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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第七章:唐突に始まる学園モノ? 魔導学院編
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244:ハルの精霊契約

 ふと、親友サディークの顔を思い出した。君に託すような形になってしまって申し訳ないと思う。

 でも信じている。君ならば、必ずあの子を戦地という地獄から連れ出し、表世界を歩めるようにしてくれると……。




 ――少し懐かしい気持ちに浸っていると、エメットさんが提案を投げかけてくる。


「この機会ですし、精霊契約に挑戦してみますか?」

「俺、精霊契約が出来るんですか?」

「実際に精霊と契約出来るかどうかは分かりませんが、儀式をする事自体は可能です」


 精霊契約は、基本的に一度失敗すると、もうその者は『精霊から好かれていない』と判断され契約の資格を失う。

 現に、そう判断された者が後に何度儀式を試みても、契約が出来るようになった例はないという。

 人生で一度きりのチャレンジとはハードルが高いな。それも精霊術師の数の少なさに拍車をかけてるのか。


「是非やってみたいな。ハルはどうだ?」

「私もやっていいの……?」


 ハルも俺と同じ異邦人。当然ながら今までに一度も精霊契約を試みた事がない。

 ならば、この機会に挑戦してみるのもありだろう。観察もしたいし、先にやってもらうとするか。


「じゃあレディファーストと言う事で、ハルから試してみたらどうだ?」

「やった。じゃあ、精霊契約に挑戦したいです!」


 ハイハイッと元気良く挙手するハル。おそらく、学校の授業でこれほどのテンションで挙手した事は無いだろうな。

 俺達からすれば異世界の授業……しかも魔術関連なんてワクワクが止まらないレベルのアトラクションだ。

 そんな授業も、この世界の住人からすれば『普通の学校の授業』に過ぎないんだろうか。もし俺達の世界で授業を受けたら卒倒しそうだ。



 ◆



「では、異世界からの来訪者であるお客様に精霊召喚の儀式を行って頂きます」


 レーレン教授に招かれたハルが壇上に立たされる。

 ぎこちない動きから、生徒達や精霊達からの視線を一身に受け緊張しているのが見て取れる。


「生徒の皆様は既に経験済みですが、第三者が儀式を行う様子を見る事で改めて知る事もありますので、復習を兼ねて見守って下さい」


 まず最初に足元へ一メートル程の魔法陣が構築され、その中心にハルが立たされる。

 この魔法陣はハルという存在情報を読み取り、精霊達の存在する『裏界』へと送信する発信器の役割を持つ。

 裏界に存在する精霊達は送られてきた情報を感じ取り、気に入ればその存在の下へと馳せ参じる。


「もし貴方の事を気に入った精霊が居れば、こちらに構築された召喚用の魔法陣に出現します。その際、契約するも断るも自由です。しかし、断った後で他の精霊が現れるとは限りませんので、選択は慎重に願います」


 ハルは前方に両手を掲げ、召喚用の魔法陣に向けて祈るように力を籠める。

 裏界へ送られる存在情報に自身の魔力を上乗せする事で、さらに精霊へのアピール力が増す。

 この機会に何としてもパートナーが欲しいと思ったハルは、真剣に儀式へと挑む。


 やがて召喚用の魔法陣から光が放たれ、レーレン教授が感心したように「おぉ」とつぶやきを漏らす。

 この現象は精霊が現れる場合の前兆であり、儀式に挑んでも失敗する例が多い中で当たりを引いた事に驚いたのだ。

 もし精霊が現れない場合は魔法陣に全く変化は起きず、見込みなしと判断されると魔法陣は消失してしまう。


「ハルさん、貴方の事を気に入った精霊が現れますよ!」

「ほ、ほんとですか!?」


 パアァとまばゆいばかりの笑顔になるハル。自分が数少ないという『精霊と契約できる存在』だった事にワクワクを隠せない。

 目の前に現れようとしているのは一体どんな存在なのか。可愛いタイプか、美しいタイプか、それとも厳つい感じか。

 光が一層激しく輝き、見ている者達が思わず目を閉じる中、収まった光の中に一つの存在が姿を現していた。


『キョ?』


 見た目は鹿。大きさとしては大型犬くらいだろうか。鹿として見るとかなり小型の部類だ。

 自身の現れた場所が何処なのか疑問に思っているようで、あちこちを見回しては可愛い声を漏らしている。

 明らかに普通の鹿と異なるのは、姿がうっすら半透明な事である。これは召喚時の精霊の特徴だ。


 色々な場所を一通り眺め終わった後、ようやく目の前に居たハルの存在を認識すると、スタスタと駆け寄ってきた。


『キョ~ン!』

「……よりにもよって、何で鳴き声がそれなのよ」


 某ライトノベル主人公に似た『晴秘』という名前であるが故に、周りからネタにされていた過去を持つハル。

 そんなハルにとって『キョン』とか鳴く生物があてがわれるなど、イヤガラセにも等しい出来事だ。

 しかも見た目までキョンみたいな姿。まるで「キョンと名付けろ」とでも言わんばかりの精霊が出てきた。


 ちなみに、現実世界におけるキョンの鳴き声は『グァ~!』と言った感じで全く可愛くない。

 キョンが野生化してしまっている住宅街において、深夜にでも鳴かれようものなら不気味極まりない。

 可愛らしい見た目に合う可愛らしい鳴き声であっただけまだマシと言えようもの。


『キョ~……?』

「うぅっ、そんなつぶらな瞳で見つめないでっ」


 当然、鳴いている鹿――精霊にとっては何の話だか知った事ではない。

 精霊はただハルという存在を気に入ったから現れた。ただそれだけでしかない。

 ハルもそれは分かっている。それに、見た目はとても好みであった。


 じぃ~っ……


 じいぃぃぃぃぃぃ~~~~~っ……


「う、ぐ……わ、わかったわよ! 契約するわ!」

『キョ♪』


 ひたすらに見つめ続けてくる鹿の精霊に根負けしたハルは、この場で契約を結ぶ事にした。


「……って、どうやればいいの?」

「契約する人間側が精霊に触れてパートナーとして受け入れる意思を示せば、それで契約が成立します」


 ハルは鹿の精霊の頭を撫でるようにして右手を添えると、心の中で「契約する」という意思を示した。

 その瞬間、精霊とハルが共に光に包まれ、ハルの右手の甲と精霊の額に同じ紋章が刻まれた。

 互いに共通の紋章を有する――これこそが『契約成立』の証である。ハルはこの時を以って精霊術師となったのだ。


「おめでとうございます。これでハルさんも正式に精霊術師の一人となりました」

「やったー!」


 様子を見守っていた生徒達からもパチパチと拍手が送られる。

 彼らからしても、絶対数の少ない精霊術師の仲間が増えるのは嬉しい事なのだ。


「……で、アンタの名前はなんていうの?」

『キョー?』

「いや、キョーじゃなくて、名前を……」


 再び問うても、精霊は同じく「キョ」と鳴き声を返すのみだった。


「どうやらその精霊は言葉を話せない個体のようですね」


 精霊にはランクが存在し、上級扱いされる個体となるとそのほとんどが人語を話せる。

 故に、精霊が契約を結ぶ際に自身の名前を名乗ると共に誓いを立てるのだ。

 しかし、下級精霊の大半や中級精霊の一部は人語を話せない。つまり名乗れない。そういう場合は――


「そういう場合、契約者が名前を与えてください。精霊は契約と名前によって、こちらの世界へ完全に定着する事が出来ます」


 基本的に力に満ちた『裏界』に住まう精霊達にとって、こちらの世界は済むのに適していない世界である。

 力そのものが形を成したような存在である精霊からすれば、満ちる力が無いため居るだけで心身が消費されていくに等しい。

 契約を行う事で人間と互いを結ぶ事によって、人間から『こちらで安定して存在するための力』を借りる事が出来る。


「名前……名前かぁ……」

『キョンキョンキョン!』

(いや、絶対にキョンにはしないから……)


 鳴き声が「キョン」だからキョン。見た目が如何にもキョンっぽいからキョン。

 絶対にそんな安直な名付けをしてなどやるものか――ハルは、鋼の意思でそれを拒否した。

 ならばどうするか。ハルは自身の知識と経験から、精霊に合いそうな名前を考えた。


「そうね……キオン。キオンに決定よ!」

『キョォォォォォォォ~~~~ン♪』


 キオンとは、キョンを中国語で表現する際に使われる『山羌』の『羌』を中国語っぽく読んだものだった。

 ライトノベルのネタでからかわれていた頃、度々言われる『キョン』という単語を調べた際に色々知ったうんちくである。

 元々はライトノベルの登場人物を調べていたのだが、そこから派生して別の物まで調べてしまうのは良くある話。


(それでも若干キョンっぽいのは妥協する! こんな可愛い子にゴツい名前なんて付けられない……)


 一際嬉しそうに、高らかに鳴くキオン。それはハルの与えた名前を受け入れ、パートナーとして認めたという返事。

 精霊は名前を名乗る事、あるいは契約者から名前を頂く事により、真の意味でこちらの世界で活動するための身体が完成する。

 半透明な姿がしっかりとした存在感を持った姿となり、真に『ル・マリオンに生きる一つの生命』としてここに誕生した。

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