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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第七章:唐突に始まる学園モノ? 魔導学院編
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243:少女と父

 ――シリア・アラブ共和国。


 ヨルダン国境の北にあるダルアーと呼ばれる都市に、サディークと言う名の陸軍兵士が居た。

 彼はシリア陸軍の第一軍団に所属する身で、ゴラン高原やヨルダン国境近くにある都市ダルアーを主な活動範囲としていた。

 ダルアーはかつて反政府勢力側の支配下にあり、近年政府軍によって行われた反抗作戦によって支配を取り戻した。


「パパ。今日もお仕事……?」

「あぁ、すまないな。でも、必ず夕方には帰ってくるよ。非番の奴らと一緒に待っていてくれ」


 朝。サディークは任務のために家を出ようとした所で、少女――娘から呼び止められる。

 このやりとりは彼らにとって日課のようなもので、サディークは言葉を返すと共に頭を撫でて出発する。

 家に少女を一人置いていく事になるが、幸いここは気の置けない同胞達が集まって過ごしている。


「うん、お姉ちゃんやおじちゃん達と一緒に待ってるね」


 サディークと同年代の者達はもちろん、年若い兵士も居るため、少女にとっては馴染みやすい環境だった。

 特に若い女性兵士達は少女を実の妹の如く可愛がってくれるので、サディーク以上に懐いていると言っても過言ではなかった。


(これならもし自分が倒れても――いや、そんな気持ちでどうする!)


 娘の顔を見て、彼女の存在こそが『自分の帰る場所』であると改めて深く心に刻み込む。



 ◆



「よーし、アマル。今日はコレをやってみようか」


 少女・アマルと親しい女性兵士の一人、ジェールはロシア軍から派遣されている兵士の一人である。

 ロシア軍はシリア軍に軍事顧問を派遣して指導を行ったり部隊の再編に協力しており、彼女もそのための人員だった。

 まだ二十代と若めであるが本国で徹底的な訓練を潜り抜け、発展途上国の軍に対して指導を行える力量を持つ。


「お姉ちゃん、これは?」

「これは拳銃よ。貴方の身を守るために絶対必要な物なの」


 ジェールはまだ幼いアマルの手に拳銃を握らせる。当然ながら、これは本来やってはいけない事だ。

 反政府勢力などが手段を選ばず子供達を兵士に仕立て上げる事はあるが、政府軍はそのような非人道的な事はしない。

 ならば、何故そのような事が行われているかというと、それはサディークによる依頼だった。


 サディークとしては子供に武器を持たせるのは反対であった。しかし、状況がそれを許さない。

 いま彼らが居る地は戦地。例え子供であろうと容赦なく攻撃対象にされ、無残に命を奪われる事がしばしば起こる。

 故に護身は必須。生き残るためには、時に相手を殺してでも害する相手を排除しなくてはならなかった。


 パン、パン、パンと数度、訓練場に銃声が響く。大人からすれば大した事ないが、子供にすれば一発一発の反動が非常に大きい。

 ジェールがしっかり支えているとはいえ、負荷の大きい訓練である。故に、その数度で銃の扱いは終了する。

 今はあくまでも銃というものを知ってもらうという段階。慣れを感じ始めた頃から、技術的な指導が行われる予定だ。


「うん、今日はこれくらいにしようか。私はこれから任務に行ってくるから、他の非番の人達と一緒に待っててね」


 サディークと同じように頭を撫で、彼女の仲間達の元へアマルを連れていく。

 仲間とアマルに見送られ、ジェールは基地の外――未だ戦いが起きている地獄へと向かう。



 ・・・・・



 数日後。アマルはサディークと共に昼食をとっていたが、ふと思った疑問を口にする。


「ねぇパパ。お姉ちゃん、まだ帰ってこないの?」

「お姉ちゃん……誰の事だい?」


 彼の所属先には、アマルから見て『お姉ちゃん』と呼べる年頃の女性兵士達が何人も居る。

 任務によっては数カ月単位に渡ってこの場を離れてしまう事も多々あるため、帰りが遅い事は珍しい事ではない。


「……ジェールお姉ちゃん」

「ジェール? それは変だな。彼女が発った時の任務は一日だけの偵察哨戒だったはずだ」


 だが、ジェールの任務はその例に当てはまるものではなかった。一日だけの任務であるならば、既に戻っていなければおかしい。

 サディークは手元に資料を引き寄せ、仲間達のスケジュールを確認する。間違いなく、任務から一日以上経っている。

 この時点で彼は察してしまった。今だ戦禍の只中にあり、様々なテロリストが我が物顔で活動する地で行方知れずになるという意味を……。


「おぉ! ここに居たかサディーク!」


 嫌な予感を覚えた所で、騒がしい足音と共にいきなり扉が開かれ、仲間の兵士が駆け込んでくる。


「いきなりどうした。俺達はまだ食事中なんだが……」

「すまんがそんな事言ってる場合じゃない! 大変なんだ! 今すぐ来てくれ!」

「お、おぉ……。ごめんな、アマル。ちょっと行ってくるわ!」




 サディークが連れてこられたのは、基地内にある駐車場だった。

 そこには大きくシートが敷かれた一角が用意され、そこに沢山の兵士達が集まっていた。

 兵士達を掻き分けて中心部へたどり着いた彼は、目の前の物に思わず顔をしかめた。


 穀物などを詰め込む際に使われるであろう、一際大きな麻袋。その表面から滲み出る赤黒い液体。

 そして、麻袋を囲む者達が一様に顔をしかめる程の異臭。もはや、それが何かは言われなくてもわかる。


「いつ見ても、こういうのは気分悪いな……」


 兵士達の中では比較的ベテランであり、この場におけるまとめ役でもあったサディーク。

 今まで誰も手を付けてなかった麻袋に彼が初めて手を付ける。固く結ばれた紐を解き、中を覗き込む。


「惨状を色々想像してはいたが、こいつぁ想像以上に強烈なやつだな」


 サディークが見たのは、袋の中にこれでもかと詰め込まれた臓物と肉片の山だった。

 それはまるで、家畜を屠殺して臓物を廃棄する際にそれらをまとめて捨てるためのゴミ箱の中身。

 だが、この中には臓物だけではなく、四肢を解体したものと思われる破片も見受けられる。


「検分するぞ。ここにぶちまけるから苦手な奴はどっか行ってろ」


 何人かが麻袋の中身を察してか、そそくさと立ち去る。

 サディークは特にそれを咎める事無く、床に敷かれたシートの上に中身を広げた。


「うぅ……!」

「おぇっ!」


 先程の警告で察せてなかった者達も居たのか、何人かが中身を見て吐き気を催す。

 そうでない者達も、目の前に広がる『同胞の残骸』には、顔をしかめずにはいられなかった。

 シートの上に広がる臓物と、臓物に埋もれるように点在する四肢の破片や身体の部位。


「くそっ、やはりお前なのか……」


 サディークは原形を留めないほどに砕かれた血肉の海から、数少ない原形を残すものを見つけた。

 それは頭部。頭頂部を砕かれ内容物は既に流出してしまっており、両目も既に存在しない。

 だが、それだけ損壊させられていても名残はある。これは、間違いなく帰ってこなかったジェールの顔だ。


 一日だけの任務で戻ってこなかった時点で既に果てたか、敵対勢力に捕まったか。

 そこまでは想像していたが、凄惨極まりない方法で殺害された上で死骸を送り付けられる事までは至らなかった。

 敵対勢力はジェールを捕らえるにしても、せめて『人質にとって交渉してくる』と考えていたのだ。


「……これは、奴らの宣戦布告って事だな」


 交渉など必要ない。ただ殲滅するのみ。政府軍に対する非常に強い敵意の表れだ。

 今後、誰をどのような目的で送り込んできても同じようにして返す――という事なのだろう。


「大変だ! みんな! 奴らが動画を……」


 スマートフォンを手にした兵士が、息を荒くして走ってくる。

 端末は既にユーチューブのウインドウが開かれており、そこに動画が流されていた。

 五人並んだ男と、その前にうずくまるように座らされているジェールの姿。


 端的に言うならば、その動画はサディークの推測した通りに強い敵意を示すものだった。

 最初に自分達がどれほど政府軍を憎んでいるか、そして与する者はどうなるかというスピーチ。

 そして、実際にジェールをサンプルとして行われる、見るも無残な人間解体ショー。


 一関節ずつ指を切り落とす際も、腹を裂かれる際も、ジェールは歯を食いしばって悲鳴をあげる事は無かった。

 その事にイラついたテロリストに顔を殴られても逆に噛みついて抵抗するなどの気概を最後まで見せた。

 四肢を失いダルマとなり、最後に手荒く首を斬り裂かれていく際には、あろう事か不敵にも笑ってすら見せた。


 戦利品の如く伸びた金髪をむんずとつかみ、カメラに向けて見せつけるテロリスト。

 最後の笑みを侮辱と受け取ったのか、その顔を潰すようにして両の碧眼に突き立てられるナイフ。

 その様を見て「我らに敗北は無い」と大笑いする敵勢力達。そのまま、動画は終了する。


「「「「「・・・・・」」」」」


 動画を目にした一同は、誰一人として声を発さない。つい最近まで同じ釜の飯を食っていた仲間の惨劇。

 皆は気付いていた。『後は頼んだよ』――命が尽きる寸前に、笑みと共に口の動きで残された最後のメッセージ。

 改めて思う。軍はテロリストに屈してはならない。戦い続けなければ、次に犠牲になるのは無辜の民達だ。


(なぁ、リューイチ……。どうやら俺達はまだ地獄の只中から抜け出せないらしい)


 サディークこそ、かつては志願兵で構成された第五軍団に所属し、竜一のサポート役をしていた兵士である。

 最初は面倒事だと思っていた任務も、竜一と行動を共にするうちに、戦地における数少ない楽しみと化していく。

 やがて二人は親友となり、竜一に対して文化やマナーの伝授、武器兵器の扱い方までも教えるに至った。


 だからこそ、幼子を守って死んでしまった事が心の底から悲しかった。

 彼が命を懸けて守った少女を、今後は代わって自分が守り続けていこうと誓った。


(お前が命を懸けて守った……アマルだけは必ず日の当たる場所に出してみせる)


 少女を己の娘としてまで守る事を決意したサディークの戦いは、ますます過酷なものとなっていく。

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