成にリーチがかかってる気がする。もしこれで負けるとなったら、相手は一体どんな怪物だって話になるもんな……。

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