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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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216:コンピュータールーム

 そこは、何ともル・マリオンの世界観にそぐわない異質な部屋だった。

 外壁を埋め尽くすように多量の精密機器が並び、室内にはパソコンとデスクが並んでいる。

 一言でいうのであれば、コンピュータールーム。そんな場所へ、まさに今――


「へぇ、見た事もないモノが沢山並んでるね。これが異邦人の文明かな?」


 ――来訪者が降り立った。



 転移先に降り立った少女・リチェルカーレがその風景に驚く。

 彼女にとって竜一の住んでいた地球は異世界であり、未知の領域。当然、その文明利器も同様だ。

 故に今、彼女の前には知的好奇心をたまらなくそそるものばかりが目に映っている。


「な、何もn――」

「侵入s――」


 中で作業をしていた、白衣の研究員と思われる者達がリチェルカーレの姿に気付く。

 しかし、彼女の姿を認識したその先から、電源を落とされた家電の如く停止し、その場に崩れ落ちていく。

 奥の方で作業をしていた者達も同様だ。室内全ての者が、一瞬で気を失って倒れてしまう。


「うるさい。アタシは今、歓喜に打ち震えているんだ……。それを邪魔するのは、野暮だと思わないかい?」


 一瞬で爆発的な力を放出し、その衝撃により相手の意識を奪う。言い換えれば超強力な威嚇や威圧のようなものだ。

 卓越した実力者が加減なしに行えば、気を放出しただけで広範囲に渡る者の命さえ奪う事が出来てしまう。

 コンクレンツ帝国で死者の王が行ったものは、いわばそれの究極系だ。死の力を宿す事で超広域殲滅技と化すのだ。


「安心しなよ、殺しちゃあいない。後々にこの部屋の事も聞きたいしね。さて」


 リチェルカーレが目を向けたのは部屋の中心部。そこにはサークル上の舞台が用意されていた。

 三十センチほど高くなっているその場所には、全身タイツの如き黒い衣装を着用した人物が倒れている。

 所々にラインが描かれ、沢山の小さな機械が付いたその服は、モーションキャプチャーのスーツだ。


 頭部には全てを覆い隠すようにゴテゴテした機材が装備されており、その顔を窺い知る事は出来ない。

 だが、リチェルカーレは確信していた。この倒れている人物こそがテレーグの本体であると。

 そのためか、彼女は倒れている人物の腹に容赦なく……とは言え、死なない程度には抑えた蹴りを叩き込む。


「がふっ! おげえぇぇぇ……!」


 フルフェイス機材の中で嘔吐したためか、隙間から吐瀉物が溢れ出る地獄絵図。

 呼吸器が塞がれた事で呼吸困難に陥ったのか、必死で手を動かしてヘルメットを外そうとする。

 しかし、彼がいくら必死でガチャガチャしても全くビクともしない。


 実はこのヘルメット、ロックが電子式であり、吐瀉物で機能が壊れてしまっていた。

 あまりの見苦しさに見かねたのか、リチェルカーレがヘルメットを破壊する。


「ゲホッゲホッ! はぁ、はぁ……た、助かっ――」

「てへ、来ちゃった♪」

「なっ!? なんでお前がここに!?」


 晒されたテレーグの素顔は、生意気そうな吊り目のまだ少年と呼べるようなものだった。

 ようやく息苦しさから解放されたテレーグが目にしたのは、先程砂漠で対峙していた魔女の姿。

 彼からすれば『絶対この場に居るはずのない存在』が、突然目の前に出現した事になる。


(僕は逆探知を警戒して対策は取っていた。遠隔操作も、魔力を辿られないように現地で自立起動するようにしていたし、映像や音声のやり取りも魔力は用いていない)


 テレーグは元々の世界の文明利器をゼロから作り出す事が出来る特殊能力を持っていた。

 故に、この世界では決してあり得ない、二十一世紀レベルのコンピュータールームを作り出す事が出来た。

 そして、その力とこの世界の技術を組み合わせ、様々な戦闘メカを生み出してきた。


 ル・マリオンにおいて近代文明は存在しない。その前提で、戦闘メカには地球の技術をふんだんに取り入れて作っている。

 魔力などのこちらの世界では当たり前の『力』は探知されるであろうと考え、音声や映像などをやり取りするにあたっては電波を用いていた。


(そう言えばあの異邦人、銃を使っていたな。彼も文明利器を扱う能力者なら、電波を探知できたとしても不思議じゃない……。だが、そんなそぶりは無かった)

「不思議かい? 魔力による遠隔操作でもないし、こちらの世界では探知されない技術を使っていないのに、なぜ探知されたのか」


 テレーグの心中を見透かすように、リチェルカーレがニヤニヤとしながら言葉を発する。


「……あの人形はキミ自身が作ったものだろう?」

「当然だろう。アレを作る事が出来るのは僕以外には居ないからね」

「だろうね。あの人形には作り手であるキミの残滓が残っていた」

「僕の残滓……?」

「キミ自身の存在の痕跡と言っていい。魔力や法力、闘気などと言ったものとは違う、命そのものとでもいうべきものさ」


 リチェルカーレのいう『残滓』とは、いわば生命体が生命体である以上は絶対に存在するもの。

 故に探知を逃れるのは不可能。とは言え、それを探知する事が出来るレベルの術者は極めて少ない。

 物に宿った記憶を読み取るサイコメトラーの如く、対象に関わった人間を洗い出す事が可能だ。


「そ、それを探知できたからって……どうして僕の居場所が分かる!? ここはあの砂漠から数千キロは離れてるんだぞ!」

「残滓と全く同じ存在は本人以外にあり得ない。世界全土に捜索範囲を広げれば、必ず発見できるさ」

「この世界の全ての者を調べた……だって? 馬鹿な、そんなデタラメな……」

「あとは空間転移で距離など関係なく移動できる。空間転移自体はキミ達も使っていただろう?」


 リチェルカーレの探索範囲は世界中に及ぶ。この広いル・マリオンからたった一人の人間を探し出すなど造作もない事。

 そんな彼女が本気になれば、広大な砂漠に埋もれた『特定の砂の一粒』を探し出すような事すらも出来る。


「はは、なんだよそれ。こっちの世界にもチートが居るのかよ。異邦人だけの特権だと思ってたよ」


 異邦人達は、こちらの世界へやってくる際に特権ともいえる何かしらの特殊能力を授かる事になる。

 加えて彼らは邪神の力により潜在能力を開放され、その特殊能力をさらに伸ばしている。

 テレーグも勇者として召喚されたばかりの頃は、さすがにゼロから作り出せる能力を有していなかった。


 しかし、ル・マリオンという世界は、残酷にも様々な時代において規格外の存在を幾人も生み出している。

 勇者の特殊能力を以ってしても、潜在能力を開放してもどうにもならないような存在が、わずかばかりとは言え存在する。


「けど、僕も『邪悪なる勇者達』の一桁だ。そう簡単に行くとおも――」


 殴りかかろうと振りかぶった右腕が、何の前触れも無く唐突に根元から千切れ飛ぶ。


「ぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 今までずっと遠隔操作のメカで痛覚を消してダメージを無視して戦ってきたテレーグ。

 そんな彼が初めて本体に受けたまともなダメージ。しかもこの上ない重傷だ。

 こらえきれない程の凄まじい痛みに思わず声が出てしまい、みっともなく床を転げまわる。


「痛い! 痛いっ! ひいぃぃぃぃぃぃ!」

「腕一本飛んだくらいで情けないね。リューイチはうめき声一つあげないよ?」


 続けて右腕の切断面をかばうように押さえている左腕も切り飛ばす。


「■■■■■!!!」


 元々のテレーグからは想像も付かないような、獣の鳴き声のような絶叫が響く。

 足をバタバタさせてその場から少しでも遠ざかろうとするが、氷の如き射貫く視線に身が竦んでしまう。


「……見苦しいね。ついでだ、足も頂くよ」


 足を頂くと宣告をされたが、テレーグからすれば何をどうやってそれが行われたのかが全く分からない。

 故に回避しようも防ぎようもなく、ただ両足が切断されるまでのわずかな時を恐怖に震えながら待つしか無かった。


(あぁ、どうしてだろう。召喚された時の事を思い出すなぁ……)



 彼は元々『敵を倒すため』ではなく『国を発展させるため』の存在として召喚された。

 そのため、向こうの世界に居る時から物を作るクリエイト活動をしていた彼が条件に適合した。

 ル・マリオンに召喚されてからの彼は、創作欲を掻き立てられるままに様々なものを作った。


 国のために生活必需品や利便性を高める道具を作り続けた彼だったが、本来の彼の趣味はプラモデルだ。

 故に、それらのようなメカやロボットを作りたいという欲求が高まっていき、手始めに武器を作り出してしまう。

 魅力的な武器は使いたくなるもの。それに魅せられた者達により、国の治安は徐々に悪化。


 国がテレーグを危惧し始めたのを尻目に、彼自身はさらに過激になっていき、戦闘用のアイテムを次々開発していく。

 そんな彼が国から追放される事になるのは自明の理だった。しかし、彼はそれを特に恨みもしなかった。

 創作において必要なのは、環境や素材以前に、まずは『己の身』である。自分自身が無事であれば追放も気にしない。


 むしろ、国の後ろ盾と言う縛りが無くなった事で、より自由に物を作る事が出来るようになったとも言える。

 彼が『邪悪なる勇者達』の勧誘を受けたのは、そうして解放の喜びに舞い上がっている時だった。

 さらに能力を強化され、ついには地球の文明利器を生み出せるようになった彼を止める者は居なかった。



(ここでの活動は楽しかったな……。好き放題に作っていいんだもん。もっと、もっと凄いのを作りたい……)


 走馬灯に想いを馳せると共に、両足が吹き飛ぶ。テレーグはもうこの時点で生きるのを止める事にした。

 厳密にはまだ生命活動は停止していない。しかし、四肢を切断され耐えがたい痛みが襲い続ける地獄に耐えられなかった。

 彼の特殊能力は己の身体を強化・回復する系統ではない。ただの人間と同等の耐久力で、ここから持ち直す術はない。


「さて、彼をお土産にここの主様へとご挨拶に行こうか。楽しい事が待っているといいな」


 リチェルカーレはテレーグの髪をむんずとつかみ上げると、そのまま引きずって部屋を後にする。

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