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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第七章:唐突に始まる学園モノ? 魔導学院編
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237:開かずの扉

 その日、異変は起こった――


 建物全体が激しく揺れ、屋内に居た者達はそのほとんどがまともに立っていられず転倒。

 中にはそもそも地震というものを経験した事が無い者もおり、床に腰を落としたまま何も出来ない者も居た。

 状況判断が出来る者達は素早く立ち上がり、周りに指示を飛ばしてこの事態を対処しようとしている。


「これは一体何事ですか! 皆さん、大丈夫ですか!?」


 通路の奥から、赤茶系の魔導師ローブを身に纏った女性が駆けてくる。

 ローブと比べて鮮やかな、赤い炎のような髪をポニーテールでまとめた美女だ。


「校長先生! まさか直々にいらっしゃるなんて……」

「ローゼステリア十六世をこんな間近で拝める日が来るとは……ありがたやありがたや」


 女性――ローゼステリア十六世と呼ばれた者がその場に現れた事で、現場は違う意味で騒がしくなった。

 非常時なのにもかかわらず、まるで有名芸能人が間近にでも現れたかの様相となっている。


「拝んでいる場合ではありません! この学院が震災に見舞われるという非常事態なのですよ!」


 ――学院。そう、ここは『学び舎』であった。




 ローゼステリア魔導学院。


 数百年前に活躍したとされる伝説の賢者『ローゼステリア』の名を冠する魔導師専門の学院である。

 当時ローゼステリア自身が設立した学び舎であり、現代に至るまで魔導師の学び舎としての最高峰に君臨し続けている。

 校長となる者は全世界から総合力で選抜され、選ばれし者は『ローゼステリア○世』を名乗る事になっていた。


 此度の異常事態において生徒達の前に現れた人物こそ、当代の校長でありローゼステリアの『十六世』を名乗る事を許された者だった。

 行事での演説などを除いてはほとんど人前に顔を出さず、直に生徒と接する事は稀と言われている人物である。

 全世界基準の選抜により選ばれただけあって、魔導師としての実力はほぼ世界一であると言っても過言ではなかった。




「校長。こちらにおられましたか」


 生徒を心配して駆けてきた校長とは裏腹に、金の髪をシニヨンにまとめた女性がスタスタと歩いてくる。

 眼鏡の奥の瞳は冷たく、冷徹な人物であるように感じられる。発せられた声にも、全くと言って良い程感情が籠っていない。


「エメットですか。どうですか? 何か分かりましたか?」


 エメットと呼ばれた女性は、ローゼステリア十六世の秘書を務めている女性であった。

 本来、校長に秘書が付くという例はほとんどないのだが、ローゼステリアの名を冠する者は非常にやる事が多い。

 そのため秘書が付き、全般的に業務をサポートしてもらう事で、一人に掛かる負担を軽減している。


 彼女のフルネームはエメット・ベルダージュといい、実は十六世以前から何代かに渡り校長の秘書を務め続けているベテランである。

 そのため実務経験で言えば代々の校長以上であり、校長も頭が上がらない学園の影の支配者とも恐れられる存在だった。


「……地下の『開かずの扉』が鳴動しています」

「なんですって? こうしてはいられません、いきますよ!」


 秘書の報告に驚き目を見開く十六世。生徒達に避難を促すと、踵を返して地下へと向かった。

 地下には学院に所属する教師達の研究室が用意されており、教師としての業務以外は篭って研究をしている者が多かった。

 例え教師となれども一魔導師である事には変わりない。己の魔導探求には余念の無い者達ばかりである。


 秘書の言う『開かずの扉』は、教師達の研究室からさらに地下深くにあり、その存在は代々の校長と秘書しか知らない。

 ちょくちょく訪れる震動を警戒しながら、十六世は隠された最奥への扉を開き、扉のある場へと向かう。

 長い階段を下りていくと、そこには小さな広間があり、その一番奥の壁には複雑な模様の描かれた大きく重厚な扉が鎮座していた


「こ、これは一体……何が起きて……」


 驚く十六世。扉の文様をなぞるように光が走り、扉全体もじわじわと発光している。

 光の明滅に合わせるように震動が発生し、地下室の天井からパラパラと埃を落としていく。


「今まで誰が何をしても全く反応しなかった扉が、起動してる?」


 この『開かずの扉』は、代々の校長が就任時に秘書から存在を伝えられる学院の秘密だった。

 今までに就任した校長達が我こそはと解析や起動を試みるも、ついぞ何も起きなかったという謎に満ちた物。

 それが、まだ何もしていないのに勝手に起動している。つまり、どういう事か――。


「もしかして、これは『内側から開く物』だったのではないでしょうか」


 秘書が推測を述べる。そう――外側から何もしていないのに動くという事は、内側から干渉をしたのではないか。

 そうなると、一つの恐ろしい説が生まれる。それは、中には扉を起動出来る力を持つ『何か』が居るという事。


「まさか、この扉は『何か恐ろしき者』を封印していた扉だった……?」


 校長の中で、様々な恐ろしい想像が過ぎる。先人達が手に追えなかった程の強大な敵性存在。魔族か、魔獣か、それとも……。

 それが出てきた時、果たして自分でどうにか出来るのか。学院の校長に選ばれた程の存在ですら、恐怖に駆られる。

 何せ代々の校長でもどうにもできなかった代物だ。それをどうにか出来る存在ともなれば、その力は自身を上回る可能性がある。


「で、ですが私はこの学院の校長。教師達や生徒達は命に代えてでも守ります!」


 額に汗を滲ませながらも、十六世は己の立場から『内側からやってくる敵』を迎え撃つべく構えを取る。

 それに応えるかのように扉もより一層激しく光を放ち、ついには内側から少しずつ開かずだった扉が開けられていく。


「ふー、ようやく着いたね。なんだかんだでここを通るのは初めてだったから、無事に着けて良かったよ」


 中から出現したのは、黒いゴスロリドレスを身に纏った小柄な少女だった。

 黒い髪と黒いドレスが相まって全身が黒く見える、何とも言えない怪しい雰囲気を醸し出す存在。

 だるさを示すかのようにウーンと身体を伸ばし、キョロキョロと周りを見回している。


「おーい、こっちだよ。みんな早くおいで」


 少女が扉の奥に向かって手招きし、誰かを呼ぶ。すると、ぞろぞろと幾人かの男女が姿を現した。

 軽装備の少年を筆頭に、簡易的な騎士鎧を身に纏う女性、神官服の女性、メイド服の少女、そしてセーラー服の少女。

 最初に入ってきたゴスロリドレス姿の少女も合わせると六人。傍から見ると、何とも統一性のない者達だった。


 最後の一人が出ると同時、鈍い音と共に閉じる扉。校長はただただ茫然と、秘書は変わらぬ冷静さでじっとその様子を見守っていた。

 秘書から背中をポンポンと叩かれ、目線で「お願いします」と合図を送られると、校長は表情を元に戻して来訪者に向き直った。


「……話を聞かせて頂いても良いかしら?」

「あぁ、いいよ。おそらくキミが当代のローゼステリアだね。何代目だい?」


 校長が話を振ると、いの一番にゴスロリドレスの少女が口を開いた。

 まさか自身を前にして臆する事無く、しかもタメ口で言葉を返してくるとは想定していなかったのか、すぐ言葉を返せなかった。

 彼女は得体の知れぬ侵入者に対して少なからず魔力を放って威嚇していたというのに、誰一人として動じていない。


「……十六代目です。もしかして、先代以前と面識が?」

「ん、何人か知っているよ。こう見えてアタシは長生きしてるんだ」

「お名前をお伺いしても?」

「リチェルカーレ。ま、世間的には無名だと思うよ」


 事実、校長からすればリチェルカーレなどという存在には全く心当たりがなかった。

 だがこうして相対しているだけで、何か得体の知れぬものを秘めている雰囲気は感じ取る事が出来た。

 正直対応に苦慮していた。自分は一体この者達に対してどう動けば良いのか……。


「とりあえず校長室にお招きしてお話を伺ってみては?」

「そ、そうね。そうしましょう」


 ちょうど困ったタイミングで、校長を助けるかのように秘書から提案が出される。

 生徒の前での演説など人前では台本に従う業務が多い校長は、実はアドリブを要求される突発的な事態に弱かった。

 それを知っていて出された助け舟にすかさず乗っかり、あとは発生する流れに身を任せる事にした。


(校長室に着いたら、タイミングを見てエメットに委ねましょう。わ、私は業務で忙しい身なのだから……)

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