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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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223:邪神からの解放

 リーヴェは地球に居た頃、本場の教会でシスターを務めていた才媛だった。

 何事も『愛』を基準として語る博愛主義者であったが、独自の価値観ゆえに傍から聞いているとおかしな部分も見受けられた。

 そんな彼女が疫病や飢餓が蔓延する国に勇者として召喚され、国を救う事を求められたのはまさに運命だったのだろう。


 彼女の慈愛の心を反映したかのような強力な回復術と治癒術により、国の病気は駆逐された。

 また、彼女の力は土地や動物にも活力を与え、健康になった人々の尽力もあって一気に復興を遂げる事になる。

 しかしそれはリーヴェの力をもう必要としなくなったも同義であり、救国の英雄は活躍の場を失った。


 実はリーヴェは『誰かに感謝される事』を至上の快楽としており、誰からも求められなくなった平和な国の現状を嘆いていた。

 ついには治癒の力を逆用して病気や毒を生み出し、自分自身で再び国を危機に陥れるという暴挙に出るが、国に滞在する冒険者達によって犯行を暴かれる。

 が、腐っても勇者と呼ばれた存在。並の冒険者や国の兵士達などでは捕縛できるような存在ではなく、そのまま国外逃亡を許してしまう。


 リーヴェが撒いた病気や毒は既存のものではなく、彼女オリジナルのものだ。故に、完全な治療法は彼女しか知らない。

 だが、国を危機に陥れた罪を裁く事に意識が向いた人々はその点に意識が向かなかった。気が付いたのは、リーヴェを追い出した後だった。

 リーヴェは快楽の趣向もあって後にちゃんと人々に治療を施すつもりだった。しかし、もはやそれが出来なくなってしまった。


「あぁ、何という事でショウか。ワタシにしか治せない病気や毒なのに、そのワタシを追い出すなんテ」

「俗に言うアレね。『代理ミュンヒハウゼン症候群』ってやつ」

「なんだ。そのダイリなんたらってのは?」

「簡単に言えば、身近な人をわざと怪我させたり病気にさせたりして、その看護を懸命にやる自分を称賛して欲しいみたいな精神状態よ」

「あぁ!? なんだそりゃ。端的に言ってクソみてぇなヤツじゃねぇか。おい、そうなのかリーヴェ!」


 ヴェスティアに両肩をつかまれ前後に揺さぶられるリーヴェ。あうあう言いながらも、小さく肯定の返事をした。


「ワタシは物心ついた時から人々を助け、感謝されて生きてきまシタ。だから、それが無くなると……」

「だから国民に病気や毒を振りまいたってのかよ。テメェの自己満足のためだけに!」

「うるさいデスよ寝取られ逆恨みクソ野郎。想い人が居るのにすぐ行動しないからそうなるんデスよ」

「んぐぐ……っ。そ、それは今関係ないだろ!」

「はいはい、二人共ケンカしない。どっちも違う意味でクソなんだからそれでいいでしょ」

「「ちょっ!?」」


 容赦のないヘクセの仲裁に、二人は黙り込むしか無かった。

 どっちもクソ。ヴェスティアもリーヴェも、それをハッキリとは否定できなかった。


「だからこそ、なおの事リーヴェには一緒に来てもらわないと困るわね」

「ワ、ワタシを監視でもする気デスか……?」

「違うわよ。さっきの戦いを思い出してみて。貴方が居なければ絶対に生き残れなかったわ」


 リーヴェが邪神の力を得た事で新たに目覚めた能力『限りなき愛』。

 その能力は『自身がパーティメンバーだと認識した者』を何度でも蘇るように出来るという破格の性能。

 言わずもがな、リチェルカーレ戦ではこの能力が無ければ早々に詰んでいた事だろう……。


「私達は貴方に感謝しているわ。だから、貴方も私達を助けて頂戴。これからも、ずっと」

「ワタシ、皆さんのお役に立てているのデスか……」


 ヘクセがリーヴェの頭を優しく撫でる。


「情けねぇ話だが、お前の能力が無ければ俺はとっくに殺されていた。そこだけは認めてやる」

「俺も同じだ。この強靭な肉体は『護る』ためのものだったハズなんだがな。逆に護られてしまった」


 ヴェスティアとムスクルがリーヴェの左右から、それぞれ片手を肩の上に乗せる。

 その瞬間、リーヴェの黒い神官服が目映い輝きを放ち、汚れなき純白へと変わっていく。


「こ、これは……」

「邪神の力から完全に開放されたって事さ。キミは他の皆と比べて変化が分かりやすい」


 リーヴェは元々白い神官服を着ていたのが、邪神の影響により黒く染まっていた。

 開放されればそれが元に戻るのは当然の事だったが、その特徴は他の三人にはない独特なものだった。


「でも、邪神の力で『限りなき愛』を得たのに、邪神の力を失ったらワタシは役立たずになってしまいマスよ?」

「安心するといい。邪神の力は元々『勇者』の縛りで制限がかかっていたキミ本来の力を一つ解放しただけさ。だから、キミ自身の力は消えない」


 通常の召喚とは異なり『勇者』として召喚されると、当人本来の力を抑えて『願い』に応じた力を与えられてしまう。

 邪神の力とは、その抑えられた当人本来の力を解放する効果があった。だが、同時に新たな縛りを課す。

 それは『一つしか解放できない』という事。故に、邪神の力を消さない限り己の本当の可能性は閉じられたまま。


「そ、それじゃあ邪神の力に頼らない方がより強くなれるって事か!?」

「そういう事だね。体力や魔力は鍛えられるし、新たな魔術の開発も出来るから、厳密には全く強くなれない訳じゃないんだけどね」

「つまり、どういう事なんだよ。結局、強くなれるのかなれないのかどっちなんだ?」

「その代わり、新たなステージには進めないって事さ。邪神の力を得た時に感じた『己の殻を破ったような感覚』は、二度目以降もあったかい?」


 それを指摘されて、四人は『邪悪なる勇者達』に加入して力を与えられた時の事を思い出した。

 己の中に眠っていた何かが目覚め、まるで新たなるステージにでも立ったかのような感覚。

 その感覚を『殻を破ったようなもの』だと表現するならば、間違いなく一度味わったきりだった。


 つまり、己の中にさらに眠る力の数々はずっと目覚めていないという事だ。

 邪神の力は新たな可能性を目覚めさせつつも、さらなる可能性を目覚めさせないための封印。

 一時的な夢を与えて満足させ、対象者達をそこに留まらせるものに過ぎなかった。


「困るって事だろうね、自分達を超える存在になられては」


 皆らに力を与えたのは、組織の崇拝対象である邪神そのものではなく、序列一位に位置している邪勇者シン。

 彼は集会で堂々と「挑戦を待っている」と宣言しながらも、仲間に対して成長の縛りを課していた。

 正々堂々を謳いながらも裏では卑怯を厭わない。一位の座に固執していないと言いながら、誰よりも固執していた。


 邪神の力の性質から導き出されたシンに関する推測は、元組織メンバー達を萎えさせるには充分だった。

 そして四人は同時に誓った――いつか必ずぶっ飛ばしに行く、と。シンはもちろん、共に消えたファーブラ諸共に。


「さて、それじゃあキミ達の今後の事だけど――」



 ・・・・・



 ――少し時は戻る。


「ふぅ、やれやれ。間一髪と言った所だね」


 志を同じくする同志達との会議のため、拠点から一足先に去っていたシンとファーブラ。

 彼らは拠点からある程度離れた山の見晴台から、その拠点が崩壊する様子を目の当たりにしていた。

 内側からヘクセが『世界最大の巨大列車砲』を放った時の事である。


「……僕の『超感覚(フレクサトーン)』が告げていたんだ。もうすぐあそこに『尋常ならぬ脅威』が訪れるって」

「相変わらず恐ろしい精度だな、君の力は。おかげで何度も危機を救われているよ」


 邪悪なる勇者達の序列・二――ファーブラと名乗る彼が有する能力の一つが『超感覚』である。

 己の身に迫る危機を敏感に感じ取ったり、自身が望むものを何となく探し当てる事が出来る便利な能力だ。

 その能力により、拠点へ迫る脅威をいち早く察し、シンと共に脱出を図ったのだ。


「しかし、僕達が逃げなければならない程の脅威とは一体何なんだい?」

「残念ながら僕にも詳細は分からない。ただ、今の僕達では手も足も出ない程の凄まじい『何か』だ」

「そんな存在が唐突に襲撃をかけてくるとは……物騒な世界だな、このル・マリオンと言うのは」


 今までに幾度となくファーブラの能力に救われてきたシンは、今回の脱出に関しても一つ返事で応じた。

 彼にとってファーブラとは単なる序列の二番目ではなく、シンが邪勇者となり最初に出会ってから共に活動を続けてきた相棒のような者。

 人員を集め『邪悪なる勇者達』と言う組織を立ち上げ、規模を大きくしてこれたのは、彼の存在があったからに他ならない。


「ははは。そんな物騒な世界に喧嘩を売っているのは何処の誰だろうね」

「あの拠点はもう終わりだな。あの場に残っている幹部達も、もうダメだろう。だが、僕と君さえいれば組織は何度でも蘇る」

「君、何気に酷い事言ってるねぇ。ま、組織に所属する全ての人間の利害が一致している訳じゃないし……」

「僕はこれから『彼ら』との会議に臨む。最初は同盟で始まるだろうが、やがては僕が『彼ら』を吸収して一つの大きな組織の長となる」


 その言葉を聞いて、ニタニタ笑っていたファーブラの顔が険しくなる。


「……おや、同志達との会議と言うのはあの場から抜け出すための方便じゃなかったんだ」

「あのタイミングで言ったのは方便さ。でも、僕は密かに『彼ら』を見つけ出し、接触を図っていたんだ」


 ファーブラはシンが本当にそんな同志達との繋がりを持っていた事に驚きを隠せなかった。


(まさか、本当にそんな『同志達』とやらに渡りを付けていたとは……。僕の知らぬ間に、いつ……?)


 かなりの頻度でシンと共に行動をしているハズのファーブラですら知らなかった案件。

 この事で、ファーブラはシンに多少の疑念を抱いた。もしかして自分はまだ完全に信用されていないのではないか。

 自分の知らぬところで何か色々動かしているのではないか。初めてシンに対して負の感情が芽生えるのだった。


「それで、その『彼ら』と言うのは一体何者なんです? 何らかの組織ですか?」

「……彼らの名は『レーンカルナシオン・カイド』という。僕達とは似て非なる者達さ」

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