220:課される縛り
「それじゃあキミ達をアタシのステージに招待してあげよう」
指をパチンと鳴らすと同時、一瞬にして景色が切り替わり、先程までの風景は何処へやら。
周りには屋根も壁も存在したはずなのに、今やそこは開けた空間となっていた。
一面に広がるのは星空。夜闇を星々が照らし出しているため、夜なのにもかかわらず想像以上に明るかった。
「なんて美しい夜空……。こんな凄いのは、元の世界でも見た事が無かったデスね」
リーヴェが瞳を輝かせて、満天の星空に見入っている。
確かに美しい夜空――ヘクセもそう感じたが、それよりも違和感が勝った。
「おかしいわ。確か今はまだ昼過ぎくらいの時間だったはず……って、冷たっ」
ヘクセはお尻にヒヤリとしたものを感じ、足下を見ると、見渡す限りの大地がうっすらと水に覆われている。
先程尻もちをつかされていた状態の彼女からすれば、下半身の多くが水浸しになっている状態である。
「この景色、もしかして……ウユニ塩湖か?」
何気なくつぶやいたムスクルの一言に、三人は示し合わせたかのように「それだ」と指し示す。
満天の星空は地面にも鮮やかに映し出されており、水面が鏡の役割を果たしている。
「そういやネットの壁紙とかで見た事あるな。で、なんでいきなりウユニ塩湖なんだ?」
四人がそれぞれ起き上がり、並んで立つと同時にヘクセが叫ぶ。
「……っ、散開!」
その言葉でちゃんと散開できたのは、日頃から競い合うようにして戦い、互いに信を置いていたからに他ならない。
リーヴェもヴェスティアもムスクルも、皆が『あのヘクセが焦り交じりに叫ぶ』という事が、如何にヤバイ事態なのかを知っていた。
一斉にその場から散る四人。その直後――彼らのいた場所に空間の爆発が発生する。ご丁寧にも、頭のあった位置だった。
「嘘でしょ、アレをノーモーションで撃てるの!?」
驚いたのはヘクセだった。初撃は指を鳴らして使っていたが、実はそんな事せずとも使えたのだ。しかも、同時に何発も。
空間魔術にはアクションが必要と見せかけての騙し討ち。しかし、発動の瞬間の魔力を感知できるヘクセには通用しなかった。
「と、とにかく今度はみんなで協力していくよ!」
ヘクセがわざとリチェルカーレの眼前に炎弾を着弾させ、爆発を起こして目をくらませる。
その隙にムスクルが飛び込み、煙の中のリチェルカーレに全力で体当たりをかます。
「ぐはぁっ!」
が、煙の中から弾き飛ばされたのは仲間であるヴェスティアだった。彼もまた煙に紛れて不意打ちを決めようと思っていた。
しかし、ヴェスティアが仕掛けた時には既にリチェルカーレの姿は消えており、そこへムスクルが仕掛けてきた。
「な、何しやがるんだ……クソっ」
「どうなってる!? 奴は一体何処へ……」
直後、ヴェスティアとムスクルの頭が同時に弾け飛ぶ。
ヘクセはリーヴェにタックルして地面に引き倒し、何とか難を逃れていた。
「あ、そうそう。言い忘れていたけど……それ、十秒ごとに自動で発動するようにしたから、気を付けた方がいいよ」
リチェルカーレの悪魔の如き宣告。頭部を狙って放たれる空間爆撃が定期的に自動で発動する。
リーヴェ以外の三人は死んでも復活が可能だが、その能力を使っている側のリーヴェが一撃でも受ければ命運は尽きる。
とは言え、三人の復活も『リーヴェの魔力が続く限り』なので、何度でも死ぬ事が出来る訳ではない。
「ちょっと待て、ヘクセ以外アレを感知できないんだぞ……どうしろってんだ!?」
ヘクセは魔術に長けているだけあって、ごく微量の魔力でも感知する事が出来る。
だが、他の皆はそこまで感知の精度が高くないため、空間爆発の予兆を感じ取る事が出来なかった。
「爆発する位置が固定されてから実際に爆発するまでにタイムラグがあるわ。だから、動き続けていれば何とか回避できるはずよ」
三人はヘクセの言う通り、常に動き続けながらリチェルカーレとの距離を詰めていく。
その間も、相手からは容赦なく次々と様々な攻撃魔術が飛んでくる。これらに加え、十秒ごとの即死攻撃。
彼らは頭の中で秒数を数えつつ、絶対に食らってはいけない攻撃を喰らわないように意識し続ける。
「そう、その調子よ! みんな、しっかりと避け――」
自分の合図が無くても空間爆発を避けられるようになった事に気を良くしたヘクセの頭が弾けた。
瞬時に復活するも、確実に回避したはずの爆撃をまともに受けてしまった事で頭が混乱する。
「残念。爆発する位置を決めてからも動かせるんだよ。この通り、回避したのに合わせて追尾する事も出来る」
ヘクセの目論見が外れる。それでは、いくら回避しようとも意味がないではないか――。
「安心するといい。今のは調子付いてるキミをアッと言わせたかっただけさ。基本的には位置を固定してからは動かさないようにするよ」
回避した所を狙い撃ちする事も出来たが、今までわざとそれをやらなかったのだ。
そして今後もするつもりがない。リチェルカーレは未だに彼らを相手に真剣勝負の土俵に立っていなかった。
「せっかくだし、もっと緊張感を付けようか」
そう言って指を鳴らすと、素早くヴェスティアの懐へと潜り込み、手刀で身体を切り裂いた。
速さを自慢するヴェスティアが全く反応出来ない程の速度で一撃を加え、再び元の位置へと戻る。
「へっ、いくら切り裂いても無駄だ。俺達は何度だって再生……再生――しねぇ!?」
「いい加減鬱陶しくなってきたから封じさせてもらったよ。今からは一つしかない命を懸けて向かってくるといい」
「やるしかない……か」
ムスクルが重々しく口を開く。今までリーヴェの能力が無ければ両手の指では数えきれないほど死んでいる。
そんな凄まじく難易度の高い戦いを、これからは一回も死なないで戦わなければならない。
「鳥は翼を失った」
続けてリチェルカーレが呪文を唱える。同時、遥か彼方まで広がっていた世界が急に閉じられる。
前後左右、見渡す限りの場所が真っ白な壁に囲まれた。その壁は遥か天まで貫いており、星空が円形状になっていた。
つまり、この世界は『円柱状』のフィールドの中に隔離された事になる。
「この世界を閉じる呪文を唱えた。あの白い壁は『無』だ。全てを消しながら徐々に内側へと迫ってくるよ。さぁ、どうする?」
「世界を閉じる……? という事は、まさかここは……」
ヘクセは察した。ここは空間転移で連れてこられたル・マリオンの『別の場所』などではない。
ましてや自分達の世界のウユニ塩湖などではない。ここはリチェルカーレが作り出した『彼女の世界』だ。
そうでなくては『世界を閉じる』などという常識外れの魔術など駆使できるはずがない。
「……察したようだね。ここはアタシが塗り替えた空間さ。アタシが好き放題するための場所だよ」
「好き放題するための場所……? もしかして、領○展開みたいなやつか?」
現代日本から転移してきたヴェスティアは、自身が読んでいた有名な漫画で思い当たるものを口にしてみる。
しかし、外国人のヘクセもリーヴェも例えが分からず、同じく日本人であるが漫画とは無縁なムスクルも良く分かっていない。
そして異世界の人間であるリチェルカーレも同様だ。ヴェスティアは「言うんじゃなかった」と内心で後悔した。
「と、とにかくそういうようなものだと解釈は出来た。だったら対抗策は簡単だ」
「……一応聞いてあげるわ」
「こっちも対抗して空間を塗り替えすんだ。より強い力で上書きすれば……」
「アレより強い力が何処にあるっていうのよ」
今まさにリチェルカーレからフルボッコされている最中の四人。実力差は明らかだ。
そんな相手を上回る力を出せるのであれば、そもそもこの勝負に勝っている。
「とにかく、この世界が閉じる前に何とかしないと私達も『無』に帰してしまうわよ。いちかばちか仕掛けるわ」
会話している間も十秒ごとの自動攻撃を警戒しているため常に動きながら会話を続けている四人。
その様はまるで新手のダンスユニットのよう。それが面白いのか、リチェルカーレ自身は攻撃の手を止めて様子見している。
「ふふ。何かを決めたようだね。いいよ、受けてあげようじゃないか……おいで!」




