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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第七章:唐突に始まる学園モノ? 魔導学院編
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250:契約者殺し

 俺達は今、闇の中をただひたすらに落下し続けていた。

 夜の闇などとは比にならない、本当の深闇。周囲をベンタブラックで塗り潰したらこんな感じなんだろうか。

 今の俺の目に見えるのは、淡い光に包まれている自分自身と、ハルと、ルー。そして、一人の精霊。


『……『あの子』はこの空間の一番奥に居るわ』



 ・・・・・



 精霊術師学科の午前の講義が終わった頃、丁度昼休みに入った辺りでワイティが戻ってきた。


『リューイチ~。ルーちゃんの事、なんとか出来そうな宛が見つかったよ~』

「本当か! 確かルーを受け入れられる精霊を探すとか言ってたが……」

『タルタちゃんの所にね、人間界に憧れているけど人間との契約に失敗し続けている子がいるの~』

「タルタちゃん?」

『さっきリューイチが契約した子達の一人だよ~。早速呼ぶね~』


 ワイティがパンパンと軽く手を叩くと、彼女の横から闇が染み出すようにして小さな少女が出現した。

 腰まで届くようなサラサラした黒髪にパッチリした目つき。髪色以上に黒いワンピースを身に纏う三頭身の姿……。

 確かに契約した精霊達の一人だ。酩酊状態だったからかすぐ去ったので、正式な対面は今回が初めてだ。


『はぁい、初めましてマイマスター! 私は闇の精霊のタルタ! 世界を遍く恐怖の闇で包み込む者だよ!』


 テンション高いな。闇って根暗そうなイメージだったが、ウェスタとヴァルナのように光と闇もイメージが正反対なのか?

 おまけにギャルみたいなポージングで腰をフリフリしているぞ。何というか、精霊なのに俗っぽいというか。


「あぁ、よろしく。改めて、刑部竜一だ」


 タルタと握手するが、接触した際に力が流れ込んだのか「はうん」と嬌声を漏らすタルタ。


「それで本題だが、ルーに精霊を紹介してくれるという話だが……」

『えぇ。私の住まう領域に『契約者殺し』と呼ばれる闇の精霊が居るんだけど』

「契約者……殺し……」


 ルーが復唱するかのようにその呼称を口にする。精霊殺しと呼ばれているルーとは真逆だな。

 あっちもあっちで、契約対象となる相手を殺してしまうような精霊が居たんだな。


『もちろんわざとじゃないよ。ただ、あの子が人間界で顕現するのに必要な魔力を頂こうとすると、人間一人程度の力だと絞り尽くしてしまうんだよね』

「それは契約する側にも問題があるんじゃないのか? 分不相応な力は身を滅ぼすだけだと思うんだが」

『忘れたの? 精霊契約は精霊の方が好みの人間を選んで応じるの。力量差があっても、その力の質が気に入れば関係ないわ』


 そういやそうだったな。力量差を問わないなら、強大な力を持つ存在が何らかのきっかけで弱小な存在を気に入る事もあるという事か。


『ただ、あの子は人間界に行きたいがあまり、精霊を求める契約を発見次第次々に応じては失敗を繰り返してきたの』


 人間界に顕現させてくれるなら別に誰でもいいってか。彼女が欲しくて手当たり次第に声をかける思春期の学生じゃあるまいし。


『さすがに人間の犠牲が笑い事で済ませられるレベルじゃなくなってきたから、ちょっと謹慎してもらってる所よ』


 ちなみにそれは二百年位前の事であり、当時は『精霊契約怪死事件』として世界を震撼させたらしい。

 精霊契約を試みて精霊を呼び出そうとすると、何の手違いか『邪神』を呼び出してしまって命を奪われてしまう。

 世界のありとあらゆる場所でこの現象が起きたため、個人の資質ではなく、契約儀式の術式に問題があるのではと疑惑が持ち上がる。


 術師達は研究を重ね、儀式を改良してみたりもしたが、術式に関係なく件の『邪神』が呼び出されてしまう。

 人々は無節操に現れる邪神こそが一番の問題だと考えるようになり、ついには意図的に召喚して討伐する計画が持ち上がる。

 しかし、そのタイミングで精霊側が謹慎させたため、以降は全く出現しなくなり世間の話題からも消えていった。


「ルー、そんな精霊が相手で大丈夫か?」

「かまいません! 私はどんな精霊も大好きですから!」

『その意気込み、イイネ!』


 迷わぬ即答にタルタもグーサイン。


『じゃあ早速その子に会いに行こうか』

「今、昼休みなんだが……。終わるまでに戻れるか?」

『大丈夫だよ。何処か遠くに行く訳でもないし』


 そう言って、指をパチン、と。あっ、このパターンは――



 ・・・・・



 そんな訳で、俺達は今まさに闇の中を真っ逆さまと言う訳だ。


「……で、なんで私まで引きずり込まれてるのよ?」

『近くにいたから?』


 そういや俺達が話してるすぐ隣にハルも居たな。会話には参加していなかったが。

 キオンも一緒についてきている……と言うか、ハルがしがみついている。


「まぁいいじゃないか。せっかくの機会だし、なんか凄そうな体験が出来そうだぞ」

「別にいいけど。それでこの真っ暗闇の場所は一体何なの?」

『ここは精霊達の世界である『裏界』の一つ、闇の領域。その中でも最奥に位置する『あの子』のための牢獄よ』


 裏界――俺達は今、精霊達が住まう世界に居るのか。まさか、人間も行く事が出来るとは思わなかった。

 裏界の一つと言っていたから他の領域もあるのだろうが、闇の領域はとにかく真っ暗だな。


『あ、誤解しないでね。普通の闇の領域は人間界の夜みたいにある程度は視界良好だからね。ここが特別なだけだよ』


 心の中で思った事に返事をされてしまった。おそらくハルやルーも同じ事を思っていたに違いない。


『もうそろそろかな。あそこにうっすらと浮かんできたのが、契約者殺しの精霊だよ』


 遠目に小さな光が見える。真っ暗闇の中だからか、物凄く目立つ。

 俺達はそこへ向けて落下しているんだな。一体どんな精霊が待っているのやら――


『ぬぅ……? まさか、この領域に侵入者とは……』


 空間全体に野太い声が響く。低く重いながらもこの世界全体を震わせるような、力の籠った声だ。

 俺達を侵入者扱いするという事は、この空間の住人――つまり、契約者殺しの精霊なのだろう。

 その声に戦々恐々としながらも落下を続けていると、俺達の目にとんでもないものが飛び込んできた。




 ――そこに鎮座していたのは、精霊とは思えない異形の『怪物』だった。


 鋭い牙が並ぶ大きな口に、見る者全てを射殺すような鋭い目。人外ならではの紫という体色。

 頭部には神官が被るような帽子を身に着けているが、それを突き破るようにして巨大な角が左右に伸びている。

 金属パーツが各所にあしらわれた豪奢な衣装は全体的に朽ちており、それが長期間に渡ってここで捕らえられていたであろう事を物語る。


 しかし、何より俺を驚かせたのは、そいつの姿形ではなく大きさだった。

 まだかなり遠方に居るというのに姿形がハッキリ見えており、近付いていくにつれてそいつの姿がどんどん大きくなってくる。

 そして、大きさが山のよう――いや、山なんかよりも遥かに大きく見えるようになった辺りで、俺達の落下が止まった。


 この状態でも、そいつと俺達はかなり離れている。もし目の前に行けば、それこそ俺達は人間から見た蚊の如き比率になるだろう。

 腹部辺りから下は闇に埋もれて見えないが、上半身だけでこれなら、直立した姿はもはや天を衝く程になりそうだ……。


『ほほぅ、この世界に人間とは珍しい……。我が名は邪神ヴェルンカスト、深闇の化身である』

「きゃああああああ!」


 ぐっ、やはり距離が近くなると威圧感が凄いな。ただの名乗りがまるで暴風だ。

 ハルがそれに圧されるが、キオンが身を張ってバリアを展開しその衝撃を和らげる。

 にしても邪神だって? ここに居るのは精霊じゃなかったのか?


『あ、いきなりごめんねー。久々にお邪魔させてもらうからよろしくー』

『おぉ、その声は……』


 タルタが軽く挨拶すると、ヴェルンカストは声色に少し喜色を感じさせた。


『この子ね、邪神なんて言ってるけど人間が勝手に邪神認定しただけだからね。与えられたキャラ演じてるだけの、ただの闇の精霊だから』


 そういや事件の影響で邪神呼ばわりされてたって言ってたっけ。


『……見た目で邪神扱いされるなら、いっそ本当に邪神という方向性で行こうかと』

『馬鹿じゃないの? そんなんだから人間と契約する事がますます遠のくんだよ。せっかくいい人間連れてきたのに……』

「す、凄く大きな精霊さんです……!」


 ルーはと言えば、先程の威圧にも全く負けずキラキラした目でヴェルンカストを見つめている。


『……って、全然動じてないわね』


 精霊が大好きと公言した通り、如何に巨大であろうと、邪悪そうな見た目であろうと、全く関係ないのかもしれない。

 俺達からすれば恐ろしく感じられるような状況も、ルーにとっては『ただ大好きな精霊が目の前に居るだけ』に過ぎないという事か。

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