240:エメットの秘密
「はあっ、はあっ、はあっ……」
「なるほど。お三方の実力は大体把握しました」
ヘクセに続き、ムスクル、ヴェスティア、リーヴェの三人の実力診断も終了した。
立て続けに相手をしたのにもかかわらずエメットは傷一つ負っておらず、息も乱してすらいない。
一方で元・邪悪なる勇者達の三人は地面に倒れこんでおり、もはや息も絶え絶えの状態。
「結論から申し上げますと、皆様総じて高水準の実力をお持ちです。特にヘクセさんは我が校の講師陣にも勝るでしょう。貴方達が宜しければ、当校へ迎えた上でお仕事を与えさせて頂こうと思いますが、如何でしょう?」
しかし、ヘクセも含めた四人は疲労困憊で返事もが出来る状態ではなかった。
「……仕方ありません。翌日に返事を伺うとしましょうか」
エメットは通信魔術で用務員達を呼び寄せると、四人を職員寮の部屋へ連れて行くように伝える。
「では、次は貴方達の要件を伺いましょうか」
◆
再び校長室へ戻った俺達は、最初と同じような配置で座り、話の続きを始める。
邪悪なる勇者達を脱した者達の斡旋が終わり、今度は俺達がどうするのかについてである。
「さて、茶番はこのくらいにしておこうか」
リチェルカーレが不意に立ち上がり、指をパチンと鳴らす。
それだけで濃密な魔力が一瞬にして吹き上がって室内を覆い尽くしていく。
先程展開していたものとは比にならない、非常に強固な結界である。
「……久しぶりだね。母様」
エメットに向けて、衝撃的な事を言い放つ。母様、だって?
「いえ、賢者ローゼステリア」
「ふふっ、ふふふふふ!」
それを受け、突然笑い始めるエメットさん。
氷のように全く動じなかった表情が嘘のように、心底からの笑いを見せている。
「随分と久しぶりじゃない? ねぇ、カリーノ!」
嬉々としてエメットさんが立ち上がると、その身体が光に包まれ全く別の姿へと変貌してしまった。
長い金色の髪を頭頂部で束ね、左目に片眼鏡を装着した美しい女性だ。気持ちエメットさんよりボリュームアップしてるな。
ドレスのような意匠の黒みがかった、装飾品がゴテゴテの魔導師ローブに身を包む様は、まるで悪の女大幹部みたいだ。
「会いたかったよ、母様!」
リチェルカーレがエメットさん改めローゼステリアさん……でいいのか? へと、嬉しそうに駆け寄っていく。
そして、懐から何かを取り出すと共に、それをローゼステリアの腹部へと撃ち込んだ。なんで!?
「良いモノを手に入れたんだ。再会の挨拶にプレゼントするよ!」
「! これは……」
「世界をも滅ぼし得る程の瘴気の塊だよ! さぁ、死ね母様!」
仮にも母と呼んだ人物に対してとんでもない事を言い放つと同時、リチェルカーレは自分自身と俺達を覆う結界を構築。
直後、ローゼステリアさんの腹部に打ち込まれた小さな黒い玉から、彼女の全身に向けて徐々に瘴気が広がっていく。
その様はまるで浸食だ。浸食の凄まじい勢いは彼女に抵抗する事すら許さず、瞬く間に衣類諸共全身を漆黒へと染め上げた。
「ぐっ、うぅぅぅぅぅ……。あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
苦しげなうめきと共に彼女の身体が徐々にひび割れていき、ついには大爆発を伴って砕け散ってしまう。
爆発の衝撃波が魔術で保護されているはずの家具類を次々消し飛ばしていく。渦中に取り残された俺達は、かろうじてリチェルカーレの結界により守られる。
それでも結界に衝突する衝撃波の勢いが轟音と振動を生じさせ、室内でどれだけ想像を絶する凄まじい大破壊が起きているのかを如実に伝えてくる。
やがて特濃の瘴気で室内が黒一色に飲み込まれるが、その瘴気は瞬く間に消えて行ってしまった。
長い時間だったような一瞬だったような、不思議な感覚の一時が過ぎると、そこには何も残っていない校長室が広がっていた。
「……な、何が起こっているんだ?」
「さぁ? 私に聞かれても返答に困るわ」
思わず俺が漏らしてしまった言葉が、どうやらその場に居合わせた一同の総意であったようだ。
返答したハル以外にも目線を送ってみるが、みんなして首を横に振るばかりで、全く状況についていけてないようだ。
リチェルカーレがエメットさんを母親と呼び、母親と呼んだ者をローゼステリアと呼び、さらにはいきなり殺しにかかる。
一体この場で何が起こっているのか。リチェルカーレは何をやっているのか。当然ながら俺にも全く分からない。
「ふぅ、やれやれ。私が死ぬのは久々だよ」
がらんとした校長室に、先程大爆発と共に砕け散ったはずのローゼステリアさんが再び姿を現した。
まるで空間から染み出してきたようなこの感じ、空間転移による出現ではなく、メイド長を思わせる独特な出現の仕方だ。
彼女自身「死ぬのは久々」と言ってるし、これはもしかして俺と同じような能力を持っているという事か?
「凄いじゃないか! さすが我が娘!」
死んだと言いつつ何事もなく再出現したローゼステリアさんが、全力でリチェルカーレを抱きしめる。
リチェルカーレの方は「やめろ!」と言いながら引き剥がそうとしているが、ローゼステリアさんはビクともしない。
「私を殺した回数はお前がぶっちぎりだよ! これはまた何かご褒美をやらないといけないね!」
「あ、あの~……」
「ん?」
思い切って割って入る事にした。周りの視線も俺に「行け」と言っているように感じたしな。
元々エメットさんとして接していたんだ。さすがに話が通じない生き物になってるとは思いたくない。
「あぁ、ごめんねぇ。娘との再会につい嬉しくなっちゃってさぁ」
リチェルカーレを名残惜しそうに離し、再びソファーを構築して着席するローゼステリアさん。
指をパチンと鳴らすと、何事もなかったかのように室内の状態が元に戻る。形状記憶でもしてるのか?
「既に察してるとは思うけど、私はローゼステリア。世間では賢者って呼ばれてるよ」
「俺は異世界人だからよく分からないんですが、賢者って過去の偉人だと聞いていましたが……」
「それは表向きの話だね。ほら、世間ってのは色々と面倒臭いからさ」
賢者という堅そうな肩書の割には性格がめっちゃフランクだな……この人。
俺はエメットさんに話す時と同じような調子で話してるが、背後の女性陣はガチガチに固まってしまっている。
度々『伝説の存在』だと聞かされていたからか、本人が目の前に現れて気が気ではないのだろう。
「ほ、本当に伝説の賢者ローゼステリア様……なのですか?」
「信じられないのも無理はないね。基本的には表に出ないから……でも」
ゾワッとした感覚に襲われると同時、ローゼステリアさんから凄まじい魔力が放たれる!
これはヤバいぞ。リチェルカーレの比じゃない。けど、死者の王のような命を握られているような感覚は無い。
あくまでもただの威圧だ。だが、もはやこの魔力放出は『攻撃』の領域にまで至る力を持っている。
「おや? 私のコレで倒れない子が居るなんて、意外ね」
「リューイチはアタシや死者の王で徐々に慣らしてるからね。母様の威圧にも耐えられるのさ」
後ろを振り返ってみると、女性陣一同がその場に倒れ伏していた。
特にレミアやエレナなんて規格外の力を持ってるのに、それでもこうなってしまうのかよ。
とりあえず俺は、気を失っている皆をソファーに寝かせて再び席へと戻った。
「色々聞きたい事はあるが、リチェルカーレとはどういう関係で? まさか、本当に親子……?」
「あはは。さすがに実の親子には見えないよね。お察しの通り、血は繋がってないよ」
曰く、彼女が世界各地を旅していた頃に戦地跡で発見した赤ん坊だったらしい。
その出会いに何か運命的な縁を感じたらしく、彼女は自身の娘として育てる事にしたという。
「そう、アタシは賢者ローゼステリアに育てられた娘。同時に、賢者の弟子第一号でもあるのさ」
フフンとドヤってみせるリチェルカーレ。伝説の賢者の弟子なら、そりゃ確かに凄いわな。
ただでさえ色々とやらかしているリチェルカーレよりとんでもない存在って、一体どんなんだよ。
「あら。貴方、リチェルカーレなんて名乗ってるの?」
「……べ、別にいいじゃないか。アタシは既に独立したんだ」
「つれないわね。久々に再会した娘が違う名前を名乗ってるなんて寂しいわ」
違う名前……もしかして――
「さっき口にしてた『カリーノ』ってのが、リチェルカーレの本名なのか?」
「うぐ、耳聡いなキミは。しっかり拾ってるんじゃないよ」
「特に変でもない、いい名前じゃないか。どうしてそんな嫌そうにするんだよ」
「いや、だってさ……。名前の由来がね……」
詳しい事を聞こうとしたが、何故か渋って口を開かないリチェルカーレ。
「おや? 気になる? 気になっちゃう? 気になるよね!? いいわ、教えてあげるわ!」
だが、無慈悲にもローゼステリアさんがハイテンションで割って入ってきた。
「私がこの子に与えた名は『カリーノ・スフィアティッヒ・プリリエースヌウィー』。異世界人から教わった、様々な国の『可愛い』を意味する単語を合わせて作った名よ。可愛さ有り余る我が娘に相応しい名前でしょう!? 本当はもっと沢山積み重ねたかったんだけど、語感で絞って何とか三つにしたわ」
「……だから嫌なんだよ。それを直訳すると『可愛い可愛い可愛い』って名前じゃないか。馬鹿なの?」
あー、なるほど。俺達の世界で言うなら、キラキラネームを付けられたような感覚なのか。
とは言え、リチェルカーレも充分に厨二っぽい名前も気がするが……ゲフンゲフン。




