221:『勇者』のその先
消滅が迫る世界。十秒ごとに迫る即死攻撃。蘇生回復の禁止。
リチェルカーレの世界に囚われた『邪悪なる勇者達』の四人は絶望的な局面に立たされていた。
しかし、彼らはこのまま大人しく殺される事、世界ごと消される事を良しとしない。
「下手に奇策を打っても、あの子は間違いなく対応してくる。だったら正面から行くしかないわよね」
「おいおい、それだと奴の所へたどり着く前に撃ち落とされるのがオチだろう……」
「それがそうでもないと思うのよ。さっきからあの子、私達を試すような事ばかり言ってるじゃない」
「……言ってるか?」
ヴェスティアはあまり察せていないようだが、ヘクセは既に確信していた。
相手が本気で殺す気で来ていたのであれば一瞬で終わっている。ハッキリ言ってそれ程の実力差がある。
四人がこんなに持ちこたえられているのは、明らかに相手が手加減をしているからだ。
「今から全身全霊、四人の力を結集した最高の一撃を貴方にくれてやるわ!」
ヘクセがそう叫ぶと、リチェルカーレは人差し指をクイクイッと動かして「やってこい」と合図する。
その後すぐに腕組み状態となって、四人が何かを仕掛けるのをじっと待っている。
「あの子は絶対に私達の攻撃を受けてくれる。けど、避けはせずとも攻撃はしてくるでしょうね」
「俺には未だに良く分からないんだが、とにかく何をすればいいんだ?」
「四人同時攻撃とかをしても無駄そうなのは目に見えてるからね。ここは――」
再び半獣形態へと変身するヴェスティア。己の闘気を燃やし、身体中の筋力を肥大させる。
右手の爪を伸ばして一つに束ね、刺突に特化した極めて頑丈な剣を作り出す。
その間にも、しっかりと集中して空間爆発の前兆を確認し、身体を動かして回避する事は忘れない。
「うおぉぉぉぉぉ! もっとだ! 使い切るつもりで……」
先程よりも強く、大きく。自身の命そのものをエネルギーにするつもりで己が身に纏わせる。
これよりヴェスティア自身が相手の土手っ腹をブチ抜くためだけの『弾丸』となる。
「リーヴェ、頼むぞ!」
「はい! 無効になった『限りなき愛』を解除して、全ての力を貴方に……」
リーヴェの力が目に見えたオーラとなり、ヴェスティアを包み込む。
身体能力をさらに向上させる補助効果に加え、攻撃に一転集中する彼を守る防壁となる。
命を賭して如何なる妨害も弾くというリーヴェの決意がそのまま形となっていた。
「……いくぞ!」
本日彼が繰り出す攻撃の中で、最も早く……そして最も鋭い一撃。
リチェルカーレが多量の魔力弾を作り出してぶつけるが、リーヴェの護りがそれらを全て弾く。
ヴェスティアは第二撃を許す前にリチェルカーレの懐へと潜り込み、爪の剣を突き立てる。
しかし、相手の腹へ突き刺さる前に堅牢なバリアによって阻まれてしまう。
リチェルカーレが組んでいた腕を解いて両手を前方に突き出し、力を防御に集中させる。
今のヴェスティアの攻撃は、防御のために意識を割かなければならないくらいには磨かれたものだった。
「けっ、やっぱこの程度じゃ破れねぇわな……だが!」
その直後、背後に控えていたムスクルとヘクセが同時に己の力を解き放つ。
二人並び立ち、ムスクルは右手を前方に突き出して闘気の奔流を、ヘクセは左手を突き出して魔力の奔流を。
二つの異なる力が重なり、一つの大きな力として打ち出される。その狙う先はもちろんリチェルカーレ――
「きたきたきたぁ!」
――の、眼前に居るヴェスティアの背中だ。二人の力がぶつかり、押される事でさらに推進力が増す。
味方へ攻撃をするに等しい過激なアシストだが、リーヴェの防壁によりヴェスティアへのダメージは皆無。
自分達の攻撃を直接当てるよりも、鋭く固いヴェスティアの攻撃力をより高める……それが彼らの策。
「お、お、お……いい感じじゃないか。けどまだ一押し足りないね。邪神の力なんかに頼ってるからダメなんだよ、本来の力を開放しないと」
「本来の力だと――? 知らないとでも思ったか。俺達が与えられた『勇者の力』は、召喚者の願いに応じた力しか与えられねぇ。つまり、限界があるんだ。けど、邪神はそれを突破させてくれた!」
「人の話はちゃんと聞け。誰が『勇者の力』と言った。アタシが言ったのは『本来の力』の事だよ。勇者の力や邪神の力に縛られない、君達自身に秘められた力の事だよ」
勇者として召喚された者は、召喚者の願いに応じて『それを叶えられるだけの力』を与えられる。
願いが『野盗を退治して欲しい』であれば、野盗を倒す程度の力を、願いが『強大な魔族を倒して欲しい』であれば、その魔族を倒せるだけの力を。
そのため、召喚された者がどのような願いによって召喚されたかによって、勇者としての強さが決まってしまうという欠点がある。
故に、野盗退治を目的に召喚された勇者が、次に強大な魔族を倒して欲しいとお願いをされても、それを行使するだけの力はない。
召喚した側も召喚された側も仕組みを知らないため、前者は調子に乗って次々とお願いするし、後者も目的を果たした万能感によって無謀な戦いに挑んでしまう。
その結果、不幸にも異界の地で命を落とす事になる勇者が続出する事態となってしまった。当然の事ながら、その中には元の世界への未練を持つ者も居た。
「俺達をこの世界へと呼んだ女神は勇者の力について何も説明しなかった! シンやファーブラから聞かなければ、知る事すら出来なかった!」
「そりゃあ、真っ当に勇者として活動していたら知らなくても困らない事だからね。道を外したのはキミ達の方だろう」
「好きでこうなったんじゃねぇよ。所詮は現実だ。物語なんかとは違って『主人公補正』なんて無ぇからな。何事も都合よく事は運ばなかったって事だ」
ヴェスティアが定期的に迫る空間爆発の予兆を察知し、器用に頭だけを動かして回避しつつ反論する。
怒りにより与えられた邪神の力が表出し、ヴェスティアをドス黒いオーラが包み込む……。
「もう空間爆破は完全に察知されたようだね。それはそうと、キミの言っている事はただの甘えでしか無いよ」
「甘えだと! 俺達のような存在は、物語の主人公みたいに何事も上手くいくようになってねぇんだよ!」
「それは当然の事じゃないか、物語の話なんだから。だが、君達は現実に生きている。脇役としてなんかじゃない、自分自身が主役の人生をだ。そこに補正なんかあるはずがないだろう」
「う、ぐうぅぅぅ……」
言葉に詰まるヴェスティア。それを認めてしまえば、邪悪なる勇者達に身を落とした原因が自分自身にある事になってしまう。
自身はあくまでも勇者という運命に翻弄された被害者であり、堕ちる事も避けられない運命だった。努力次第でそれを何とか出来たなど認めたくない。
その心の弱さが、勇者という枠組みからの脱却が出来ない要因であり、邪神からの誘惑に抗えない原因でもあった。
「うるせぇうるせぇうるせぇ! とにかく今は、テメェをぶっ飛ばす事だけを考える!」
「そうだ、それでいい。純粋なる一つの想いは邪念に勝る。それが君達の真なるブレイブを目覚めさせる……」
リチェルカーレに対する怒りからか、ドス黒く燃え盛っていたヴェスティアのオーラ。
それを内側から食い破るように金色のオーラが溢れ出す。それは正義も悪も超越した純粋なる願いだった。
それはまさに、勇気をもって危険を顧みず挑む『勇者』の姿。彼の勇――ブレイブの目覚め。
「こ、これは……。かつてない力が溢れてくる。これが俺の力なのか!?」
飛躍的に増すヴェスティアの力。ついに、リチェルカーレの展開する防壁にヒビが入り始める。
「頼む、みんな! 俺に、力を貸してくれえぇぇぇぇぇーーーーーっ!」
ヴェスティアの叫びが、後方で支援する仲間達のブレイブを揺り動かす。
仲間の決死の覚悟を目の当たりにして、自分達もまた『勇者』であった事を思い出させた。
金色のオーラを現出させると同時、今までとは比にならない程の力が溢れてくる。
「ヴェスティア、全ての力を託す!」
「お願い、これで決めて!」
「信じていマスよ、ヴェスティアさん……」
ムスクルとヘクセの放つ闘気と魔力が共に黄金色となり、より巨大な奔流となってヴェスティアの背を押す。
リーヴェの祈りが三人の力をさらに底上げし、限界を超えた領域をさらに超えさせる。
世界の崩壊がもう間近にまで迫る中、ついに四人は真の意味で目覚め、その先へと至った――
「俺達は、勇者を超える! 貫けえぇぇぇぇぇーーーっ!!!」
ただ一人の存在でさえ、戦況をひっくり返す事が出来る存在……勇者。
その勇者が四人。ましてや、勇者を超えた存在となった今ならば不可能は無い。
リチェルカーレが展開する防壁は、ついに砕け散った。
ヴェスティアがリチェルカーレを貫くと同時、彼女の世界は崩壊する前に消失し、元々の世界が姿を取り戻す。
そして、その勢いのままヴェスティアは幾枚もの壁を破りながら、リチェルカーレを壁へと叩きつける。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!!!」
勝利の雄叫びを轟かせるヴェスティア。
「やったじゃないか! 見直したよ!」
「凄いです! 見事に決めてくれましたね!」
「さすがはヴェスティアさんデス!」
そんな彼に抱き着く女性陣二人。彼の右肩に己の右腕を回して肩を組み、勝利を称えるムスクル。
かつてない強敵だった謎の闖入者との戦いはようやく終わりを迎え、四人に安堵が訪れた。




