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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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229:閑話 着流しの男

「まいった! さすがは龍頭砕き……強ぇぜ」


 筋肉質で大柄な男が尻餅をつき、眼前の男から喉元に剣を突き付けられていた。

 既に男の手元から武器は離れており、この状態から反撃は叶わぬとみてすぐに降伏の意を示す。

 諦めが早いとも取れるが、裏を返せば潔い。泥沼になる前にキッチリ区切るのもまた戦術。


「嘘だろ、おい。ロフィーラのナンバーワンが手も足も出ねぇのかよ。何者だよ、あの男……」

「奴が言ってただろ、龍頭砕きだ。Aランク冒険者パーティ『龍伐』のリーダー、スラーンと言えば世界的に知られる男だぞ」

「龍頭砕き……って、文字通り龍の頭をも砕くほどの凄まじい闘気使いとの事だが、あの男がそうなのか」


 ギャラリーが騒ぐが、当のスラーンはこの勝利にも嬉しそうな笑みを浮かべず、苦い顔をしていた。


(俺は確かに、ロフィーラの筆頭を打ち負かすだけの力はあるようだ。だが、あの魔女には……)


 スラーンが倒した男は自身と同じくAランクの冒険者。つまり、スラーンはAランクでもさらに強いという事になる。

 だが、そんな男ですらも手も足も出ずに負けてしまった者が存在する。その存在が、今の彼を縛り付けていた。


「お、おい。あっちもなかなかやるみたいだぞ……!」


 ギャラリーの目が、既に戦いが終わった二人から別の場所で行われている戦いへと向けられる。

 そこでは二刀流の剣士が素早い動きで斧使いの男を翻弄しつつ、徐々に傷を増やしつつ追いつめている光景があった。


「あっちはロフィーラのナンバーツーだ。それをあぁも一方的に追い詰めるとは、あっちは何者だ?」

「スラーンと共に戦いを挑んできた以上は彼の仲間なのだろう。だが、申し訳ないがパーティメンバーの情報は無い」

「あれだけやれる奴なのに……か。それだけスラーンが突出しているという事なのだろうな」


 ギャラリーからはその者の名は出てこなかったが、彼の名はスネイデン。スラーンの仲間で同じく『龍伐』のメンバー。

 スラーンが大きな一本の剣を扱うのに対し、彼は二本の小さな剣を使って戦う。力で押す『剛剣』と素早さと技で戦う『柔剣』と対照的な存在だ。

 戦い方こそ正反対だが、同じ剣士同士として彼らは良く気が合っていた。今は本来のパーティを一時解散して二人旅をしている最中だった。



 ――『剣聖』を探せ。



 スラーンを打ち負かした当人から与えられた、自身がさらに強くなるためのヒント。

 このメッセージはスラーンに向けてのものだったが、同じく剣士であるスネイデンも興味を示してついてきた。

 Aランクに至り正直頭打ち気味だったスラーンは、さらに強くなれるチャンスに迷わず飛びついた。


 しかし、剣聖なる存在は伝説と化している。存在こそ語られているものの、当人の名前や姿形、居場所は伝わっていない。

 それでも剣を極めようとする者は過酷な修行の果てに、最終的に行きつく先として『剣聖』を求めて世界を流離う。

 二人はアンゴロ地方で情報収集を試みたものの得られるものが無く、コンクレンツから海を渡って東のエスタルド大陸に流れ着いていた。


 そして、エスタルド大陸の名の元にもなっているエスタルド国の港町、ロフィーラへとたどり着いていた。

 情報を求めて向かったのはこの町の冒険者ギルドと、併設されている酒場。情報が一番集まる場所としては定番のスポットだった。

 そこで『龍伐』――正確には『龍頭砕き』を知るこの町の冒険者達から情報提供と引き換えに手合わせを申し込まれた。


「……では、知っている事を教えてもらおう」

「正確には『剣聖』そのものを知っている訳じゃねぇ。近しいかもしれない奴に、心当たりがある」

「それで構わん。伝説と呼ばれる存在だ、そう簡単にたどり着けるとは思っていない」


 ナンバーワンの男が言うには、以前ロフィーラに『和国』の者と思われる男がやってきたとの事。

 和国はこの世界でも一際独特な文化を持つ国で、中でも剣術の扱いに関しては群を抜いていると言われていた。

 そんな剣術の達人を和国では『サムライ』と称しており、世界中でも剣の強者の象徴とされている。


「そのサムライと、剣聖に何の関係が?」

「剣聖は剣を極めた者が最終的に行きつく先と言われている。屈指の剣術強国である和国からわざわざ出てきてるんだ。それ以上のものを求めているに違いねぇぜ」


 男の言う通り、和国は屈指の剣術強国とされている。普通に世界を巡るより、和国に篭っている方が遥かに剣術の修行になると言われる程だ。

 そんな国をわざわざ出てきた以上は、和国以上のもの……つまり剣聖のような規格外を求めての事くらいしか理由がない。



 ・・・・・



 和国の者はロフィーラのスラム地区に居ると言われ、スラーンとスネイデンは早速そこへ足を運んだ。

 道端には干からびた死体やハエが集った死体が転がっており、その近くでやせ細った者達が何事もなく座っている。

 もはや物乞いすらする気力がないのか、二人が通った所でそちらを見向きすらしなかった。


「おいおい、かなりヤバくねーか、この国はよぉ……」

「あぁ。俺達が滞在していたコンクレンツにも貧困街はあったが、ここまで酷くはなかった」


 エスタルド国は世界屈指の先進国である。しかし、そうであるが故に貧富の差も一層激しかった。

 コンクレンツでは多少とは言え貧困層向けに施しがなされており、人として最低限の生活をする事はできる。

 しかし、ここでは完全に見放されており、国や町の法は一切適用されない無法地帯と化している。


 そのため、スラムの何処かでは必ずいざこざが発生しており、二人も争い合う怒号を耳にしていた。

 近づいていくと、鈍器を手にした五人の男が一人の男を取り囲んでいた。囲まれていた男は見てすぐに和国の人間だと分かった。

 と言うのも、男の着衣が和国独特の文化である『着物』と呼ばれる衣装――正確には『着流し』であったからだ。


「いいねぇいいねぇ。この無法地帯ぶり、故郷を思い出すよ」


 着流しの男は腰に付けてあった鞘から剣――和国における刀を抜き、穏やかに笑みを浮かべる。


「呑気に笑ってんじゃねぇぞ! テメェ今がどういう状況だか分かってんのか!」

「わかってるさ。ゴミ掃除……だろ?」


 男はそう言って、すぐさま出していた刀を納刀してしまった。


「へっ、なんだかんだ言いながらも諦めたようだな!」

「……いや、もう終わった」

「は? あ、あれ……? うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 一瞬にして五つの首が飛ぶ。男は納刀する前に、埒外の速度で五人の男に刃を振るっていた。

 それを目にしていたスラーンも、男が刃を振るっている所は見えず、納刀直前に少し妙な間があったと感じたくらいだった。

 スネイデンに至っては全く認識すら出来ていない。それほどまでに着流しの男の攻撃速度が異常過ぎた。


「で、アンタらもあっしに用ですかい?」


 着流しの男が鋭い目つきでスラーンを睨みつける。Aランクの男ですら怖気がする、殺気の籠った視線。

 だが、彼は今までに強大な敵の数々から、それこそ背筋が凍るような殺気を叩きつけられてきた。


「……動じない、か。名を聞いても?」

「俺は冒険者パーティ『龍伐』を率いているスラーンだ。巷では『龍頭砕き』と呼ばれている」

「へぇ、あの『龍頭砕き』か。あっしもその名は聞いた事がありますぜ。一応あっしも侍――剣士なんで」


 男は再び刀を抜き、手で来い来いとリアクションをしてみせる。


「一発、全力で撃ってきな。アンタに興味がわいたよ」


 スラーンは男の挑発にかつての敗北を思い出していた。男から同じような圧を感じる。

 全力で仕掛けなければ不興を買って殺される。圧倒的強者による『試し』だ。


(くそっ、ここへ来てまたこの感覚か……。世の中は広いな!)


 スラーンは剣を構えて今出来る全力で闘気を込め、跳躍しつつ剣を上段へと振り上げる。

 落下と共に闘気を纏った剣を、男が構える刀に向けて叩き付けると、刃同士がぶつかったとは思えない地響きの如き音が。

 同時にぶつかった闘気による衝撃波が辺り一帯に拡散し、スラムのボロ小屋が無残にも吹き飛ばされていく。


 中に居た住人達も同様に吹き飛ばされ、この時点でようやく『毎度のトラブル』とは質が違う事に気が付いた。

 スラムにおいて荒事は日常茶飯事で、外で喧嘩する音にも慣れ切ってはいたが、さすがにここまでくると話が違ってくる。

 ギャラリー達が見たのは、二人の剣士が技をぶつけ合っている場面だった。地面には大きなクレーターが出来ていた。


「す、すげぇ……。あんな凄まじい威力の技、初めて見たわ」

「いや、本当にすげぇのはそれを受け止めてる方だよ。何であんな余裕なんだ……」


 着流しの男はスラーンの必殺技、代名詞にもなっている『龍頭砕き』をあっさり受け止めていた。

 だがスラーンには何となくこの結果が分かっていた。加えて、攻撃の衝撃自体は相手に通っているだけマシだった。

 かつて『魔女』に打ち込んだ時は、その衝撃すらも完全に消された。しかも、全くのノーモーションで。


「おや、受け止められたというのにあまり悔しくなさそうだね」

「ただ受け止められただけだからな。衝撃すらも完全に打ち消されたあの時と比べればマシだ」

「衝撃も……? そんな凄まじい真似ができるのは一体何処のどいつだい?」

「残念ながら名は知らぬ。凶悪なリッチの眷属として呼ばれた、黒いドレスを纏った魔女だ」

「リッチ……魔女……。あぁ、あの人に出くわしたのか。それは不運だったな」


 心当たりがあるのか、着流しの男は気の毒そうに笑った。


「大方、それで自信を失った……って所だろう。けど、安心しな。別にアンタは弱くはないよ。たまたま化物に当たっちまっただけさ」

「その化物から『もっと強くなりたければ剣聖を探せ』と言われてな。俺は今、剣聖を探して旅をしている所だ。ロフィーラの冒険者から、和国の者がヒントになると聞いたんだが」

「いい目してるな、その冒険者は。確かにあっしは『剣聖』についての心当たりがある」


 男が語ったのは、剣聖は世界中を飛び回っており、そのルートや各所の滞在期間は不規則極まりなく、居場所の特定は困難と言う事。

 何より特定を困難にしているのは『剣聖の容姿が分からない』と言う点にあった。様々な噂を聞いても、皆の語る剣聖の姿形がバラバラなのだ。

 居場所を転々としている上に容姿の分からない者を探すのは極めてハードルが高い。そこまではスラーンも今までの情報収集で得た噂の中に含まれていた。


「けど、あっしはもう一つの情報を知ってる。アンタは『ネグニロス』って知ってるかい?」

「ネグニロス……そうか、そういう事か!」

「察したようだね。ネグニロスと言やぁ世界屈指の鍛冶の都だ。剣聖もそこに世話になっているってぇ話だ」


 ネグニロス――エスタルド大陸の西端・ロフィーラの正反対にある東端の港からさらに東へ海を渡った先にある大陸にある都市だ。

 エスタルド国は非常に広く、徒歩で横断しようと思えば月単位はかかる。車並みの速度でも数日はかかるであろう広さだ。

 それだけの距離を進み、さらに海を渡った先にある大陸を進まなければならない。だが、それほどの距離を進んでも訪れる価値がある。


 世界最高峰の鍛冶技術で、伝説級の武具や神が作りしギフトを除けば間違いなく頂点に立つクオリティの武器防具。

 全国各地に居る屈指の実力者がネグニロス製の武具を求めており、かくいうスラーンの剣もまたネグニロス製のものであった。

 そうでなければ『龍頭砕き』に剣が耐えられない。剣聖ともなれば、なおのことネグニロス製の剣が必須となるだろう。


「なるほど。ネグニロス製の剣を愛用しているとなれば、必ずメンテナンスに立ち寄る……」

「いつ立ち寄るかは全くの不明だが、当てもなくうろつくよりはマシだろうよ」

「俺自身の剣のメンテナンスや新製品の発掘も兼ねて、行ってみる価値は充分にありそうだな」


 剣聖が見つかればそれで良し、見つからなくても今後のために大きく役立つ。


「それだったらあっしもお供させてもらっていいですかね。ネグニロスにはあっしも興味がありますしねぇ」

「……そもそも、お前は一体何者だ?」

「申し遅れやした。あっしの名はフジヤマ、世界を巡って修行中の身でさぁ」

「修行か。スラムに居たのも、その一環と言う事か?」

「えぇ。無法の場ならば敵に事欠かねぇですし、何をしてもお咎めなし。あっしにとってはありがたい事でさぁ」


 ロフィーラの役人は、スラムで起きた暴力沙汰や殺人行為に関しては無視を決め込んでいる。

 むしろ、邪魔なゴミくらいにしか思っていないスラム住人が一人でも減る事を喜んですらいるくらいだ。


「スラーンさん。強くなりたいんでしたら、あっしで良けりゃ道中で修行に付き合いますぜ」

「それは願ってもない事だ。是非お願いしたい。よろしく頼む」


 自身より上の実力者が修行相手をしながら旅に同行してくれる事は、スラーンにとって最高の条件だった。

 剣聖と会って強くなる修行を付けてもらう前に、修行を怠る事無く目的地を目指す事が出来る。

 目的が合致し、握手する二人。そんな彼らを他所に、少し離れた場所でポツンと立ち尽くす男が一人。


「……あの、俺は?」


 状況からすっかり取り残されるスネイデンであった。

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