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022:舞い込んできた報告

 朝、ノートパソコンにデータを書き込んでいると、控えめなノックの音が聞こえた。

 ルームサービスか? と思って扉を開けると、意外にもリチェルカーレだった。


「……なんだい。意外そうな顔だね」

「いや、いきなり空間転移でやってくるようなイメージだったんで」

「アタシを何だと思っているんだ。いきなり入って、その……男一人でこうムラムラッとしたものをどうにかしていたりしたら大変だろう」

「大丈夫だ。その時はその時でお前に何とかしてもらおうと思っているし」

「ぬなっ! キ、キミはそっちの趣味があったのかい……?」


 長い年月生きている割には、下ネタに対しては初心な部分があるんだな。恥ずかしいなら無理して言うなよ。

 と言うか『そっちの趣味』って何だ。そもそもお前は変身して大人の女性にもなれるだろうが……。


「まぁそれはさておき、どうした?」

「キミが野盗の集団と戦っていた時に見せてくれた立ち回り、あれが気になってね」

「あぁ……あれか。あれなら確かノートパソコンに動画が残っていたかな……」


 リチェルカーレを招き入れると、俺は動画フォルダを漁り、あれの元ネタとなった映画のファイルを探す。

 出先で視聴するためにDVDから取り込んでおいたものが……あったあった。


「キミの今使っているそれも異世界の道具だね。後で詳しく聞いてもいいかい?」

「構わないぞ。それより今は……これだな」


 動画再生ソフトが立ち上がり、映画が流れ始める。

 久しぶりに一から見たいところだが、リチェルカーレには全く意味が解らないだろうし、該当の部分まで飛ばすか。

 動画の再生カーソルを移動させ……大体このあたりだったかな。


「おぉ……これはあれか。映像再生魔術のような」

「そんな魔術があるのか」

「偵察の魔導師が自分で見たものを、本陣に映像として届ける魔術だね」


 なるほど、一応この世界に『映像』という概念はあるのか。

 定番の「中で小さな人間が動いている!」――みたいな反応をされないのは面倒が無くていいや。


「うおぉぉぉぉ! これだこれだ! まさにリューイチがやっておった動きと同じ……」


 画面の中では全身黒ずくめの男が二丁拳銃で所狭しと暴れまわっている場面が映されていた。

 割と暗い場所で戦っているためか若干見づらい時はあるものの、発砲時のフラッシュがコマ割のようにその光景を映してくれるさまは美しさすら感じる。

 本来遠距離用の武器である銃を、こうした乱戦・近接戦の中で用いる発想で武術化したこの作品の監督や殺陣師は凄いと思うわ。


 違う場面では白服の男が何処かの回廊で多数を相手取って戦うシーンがある。

 ここであらかじめ敵陣の中に弾倉を放り投げておいて、立ち回りの最中に交換するという離れ業も見せている。

 俺の場合は武器そのものを用意しておいたが、魅せる演出という意味ではこっちの方がカッコイイよなぁ。

 服そのものにも弾倉交換を助ける機能を備えているなど、世界観を活かしたサイバーチックなギミックも見られる。


「遠距離専用の武器で近距離戦を……か。これは魔導師界に革命を起こせるかもしれないな」


 やがて戦闘は一対一のものへと切り替わり、まるで格闘技をしながら銃撃戦をしているかのような様相となる。

 一手でも対応を間違えば即死するような攻撃のやり取りを至近距離で行う……。いや、普通の武器でのやり取りもそうなんだけどさ。

 何というか近接専用武器同士のやり取りとは違った緊張感がある。だが、カッコイイ。恐ろしいのに、やってみたくなる。


「リューイチ、アタシもこの戦い方を覚えたい! 早速練習しよう!」

「俺もこの戦い方には憧れるし、実際真似をしたくらいなんだが……村で練習すると大迷惑だぞ」


 仮に広い場所でやったとしても、流れ弾があちこちに飛んでいってしまう。それで死者とか出たら目も当てられない。


「大丈夫! そこはちゃんと障壁張ってガードするからさ!」

「抜かりないな……。けど、村を少し散策してからだ。せっかくの異世界の村だし、見て回りたい」

「わかった。アタシも散策に付き合うよ。ところでこの武術に名前はあるのかい?」

「……ガン=カタだ」



 ・・・・・



 宿を出た俺達は、早速村の各所を見て回る事にした。


 牧場では牛とほぼ同じ見た目の生物『モゥ』や、ダチョウに良く似た『ヤァ』と呼ばれる生物が育成されていた。

 なんかダチョウっぽい鳥のネーミングだけ方向性が違う気がするが、名付けた奴は異邦人とかいうオチじゃないだろうな。


 前者は個体により肉となる種や乳を採取する種とあるらしいが、そこも牛と全く同じようだ。

 後者は鳥の肉の中でも質の良い肉が取れるらしい。確かダチョウの肉は低脂肪・低カロリーながら栄養価は高いと話題になってたな。

 後は大きな卵がウリらしい。この世界で普遍的に食されている『コケェ』の十倍以上あるんだとか。

 コケェは確か、俺の世界で言うニワトリに類する鳥だったな。城門前の広場のバザーで揚げ物を食べたんだよな。


 牧場主のご好意もあり、様々な体験をさせてもらった後で肉や牛乳、卵の料理をご馳走になった。

 調理法も似たようなもので、質の良いモゥの肉は単純に塩を振ったのみで味わい、ヤァの肉は果実の甘みを感じる深い味わいのソースで頂いた。

 ヤァの卵に関しては、その大きさをアピールするためか大皿いっぱいに広がった目玉焼きを丸々一つ提供された。

 新鮮なモゥ乳を飲みつつ頂いたが、見学と体験の過程でお勧めされたものが一通り並べられたので、全部食したら結構腹いっぱいだ。

 宿でモーニングとか頂かなくて良かった……。これなら昼食とかもいらない気がする。



 畑を見に行くと、数人の村人達が中腰の姿勢で地道に雑草を抜いていた。

 都合よく雑草だけ抜ける魔術でも無いのかと思ったが、リチェルカーレによるとそれは高度なものに位置するらしい。

 出来ない事は無いが、木のように大きなものを操るより雑草のように小さなものを操る方が繊細な魔力コントロールが必要であり、それをやるくらいなら直に抜いた方が早いらしい。

 地属性と同時に扱えるのであれば土と草を同時にコントロールして一気に抜くとかも出来るそうだが、二属性を使える術者が農業のためだけにその力を使うのは稀という。

 二つの属性が扱えるだけでこの世界では優等生であるらしい。それならば、その道のエリート街道を進んだ方が良いに決まっている。


 ここでもまたご馳走になった。既に収穫済みの野菜や果物から、サラダを作ってくれたりしたのだ。

 割とお腹いっぱいではあったが、先程のメインディッシュみたいな感じのものと比べれば幾分かはマシだ。

 むしろ偏りがあったから、これで丁度いいバランスになったかもしれない……うっぷ。

 正直言って苦しさを感じるようになってきたが、リチェルカーレはあれだけ食しても平然としていた。

 存在そのものが作り替えられてる身だと言ってたし、おそらくは食に関する機能も従来の人間とは違うのだろう。



 昨日、野盗達と対峙していた場所では、数十人の男女が忙しそうに動き回っていた。

 そのうちの多くは王城から派遣されてきた兵士で、他はギルドの制服を着た職員だったり、村人だったりが混じっている。

 どうやら現場の後処理をするために派遣されてきた人員達らしい。昨日のうちから作業しているという。

 その現場を生み出してしまった俺が申し訳なさげに声をかけると「これが我々の仕事ですから」と笑顔で返してくれた。なんて良い人達なんだ。

 と言うか、えげつない現場で作業しているにもかかわらず鼻歌交じりの人すら居るぞ。軽快なリズムとともに散らばった野盗達の肉片をひょいひょい樽みたいなものに放り込む光景とか逆に怖いわ。

 いくらそれが仕事だからって現場に慣れすぎだろう。視覚的にも嗅覚的にも気にならないんだろうかこの人達は。


 後でリチェルカーレに聞いた話だが、依頼の過程において生じたこういう現場の後始末を請け負う役割の人達が居るらしい。

 死体の運び出しや現場の調査、魔術による環境の復元や清掃。裏方さんがこうやってフォローしてくれてたんだな。

 


 そんな現場を過ぎて村の端にまで行くと、樹木に登って作業している人達の姿を見かけた。枝打ちというやつか。

 作業している樹木はまるで杉のような形の樹木だ。やはり春先には大量の花粉を噴出するんだろうか。

 梯子を立てかけてその上で作業をしている人達も居れば、金具の付いたロープのようなものを枝に巻きつけて足場にしている人も居る。

 俺達の世界の林業と同じだな。枝も普通に鋸で伐採している……。魔術で楽々と伐採とか出来ないんだろうか。


 リチェルカーレに聞くと、これも畑の時と同じく繊細な魔力コントロールが必要となるから難しいらしい。

 風の刃なら木を切断できるが、狙った箇所のみを的確に切るには刃の大きさや威力の調整、照準の精度が重要になってくる。

 刃の大きさを間違えば余計な部分まで切ってしまうし、威力を間違えば樹木そのものを切ってしまう。

 照準が上手い事出来なければ関係ないものまで危害を及ぼしかねないし、最悪人的被害すら出てしまうかもしれない。


 どうやら『魔術を用いて一般的な仕事を行う』というのは想像以上に難しい事であるようだ。

 仕事で魔術を使うと言っても、せいぜいは身体強化して身の安全を高めるくらいしかやっていないという。

 仮に魔術で仕事が出来るほどの才能があったとしても、そういう人は魔術を極める方向へ行ってしまう場合がほとんどであるらしく、現場に残る人は少ないようだ。

 だからこそ、こういう職人達の活躍の場が残されているんだな。何でも簡単に魔術で出来てしまったら、それこそ一般の人達の居場所がなくなるか。



 ・・・・・



 一通り村を巡り、二人してぶらついていると、リチェルカーレが「おや?」と後ろを振り返った。

 その直後、地面に黒い穴が開き、そこから何やらローブを纏った存在がニョキニョキと生えてきた。

 顔はフードに隠されていて見えないが、明らかにその雰囲気は魔導師のそれだ。


「リチェルカーレ様。コンクレンツ帝国軍の侵攻を確認しました。イスナ村とサラサ村の間の平原を抜けてくるものと思われます」

「報告ご苦労さん。王城の方には既に?」

「はい、使いの者を送ってあります。神官長も既に準備に取り掛かっているかと思われます」

「了解したよ。ネーテも元の配置に戻って任務を続けてくれるかい」

「わかりました。もし見学に来られるのであれば、私の元へ来て頂くのが良いかと思います。良い位置を取ってありますので」


 そう言って、ネーテと呼ばれた魔導師は再び穴の中へと消えていった……。


「あの人も空間転移使えるのか?」

「いや、ネーテには空間転移の魔術を込めた道具を渡してあるだけだよ。魔力を込めさえすれば使えるようにしてあるんだ」


 ごく限られた存在しか使えない空間転移を気軽に……それって国宝級のアイテムじゃないのか。

 まぁ、王城に仕えているであろう者達が使っているのなら問題は無いとは思うが。


「それで、コンクレンツ帝国軍が侵攻してくるみたいな事を言ってたが、どうするんだ?」

「見学に行くのさ。キミも見てみたいだろう? 異世界における軍同士の激突」

「まぁ、一応は戦場を撮影していた身だし、戦場と聞けば取材したくはあるが……」


 とは言え、実際に戦火の中を撮影して回るよりも、その周りの被害地域や難民の取材の方が多かったが。

 嬉々として戦場へ飛び込んでいくような部類ではないし、戦争が起こる事を喜んでいたわけでもない。

 だが、そういうのを抜きにして、純粋に『異世界の戦争を見てみたい』という好奇心を否定する事は出来なかった。


「……いや、誤魔化しは無しだ。単純に見てみたい」

「うん、それでいい。ネーテが場所を用意しておいてくれるみたいだし、早速行こうか」

「もしかして、ネーテって人に連絡させたのって、このためか?」

「そうだよ。せっかくだし、リューイチに異世界の戦争を見せたかったからね。断られなくて良かったよ」


 俺のためか。確かに、このまま旅を続けていたらそういうのをスルーしてしまっていたかもしれない。

 いくら異世界でもそんな四六時中争っているわけではないだろうし、滅多に無い機会なのだろう。 

 せっかく来た異世界、様々なものを見て回りたいと思っていたし、こういう部分もちゃんと見ておかないとな。

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