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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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228:フーシャンの北東端

 ファーミンの西。砂漠を超えたその先にある大国――フーシャン。

 その規模はツェントラールを中心とするアンゴロ地方を三つくらいは内包できる程。

 統一国となった後としても、国の規模としては三倍以上の勢力を誇っている。


 そんなフーシャンの北東端。ファーミンと繋がる砂漠に面する都市ウログノム。

 砂漠の他は大きくステップが広がっており、牧草地として使われている場所が多い。

 大国の一部ではあるが、都市とは言えない田舎の辺境じみた地区であった。


「た、大変です! ジルド様!」

「なんだいきなり!? ビックリしたではないか! ノックくらいしろ!」

「申し訳ございません! そ、それどころではないのです!」


 のどかな町の屋敷で執務作業をしていたウログノム領主・ジルドは大声で叫びながら入ってくる私兵に心底から驚いた。

 しかし、私兵の方はそれどころではないようで、謝罪はしたものの引き続き大声で事の次第を報告し始める。


「こ、これをご覧ください。砂漠へ出ている魔導師から送られてきた遠見の魔術です」


 私兵が懐から取り出したのは小さな宝玉。それを机の上に置くと、宝玉からプロジェクターの如く映像が壁に映し出される。


「な、なんだこの光景は……」


 ジルドが見たのは、砂漠にとてつもなく巨大な黒いドーム状のものが出現している光景だった。

 位置的にファーミンの領土で起きている出来事であったが、ジルドはこのようなものを今まで全く見た事が無かった。


「国境沿いに幻惑の結界を張っている事は知っていたが、アレは一体何なのだ?」


 フーシャン側の認識では、瘴気を防ぐ結界の幻惑効果を『フーシャンからの侵略を防ぐ幻惑の結界』として認識していた。

 こちらからの侵略を防ぐため、様々な民族や種族が寄り集まって、力を結集した結果――そう思っている。

 実際はフーシャンの侵略を阻止できているのは二次的な効果でしかないのだが、フーシャン側はそれを知る由もない。


 映像は突然変化を伝えてくる。先程までドーム状だった黒いものが、今度は天空に向けて上り始めた。

 見ているだけで怖気がする程の大規模な黒の流動は、すっかりジルドを恐怖に染め上げていた。


「ま、まさかファーミンの奴ら……我らを滅するための禁呪の実験を行っているとでも言うのか!?」


 被害妄想が強いジルドの中では、瞬時にそのような図式が出来上がった。

 今までずっとファーミンは防衛に徹していたが、ついに攻撃に転じようとしている。

 あの現象は『実験』であると同時に『威嚇』であるに違いない……と。


「とは言え、このタイミングで刺激するのはマズいだろう。現地でもう少し様子を見るのだ!」

『了解しました! このまま待機して出方を伺います!』


 宝玉越しに遠見の魔導師に指示を伝え、私兵を下がらせるジルド。

 一人になった所でどっかりと腰を下ろして頭を抱える。


(ど、どうすればいいんだ! ここはファーミンとの国境……。もしウログノムが損害を受ければ、それはすなわちフーシャンが傷を付けられたも同義。自国に傷を付けた敵を許さないのはもちろんの事、傷を付けられてしまった我々も不甲斐無しとして処刑されかねん!)


 フーシャンは非常にプライドが高い国であり、敵に容赦が無いのと同様に味方にも容赦がない事で知られる。

 敵国軍との戦闘に勝利したものの、その勝利の仕方が『辛勝』であった事が『強国のイメージを損なう』として指揮官が処刑された。

 強国としての力を示すため、常に圧勝である事が求められる。ただ適当に勝利するだけでは許されないのがこの国だった。


 ジルドは岐路に立たされていた。今すぐにでも攻め入るべきか、機を伺うべきか。しかし、攻め入るには結界が邪魔となっている。

 もし今すぐに攻め入って自陣に無駄な損害を出してしまえば罰せられる。敵からの攻めを許してしまえば自陣に損害が出て、それはそれで罰せられる。

 敵が攻めてくるタイミングをバッチリつかみ、かつそれを迅速かつ圧倒的に処理するという、非常にハードな判断が求められている。


(とりあえず次の報告を待つ……。全てはそれからだ!)



 ・・・・・



「た、大変です! ジルド様!」

「今度はなんだ!?」


 後日。夜、また同じように私兵が駆けこんできた事で、ジルドはまた状況が動いた事を察した。

 黒いドームが出現して消失した以上の出来事とは一体何なのか。すぐ私兵に宝玉を出させて映像の公開を迫った。


「な、なんだこの光景は……」


 以前と全く同じ事を口にしながら、届けられた映像に見入る。

 そこに映し出されていたのは、空から降ってきたとてつもなく巨大な赤い塔が砂漠に突き立つシーンだった。

 塔そのものがうっすらと赤く発光しており、夜空も相まって異様な不気味さを醸し出している。


「現場! アレは一体何なのだ!?」

『わ、わかりません! ただ、物凄いプレッシャーを感じます! まるで直に心臓を握られているかのような……』


 魔導師の目を通して映像を見ているため、魔導師自身の顔は見えない。

 だが、その者が見ている他の者達は一様に塔を見てガクガクと震えている。


『こ、声が聞こえます! えっと「我が庇護下にある者達へ、害をなす事は許さぬ」と――う!? うわあぁぁぁぁぁぁっ!』


 魔導師の悲鳴と共に、周りに居る人間達が次々と発火し始めた。

 そして魔導師自身の視界も炎に包まれ、間もなく映像が途絶えてしまった。


「どうした!? 何が起きた! おい、おいっ!」


 ジルドが叫ぶも、既に映像は途切れており、そこにはただ宝玉が転がるのみ。


「えぇい! 仕方がない……。調査隊を編成して現地へ向かえ!」

「は、はっ!」




 ……しかし、この調査隊はただ一人を除いて帰ってくる事はなかった。唯一の生存者は、こう証言した。


「周りの者達が「声が聞こえる」と言い出して、発狂したと思ったら急に燃え出した。自分には声は聞こえず、そのような現象も起きなかった」


 あの赤い塔が出現してから起き始めた現象であるため、間違いなく発火現象も声も赤い塔によるものに違いない。 

 そこまでは思い至ったが、何故一人だけ生還する事が出来たのか。ジルドはそれをメッセンジャーに選ばれたからだと解釈した。

 どのような所業であっても、伝える者が居なければ伝わらない。故に、あえて一人だけ残して恐ろしさを語らせる役とした。


(声が聞こえて、発火……。まさか、な……)


 メッセンジャー役を下がらせて、ジルドは思案する。一つ、この現象に思い至る手掛かりがあった。 

 フーシャンの首都は攻守を万全とするため、民達の祈りによって呼び出した神獣と契約してその庇護下に置いてもらっている。

 魔導師が宝玉越しに伝えた『庇護下』という声から、ファーミンもまた神獣と契約したのではないかと考えた。


「こ、これは一大事だ! 一刻も早く上に伝えなければ……」


 さすがにこれはじっくりと調査して詳細が判明するまで待っていられないと判断。

 既に砂漠に出ていた部隊が全滅し、調査隊も一人を残して全滅している。

 この時点で既に二度敗走したようなもの。フーシャンのイメージを損なうどころの話ではない。


 ここで今起きている現状を放置すれば、間違いなくフーシャンにとって大きな損害へと繋がる。

 ジルドは自分自身が処刑されてしまう恐れより、愛する祖国が害される事の方に恐怖を感じていた。

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