224:モンスター大討伐、終了
俺達は緊急依頼の集合ポイントであるヒワールへと戻ってきていた。
そこには俺達以外にも、この依頼に参加した多数の冒険者達の姿があった。
皆一様に激しく傷付き汚れている。それだけ各所で激戦だったんだ。
砂漠という過酷な場所での長期戦だ。当然身体を洗ったりなどしているヒマなどない。
男性陣はあまり気にしないのかもしれないが、女性陣はほとんどの人達が顔をしかめていた。
周りの男達はもちろん、自分達自身も返り血などで汚れ酷く臭っていたからだ。
――アルヴィさんが空間の穴を閉じて間もなくの事。
作戦終了の際は上空に大きな花火のような魔術を打ち上げて作戦参加者の皆へ知らせる手筈であったらしい。
しかし、それを担当するラウェンが倒れていたため、代わりにアルヴィさんがそれを行った。
大きな炎の弾が尺玉のように撃ち出されて上空へと登っていき、見上げる程の所まで来たところで炸裂。
それは花火というよりは爆弾で、近隣一帯の大気を震わす轟音と共に、地上の砂すら舞う程の強烈な爆風が生じるものだった。
さすがにこれで気付かない者はいないだろう。俺達も途中で怪我人や死者を回収しながら、集合場所へと戻っていった。
そんな異臭漂う場所ながらも、居合わせた冒険者達はほとんどが姿勢を正して整列している。
と言うのも、現在前方に設けられた壇上に立っているのがアルヴィさん――アルヴィース・グリームニルだからだ。
何と言ってもアルヴィさんは世界的に名を知られる存在。伝説の賢者の『十二人の弟子』の一人なのだ。
数百年前に活躍したとされる伝説の存在。その中でも長命のエルフ故に唯一現在まで存在し続けている者となれば、その注目度は言わずもがな。
まさに生きる伝説。魔導師でなくとも、戦いを生業とする者からすれば、その存在が目の前にいる事は現人神の降臨にも等しい奇跡。
一言一句漏らさず聞き取ろうという気概が見て取れる。北○の拳の世界の人物みたいな荒くれ者すら、緊張した顔で姿勢を正しているくらいだ。
「皆様。私はアルヴィース・グリームニルと申します。まず初めに――」
周りでゴクッと唾を飲み込む音が聞こえた。最初に何を言うのかが気になって仕方がないのだろう。
「申し訳ありませんでした! 全ては私が未熟ゆえの事です……」
アルヴィさんの謝罪が響き渡る。しかし、一同は意味が分からないとばかりにポカンとしている。
彼女が言っているのは、おそらくかつてこの地で起きた戦いにおいて、魔族が開いた穴を閉じられなかった事だろう。
そもそもその時点で閉じる事が出来ていれば、その後数百年に渡って封印云々で揉める事も無かったのだから。
まさにそんな感じの事を皆の前で語る。しかし、皆からすればそれでも英雄である事に変わりなかった。
「な、なにを仰いますか! 貴方様が封じて頂いたからこそ、まだこの世界は健在なのですよ! 英雄である事には変わりません!」
最長老のユーバーが叫ぶ。何せ、魔界へ通じる穴からはこちらの生命体にとっては有害な魔界の瘴気が無尽蔵に溢れ続ける。
そうなればル・マリオンは遠くないうちに滅んでしまう。封印によってそれを阻止しただけでも充分過ぎる功績だ。
ギャラリーからも「そうだそうだ!」と同意の声が上がる。アルヴィさんはファーミンという一国家だけでなく、世界そのものを救ったのだ。
「ありがとうございます……。ありがとうございます……!」
感涙と共に深々とお辞儀するアルヴィさん。そのあまりにも美しい姿に、男性のみならず女性も頬を染めてっている。
かく言う俺もだ。既にあの人の様々なリアクションを目の当たりにしてきたし、ボロボロで無様な姿や素っ裸までも見てしまっている。
にもかかわらず女神の如き美しきイメージ像が崩れない。飛び抜けた美人と言うのはホント何をやっても絵になるものだな……。
それからアルヴィさんは皆の労をねぎらう言葉をかけた後、翌日に盛大な祝勝会を行うという告知をして壇上を降りた。
さすがに長老らも冒険者達が置かれている現状を察していたのか、今日の所は早々に解散して皆に休息をとってもらう事にしたようだ。
・・・・・
遠征してきた冒険者のため、ヒワール近辺には臨時の休憩所となる簡易家屋が大量に建てられていた。
まるでモンゴルの移動式住居ゲルのような家屋で、小さな家屋は宿舎、大きな家屋は食堂や浴場、ギルドの臨時出張所などであるらしい。
作戦の規模が規模だけに、とてもヒワールの人員だけでは対応できないため、国内はもちろん隣国からも応援が来ていた。
ギルドの臨時出張所はこの討伐で獲得された素材を早々に回収するために開設されていた。
この過酷な環境の中、わざわざ他の町にまで持って行くとなると、間違いなく途中で素材が痛んでしまう。
ギルド側としても、自分達から出向いて取れたてで新鮮な素材を手に入れた方が利益になるからな。
ちなみに俺達はヒワールの一角にある屋敷を丸々借りている。長老からの依頼でエルフ達との和解を成功させた件で配慮してもらえたのだ。
風呂に入ってサッパリし、美味い飯もたらふく食ってから、俺達はヒワールの冒険者ギルドへ討伐したモンスター素材を持ち込んだ。
ギルドの臨時出張所は複数あるため人の流れは分散しているのだが、それでもやはり冒険者達の数は多く、狭い建物の中は混雑していた。
「はい、確認終わりました。リューイチさんが討伐したモンスターの中に格上のものが含まれていましたので、条件の通りランクアップさせて頂きますね」
俺は確かツェントラールを出た時点でDランクになっていたハズだ。その上でランクアップだから、Cランクという事か。
最奥部にまで至る行程で沢山のモンスターを倒した記憶はあるが、どうやらその中にCランク相当のモンスターも紛れていたらしい。
本来のCランク昇格条件はDランク依頼の達成回数十回、うち一つはCランク依頼を含む――だったか、それが免除された訳だ。
さすが緊急依頼というだけある。明らかにこの依頼一つで通常の依頼十個分以上の戦闘はこなしてるだろうからな。
俺の他にも、自身のランクより上に相当するモンスターの討伐を成し遂げた者は昇格を果たしているらしい。
「そう言えば、俺が格上のモンスターを倒しただとか、持ち込まれた討伐部位のモンスターを誰が倒したとか、どうやって判るんだ?」
「それはこの魔術道具のおかげですね」
受付嬢が見せてくれたのは虫眼鏡のようなアイテム。通称『残滓鏡』と言うらしく、討伐部位に残された討伐者の力の残滓を見る事が出来るらしい。
その力の残滓と、目の前の冒険者が発している力が同一かどうかを見る事で『本人による討伐がされたか否か』を判断しているとの事だ。
魔術にしろ物理攻撃にしろ、自身の力を相手にぶつける訳だから、当然その相手にもその力が触れている。それを検出するとは、なかなかに上手いシステムだ。
「エレナさんとセリンさんは後方支援貢献により、それぞれCランクへの昇格となります」
後方支援貢献は、拠点に留まって負傷した冒険者の回復に努めたり、物資の支援などを行った者達への褒賞との事。
戦いの場は何も最前線だけではない。冒険者や各国軍隊の後方で陣を張り、前線で戦う者達をフォローするのも重要な役割だ。
「ありがとうございます。リューイチさんに置いていかれなくて良かったです」
「私も昇格させて頂けるなんて、嬉しいです……」
エレナの回復術は治療により死に至る可能性がある者を一人でも減らし、一人でも多くの負傷者を前線へと復帰させるのに大きく貢献。
普通に考えたら絶対に助からないであろう重体である『上下に両断された冒険者』すらも死の淵から救ってみせたという話だ。
そんな彼女の活躍もあり、戦いの規模に反して死者は一桁に抑えられたという。救えなかったのは、彼女の手が届かない最前線で即死した者達のみ。
セリンはエレナのような回復役の助手に始まり、破損した武器防具の修理の補助、または代替装備品や携行アイテムの準備。
拠点に戻ってきて休憩する者達が短い時間で素早く食せて、かつ栄養価の高い食事を用意するなど、幅広くサポートに携わっていた。
また、拠点へと迫りくるモンスターの迎撃にも参加。ほとんど休む間もなく働き続けていたとギルドから聞かされた。
「エレナはともかく、セリンはいつの間に冒険者登録してたんだ?」
「皆様に先行してファーミンへ向かう際、ツェントラールのギルドで登録させて頂きました。そして、ファーミンへ到着するまでの間にいくつか依頼をこなしてDランクに至っています」
その上で今回昇格したというのなら、セリンもまた俺と同じCランクに至ったという事か。
「そういやハルはどうなんだ? 既に冒険者としての活動実績があるとか言ってたが」
「私は既にAランクよ……と言いたい所だけど、Bランク以上は大手ギルドでの昇格試験が必要だから、地方の小規模ギルドに居た私はまだC止まりね」
「テレーグの脅威を考えるとSランク相当だと思うんだが、残念ながら俺では倒す事が出来なかったしな……」
「私も無理だったわ。リチェルカーレさんといいレミアさんといい、貴方の仲間って色々な意味でデタラメ過ぎない?」
リチェルカーレは言わずもがな、オリハルコンをサクサクと斬ってしまうレミアも確かにデタラメだなぁ。
神の作ったアイテムの力によるものらしいけど、それを使いこなしている時点で既におかしいと思う。
しかも、シルヴァリアスに言わせればそれでもまだ『全然力を引き出せていない』との事だし、限界点は何処なんだ。
……考えても埒が明かないし、翌日の祝勝会で久々にジョン=ウーやジーク達に会ってくるか。




