246:みんなまとめて
「……で、誰でもいいから状況を説明してくれないか?」
『これは申し訳ありません。では、順を追って説明させて頂きましょう』
人差し指で眼鏡をクイッとしてから話し始めるのは、眼鏡キャラのお約束なのだろうか。
『貴方……確か、リューイチさんでしたか。先程、貴方が召喚の儀式を行った事で裏界に激震が走りました』
曰く、俺の力が裏界へ流れ込んだ途端、精霊達のことごとくがが酩酊状態になってしまったという。
精霊達にとっては麻薬の如き快感と至高の美味を併せ持つものらしく、それを独占するため召喚に応じようとする者が殺到。
しかし、あまりにも強烈なその力に、ほとんどの精霊達は召喚に応じる間もなく倒れ伏し快楽の海に沈んでしまった。
(そういや魔族と化したティアさんも、俺の肉体は最高の美味とか言ってたな……一方で猛毒でもあるらしいが)
そんな中、快楽に負けなかった精霊達も居た。そのうちの一人が雷の精霊であるワイティ。
彼女が『快感と美味』を独占するため召喚に応じようと人間界へ飛び出そうとしたところで、シャフタ達も動いたらしい。
ワイティの片腕だけが飛び出した時点で何とかしがみついて止める事が出来たが、そこで予想外の事が起こる。
いきなり凄まじい程のパワーアップを果たしたワイティが、あろう事か幾人かにしがみつかれたまま世界の壁を破ってしまった。
どうやらそれは、俺が彼女の手を握った事によって超絶なるパワーを与えてしまったが故の事であるらしい。
「流れは分かったけど、何故ワイティを止める必要があったんだ……? ハルが召喚したキオンとかは止めなくて良かったのか?」
『他の人間の事など別にどうでも良いのです。貴方の力を一人に独占されるのが許せなかっただけで……。どうやら、私以外にも同じ事を考える者達が居たようですが』
ウェスタが不服そうに水の精霊ヴァルナや、未だ倒れ伏している精霊達に目線を向ける。
つまりは、誰かに先んじて俺と契約されるのが嫌だったという、仲間同士による足の引っ張り合いと言う事か。
俺としては特に誰かを指定するつもりもないし、そんな事で契約の機会が失われたら嫌だぞ……。
『ははっ! ワイティを止めるつもりがみんな一緒に来ちまったなぁ。だったら、いっその事みんなで契約しちゃおうぜ!』
『何を言っているのですか。そんな事できるはずが無いでしょう。既にリューイチさんはワイティの手を取ってしまっているのですよ?』
えっ。まさか、手を取っただけで契約した事になってしまうのか?
俺としては精霊契約というものさえできればいいし、別にあの子でもいいんだが……。
『一時的に繋がっただけで正式な契約はまだだろ? うだうだ言ってるならアタシが先んじるぞ!』
『正式に契約はしていなくても、一度他の誰かが手を付けた人間は予約したも同義。そんな事したらワイティが――』
『ってか、お前はいーのかよ? お前だってダンナを取られたくないからワイティを妨害したんだろ』
『くっ。そ、それは……。あぁ、もう! こうなったらどうなっても知りません! 私も己の欲に従います!』
ヴァルナとシャフタが同時に俺の右手を取る。その瞬間、俺の中からゴッソリと力が吸われていくような感覚に陥り、ふらついて思わず膝をつく。
一方で二人の精霊は恍惚としており、シャフタが言っていた『麻薬の如き快感と至高の美味を併せ持つもの』という表現が誇張ではない事を思い知った。
精霊契約によって『ずっとこれを味わい続ける権利』を手に出来るとあらば、そりゃあ精霊達も契約を狙って必死にもなるか……。
「仕方ないな。せっかくこっちの世界にやってきたんだ。みんなまとめて俺と契約するか?」
『おぉ、さすが太っ腹だぜダンナ! アタシはそれでいいぜ! 独占欲強いウェスタは何て思うかは知らないが』
『独占欲云々以前に、複数人契約は契約者への負担が尋常ではないですし、お勧めはしませんよ?』
なるほど。それで「どうなっても知りません!」なのか。しかし、心配しながらも力を吸い続けている辺り、矛盾が見られるな。
だが、俺は死んでも甦る体質。もし精霊契約の負担とやらで死んでも甦ればどうにか……なるのだろうか。
「……やってみるか」
俺は倒れている精霊達の所へ行くと、一人一人の小さな手を取ってムニムニと握ってみた。
すると、皆が揃いもそろって『はぅっ!』と声を上げ、意識を取り戻した酔っ払いのようにフラフラと立ち上がる。
計五人に力を吸われたが、疲労感があるだけで特に死ぬような感じはしない。これならいけるか……?
確か契約は『精霊に触れてパートナーとして受け入れる意思を示せば成立する』だったか。
だったら、この時点で出現した精霊達皆には触れているから、あとは心の中で念じれば良いのか。
(せっかくこっちの世界へ出てきたんだ。みんな、俺と契約して一緒に冒険しよう!)
俺との契約を独占しようとして出てきたらしいワイティはもちろん、他の精霊達も独り占めさせるかとくっついてきたという。
そんな経緯もあってか、俺との契約に関しては全く問題なかったようで、俺と精霊達が一斉に光に包まれた。
精霊達の額には契約の証である紋章が浮かび、俺の手の甲にも……あれ? 無い。いや、よく見たら爪の方にある。
俺が引っ張り出した精霊は合計八人。その八人分の紋章が、親指を除く各指の爪に発現している。
まさか単に精霊と契約をするだけではなく、八人同時とは……。これはまさにチートというやつではないだろうか。
『無事に契約完了です。これでいつでもこちらに来られるようになりましたね』
『よっしゃー! これでみんなで冒険に行けるぜー!』
『全員で……というのは難しいですね。まずリューイチさんの負担が凄まじい事になります』
確かに疲労感が消えない。力を吸われ過ぎて死ぬような事は無かったが、これが常時続くのはさすがにしんどいぞ。
なら契約するなって話だが、それはまぁ……ロマンってやつだ。せっかくのチャンスを逃したくなかった。
『お供をするのは基本一人が宜しいでしょう。他の皆が裏界へ戻れば、常時の負担は一人分で済みます』
『ちぇー。でも、リューイチの身が第一だしな。そこは妥協するしかないか……』
『それに『母様』の事もあります。私達が全員出てきてしまうのは明らかに失態です。戻ったらお叱りは覚悟しなければなりません』
『うげぇ! そういやそうだった! よりにもよって全員がくっついてきちゃうとはなぁ……』
『とりあえず酩酊している五人を連れ帰りますよ。リューイチさんへのご挨拶は後日各自でして頂きます』
『りょーかい。しゃーないけど、最初のお供役は一番乗りのワイティに譲ってやるかー』
『では我々はこれにて失礼致します。とりあえずは、ワイティの事を宜しくお願い致しますね』
そう言って、ウェスタとヴァルナは仲間の精霊共々空間の穴の中へと消えていった。
それから間もなく、気を失っていたワイティがむくりと起き上がると、辺りをキョロキョロ見回す。
『あいたたたたた~……。一体なにがどうなって~……ん?』
ワイティの目に留まったのは俺の手の甲。爪に刻まれた契約の証に気付いたか?
『うぅ~。みんな、ずるい~! どさくさに紛れて契約していった~! 私が一番に手を取ってもらえたのに~!』
全身からビリビリと電気を発して怒りを見せるワイティ。そういや雷の精霊だったか。
ウェスタが『一度他の誰かが手を付けた人間は予約したも同義』って言ってたし、それで怒ってるのか。
それを無視して契約をされたのは、彼女からすれば横入りもいい所なのだろう。
「……すまない。他の精霊からの契約に応じた俺の方にも責任はある」
ヴァルナが発案した事とは言え、好奇心からみんなとの契約を促したのは俺だ。
ワイティの独占で無ければダメというのであれば、他の精霊との契約解除も仕方がない。
『むー……。でも独り占めするのもみんなに申し訳ないし、みんなと一緒の方がケンカしなくて済みそうかも』
どうやら、仲間内でのケンカを懸念しているようだ。己の独占欲よりも、調和を選んだか。
『じゃあ改めて自己紹介するね~。雷の精霊のワイティだよ~。よろしく~』
「刑部竜一だ。よろしくな」
軽く握手を交わす。まさか、俺の契約精霊が可愛い系の人型精霊になるとはな……。
恐ろしげな怪物みたいな精霊や、意味不明な姿をして人語を話せないような精霊よりかは断然マシか。
個人的な好みで言うならば、もっとグラマラスなお姉さん系の精霊だったら最高だったんだが。
そう、それこそあの座席に座っているような――




