249:精霊殺し
俺達はレーレン教授の計らいで精霊術師クラスの講義に参加させてもらえる事になった。
俺もハルもさっきの儀式で無事に精霊契約を果たし、精霊術師となったばかりだ。
そういう意味では、早速専門の講義を受ける事が出来るのは実にありがたい。計らいに感謝だ。
教授は次の講義の準備をするため、十分程の休憩を告げて去っていった。
その間に俺達は何処か空いている席に座ろうと教室内を見回すのだが、ふと気になる一角を見つける。
教室の最後尾、窓際の部分に一人だけやけに距離を置かれて座っている少女の姿があった。
俺はハルと頷き合ってその少女の近くまで行く事にした。
理由は分からないがこの距離の取られよう、明らかにクラス内で避けられている。
もしかしたらこのクラス内におけるイジメの被害者かもしれない……。
「わ、私に近寄らないでくださいっ!」
だが、当の少女から帰ってきたのは思わぬ言葉だった。
「そういやあんたらは見学者だったな。なら当然、コイツの事は知らねぇか」
その声を聞いた男子生徒の一人が話に入ってくる。いきなりタメ語で結構ガラが悪そうな印象だ。
「コイツはルー・エスプリアムールと言って、このクラスの落ちこぼれ……いや、死神だな」
「通称『精霊殺し』、今までに彼女と関わった精霊のことごとくが死んだ事からそう呼ばれています」
もう一人、最初のガラの悪そうな男子とは違い、真面目そうな眼鏡男子が話に加わる。
「精霊殺し……か。精霊術師学科においては、確かに物騒な二つ名ね。何故そんな子がこのクラスに居るの?」
「精霊を害する力であるからこそ、精霊の事を最も学ぶ事が出来る学科で制御の術を学ぶ――という方針らしいですよ。我々からすればいつパートナーが害されるか、たまったものではないですけどね」
ハルの質問に答えると共に、メガネくんは早々に俺達の所から離れていった。
精霊殺しの異名が示すように、パートナーの精霊共々ルーには極力近づきたくはないのだろう。
「ルー……だったか。今の話は本当か?」
あまり近づくと拒絶されそうだったので、少し距離を置いて話しかける。
元の世界で文明と縁遠い先住民族に話しかける時みたいだな。対応を誤るとマズい事になるパターンだ。
「……確かに、私は『精霊殺し』と呼ばれています」
ルーが語り始める。彼女は幼い頃、精霊術師の使役する精霊によって命を救われた事があるらしい。
その事がきっかけとなって精霊を好きになり、自分も精霊と関わりたいと思って精霊使いを目指し、ひたすらに修行を続けてきた。
やがて精霊契約の機会を得て無事に儀式を完遂し、パートナーとなる精霊にも恵まれる事となったのだが――
「その精霊さんは、私と契約を交わした途端に苦しみ始め、最終的には全身がひび割れて砕け散ってしまったんです」
幸か不幸か精霊契約自体は成功しているため『失敗』とは見なされず、契約の資格は失われずに済んだ。
そのため後日改めて挑んだ儀式では再びパートナーとなる精霊に巡り合う事が出来た。だが、その精霊も同じように……。
二度目の失敗で、本人も周りもさすがに何かがおかしいと気付いた。この少女は、どこか異常なのではないか。
一度目は色々な要素が重なっての事故と解釈されても仕方がないが、さすがに同じ事が二度続くと疑問も確信に変わる。
ルーの周りでは魔導に通じた様々な学者に話を聞いたり、教会で神官に見てもらったりなど、様々な措置が講じられてきた。
しかし、それからしばらくした後、彼女が『精霊殺し』と呼ばれる事になる決定的な事件が起きてしまう。
「私、ある精霊さんと知り合って仲良くなったんですけど、その精霊さんに触れた途端……」
ルーと契約を結んだ訳でもないのに、ルーがただ触れただけで精霊契約を行った時と同じように精霊が砕け散った。
これにより、ルーは『精霊を破壊できる力を単に触れるだけで行使できてしまう』という、恐ろしい事実が明らかとなった。
しかも、精霊契約と言う限定された状況下ではなく、野良の精霊でも。ならば、他人と契約済みの精霊は……?
取り返しのつかない事になるため、他人と契約済の精霊に対しては試みられてはいないが、それでも精霊と関わる人々を恐れさせるには充分過ぎた。
最終的には、各地の精霊術師を保護しているというローゼステリア魔導学院の噂を聞きつけた人々により、ルーは預けられる事となった。
「魔導学院で、学院に籍を置いている精霊さんの一体と契約を試みたのですが、その精霊さんも……うぅっ」
学院に籍を置く精霊とは、特定の誰かとではなく学院と言う組織そのものと契約している精霊の事らしい。
そんな精霊すらもダメだった……。学院で起きたこの出来事は、事情を知らなかった学院関係者を大いに恐れさせた。
ましてや今まさにパートナーの精霊と共に学んでいる生徒達からすれば、距離を置きたくなるのも当然の事だった。
「じゃあ、ルーはパートナーなしで講義を受けてるのか?」
「……そうです。でも、自分の力の事や精霊さんの事をもっと知らなければならないので」
「偉いわ、貴方。私だったらどうにかなって投げ出してると思うし」
いつしか、俺達はそこそこの至近距離で会話に興じるようになっていた。
身の上話を聞くうちに警戒心も解けてきたようで、ルーも少しずつ笑みを見せるようになってきた。
『ルーちゃん、だったかな~? もしかして、貴方の事が分かるかもしれないよ~』
「近づかないでください! 貴方も死んでしまいますっ!」
そう言ってワイティがフワフワ漂いながら近づいていくが、ルーは全力で拒否。
彼女に触れたら精霊は無残にも砕け散ってしまう。その事を考えたら近くに寄せる訳にもいかない。
しかし、拒否するあまり逆にその手を前に突き出してしまうという致命的なミスを犯すルー。
『えいっ!』
すかさずワイティがその手に触れる。
「だめぇぇぇぇぇぇっ!」
瞬間、ワイティの身体が太陽の如く光り輝く。
「あぁ、また尊い一人の精霊さんが犠牲になってしま――」
ルーが目の前で起きた悲劇に顔を落としかけるが、そこでふと気付く。
なんとワイティは消し飛んでおらず、その場に健在だった。
『おぇっぷ。確かにこれはキツいね~。私じゃなかったら間違いなく消し飛んでたよ~』
……ただ、その見た目は異様な肥満体と化していたが。
「すまん、説明良いか?」
状況がさっぱり分からない。なんでワイティがデブるんだ。
まるで初登場時の魔人○ウじゃないか。ゆるキャラみたいになってるぞ。
『えっとね~。簡単に言うと~、その子は『超過剰供給体質』みたいだね~。精霊に供給する力の量を制御できない感じ~』
「なるほど。つまりコップの中に注ぐ水の量をコントロール出来なくて、水がドバドバ溢れるのと同じって事か……」
あっさりとルーの『精霊殺し』という体質がいかなるものなのかを看破するワイティ。
車のタンクにガソリンを注ぐ際には自動でストッパーがかかるが、それが無いようなものか。
『ルーちゃんは今まで、コップに水を注ぐつもりで大瀑布を叩きつけてたようなものだね~。それじゃあ弱い精霊は死んじゃうよ~』
コップに大瀑布を叩きつけるて……。それは確かに過剰過ぎる供給だな。コップなんて一瞬で木っ端微塵だ。
話によると精霊は『砕け散った』らしいし、コップから水が溢れるどころじゃなく、コップを破壊するレベルの話だったか。
「って、ワイティは大丈夫なのか? そんな大瀑布みたいな力を叩きつけられたんじゃ……」
『あんまり大丈夫じゃない~。すぐに打ち切ったから良かったけど、一瞬で供給過多になっちゃったよ~』
ほんと何者なんだこの精霊は。普通の精霊なら砕け散るところ、供給過多で済むとは。
ルーの体質より大きな謎が俺の目の前にあるって感じだな。今すぐに聞いてもはぐらかされそうだし、機を待つか。
「そもそも、何でそんな体質なんだ? それに、大瀑布と例えるくらいだからルーの持つ魔力量はとてつもない量って事か?」
『ん~、一つずつ答えるよ~。まずルーちゃんの魔力量は凄く多いよ。幼い頃から本当に努力してきたんだね~』
「うぅっ、グスッ……」
ワイティの言葉に、聞いていたルーは泣き始めてしまった。
「ごめんなさい。そんな風に努力を誉められた事なんてなかったから……」
『それにルーちゃんって、精霊の事が大好きだよね~?』
「もちろんです! 私にとって精霊さんは人生の全てを賭けるに値する程に大大大好きな存在です!」
『だよね~。うん、この精霊を好き過ぎる気持ちが超過剰供給の原因だね~』
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? そんなぁ! 私の精霊さん大好きな気持ちが精霊さんを……!?」
泣いていたかと思うとパァッと明るい顔になり、その直後に床へ突っ伏してどん底に陥っている。
ルーは何とも忙しい子だな。だが、喜怒哀楽がしっかりしているのは良い傾向だ。
『基本的に契約者が精霊に伝える魔力には契約者の気持ちが乗るんだよ~。ルーちゃんの場合、気持ちが強過ぎてただでさえ強い魔力が尋常じゃないくらいに強化されちゃってるんだね~』
「そんな……。それじゃあ私は精霊さんに対する好意を表に出しちゃいけないって事なの……?」
『普通の精霊術師さんは精霊に対する好意があって当然なんだけど、だからってそこまで魔力が増幅される事は無いんだけどね~』
「どうしよう……。精霊さんを好きな気持ちを抑えるなんて出来ないよ……」
『私としては~、精霊を好きで居てくれる事はとても嬉しいし~、それとは違う方向で問題を解決しようと思うんだ~』
「わ、私はどうすればいいですか!? この状況が改善されるのなら、何でもします!」
ん? 今、何でも……って。いかん、こういう言葉に反応してしまうあたり、俺の精神がおっさんなんだと思い知らされるな。
『簡単に言うと、ルーちゃんを受け入れられる精霊を探すんだよ~。ちょっとみんなと相談してくるから待っててね~』
そう言って、ワイティは空間に溶け込むようにして消えていった……。




