214:黒幕を倒したその後
「一応、これで黒幕は倒した……んだよな?」
「そうだと思う。あちこちに散ってる魔物達やモンスター達はただ暴れてるだけだろうし」
テレーグを塵にした竜一達は、束の間の休息を取っていた。
「って、私達の主目的はアレですよ! 黒幕を倒して終わりではありません!」
ラウェンが指し示す先には、未だに瘴気を放出し続けている空間の穴。
かつてル・マリオンにやってきた魔族によって開けられてしまった、魔界と繋がる穴だ。
今回の戦いの最終目的は、その穴を閉じる事で今後の憂いを断つ事だった。
「とは言っても、どうすればいいんだ? ラウェンはどうにか出来るのか?」
「空間魔術に関しましては、私などまだまだ理論すら理解できていません。八属性とは難度の次元が違い過ぎます」
「やはり、この穴を閉じるために空間魔術の習得を試みているアルヴィさんを待つしかないのか」
技量的な意味では、リチェルカーレであれば空間の穴を塞ぐ事くらい容易くやってのけるだろう。
しかし、竜一は彼女が干渉しない事を知っていた。もし彼女が最初からやるつもりであれば、このような回りくどい事をせずさっさとやっている。
今回はあくまでも『当事者の問題』として、当事者であるアルヴィ自身に解決させるつもりであるが故に、裏方に徹しているのだ。
「……師匠、早く戻ってきてください!」
「リチェルカーレの話では、荒療治として異空間に放り込んだって話だが」
「異空間に放り込んだって言うけど、一体どうやって出てくるのよ……」
「空間魔術を会得するしかないだろうな。でなければ、異空間から出られない」
なかなか習得できないのであれば、習得せざるを得ないような極限状況に追い込む。
竜一も荒行と称して『死と痛みに慣れる』ために、長時間に渡って多種多様な方法で容赦なく殺され続けた。
リチェルカーレの課す修業は、基本的に厳しいとかそういう次元を遥かに超えた『地獄』であった。
「リチェルカーレの事だから、アルヴィさんに『本気で出ようと思えば出られるハズ、出られないのは真に出る気がないからだ』とか言ってそうだな」
「凄い暴論ね。でも、元々の世界でもそういう体育会系脳は居たわね。本気で何事も『気合で何とかなる』とか思ってる奴」
体育会系が嫌いなのか、ハルは苦虫を噛み潰したような顔でそのような事を口にする。
一昔前までは当たり前のようにそれがまかり通っていたが、時代が進むにつれて徐々に根性論は否定されつつある。
しかし、古き良き伝統として未だに好む者は多く、そんな者にいいようにされて命すら落とす者も存在する。
思い出したくない事でもあったのか、一瞬ハルから闘気が滲み出る。
それに反応するかのように、空間の穴から放出されていた瘴気がピタリと止まった。
「瘴気の放出が、止まった……?」
「おいハル、一体何をやらかしたんだ?」
「べ、別に何もしてないわ。ただ嫌な事を思い出してムカッとしただけよ」
「気を付けてください。この反応……来ますよ」
一人だけ状況を把握していたレミアが、皆に警戒を促す。
昔から魔物と戦い続けてきた身だけあって、空間から魔物が出現する際のパターンも知っていた。
『ゲギャ!?』
穴から放り出される一匹の魔物。その容姿は、一言で言えば二本角の生えた大型の猿だった。
砂で尻もちをつき、辺りをキョロキョロと見回した後、竜一達に目を付けて狂気的な笑みを浮かべる。
『美味ソウナ餌、見ツケタァ……! 全部喰ッテヤ――』
猿の魔物が腕を振り上げた瞬間、ドスッと鈍い音と共に、その首へ一本の剣が突き刺さる。
『こら! 勝手に投げるな!』
「愚痴なら後でいくらでも聞きますから、浄化をお願いします」
『もー! 仕方ないわね』
魔物の首に突き刺さったのはシルヴァリアスだった。レミアの指示に従い、その刀身が眩く発光する。
闇の存在である魔物にとって光は天敵だ。シルヴァリアスの秘める力量ともなれば、低級の魔物ならば一瞬で塵と化す。
役目を終えた後は自動的に舞い戻り、鞘へと納められる。投擲しても戻ってくるのはシルヴァリアスの利点だ。
「こんな感じで、穴を放置すれば魔界からどんどん魔物が迷い込んできてしまいます」
「のんびりしている暇もないという事ね。とは言え、アルヴィさんがいつ戻ってくるか分からないのでは……」
「師匠……私は無事に空間魔術を会得して戻ってくると信じています」
ドォン! ドォン!
突然、まるで間近で尺玉でも炸裂させたかのような轟音が響き渡る。
その音は空間を震わせ、竜一達が肌でビリビリ感じるほどの衝撃となって拡散する。
砂もその勢いで舞い上がったため、ラウェンがとっさに魔術でバリアを構築。
「見て下さい! 空間がひび割れています……!」
同時に起きた異変に気付く。空間の穴とは別に、空中にひび割れが発生し始めている。
ひび割れが増え、大きさが増す度に轟音と衝撃が発生していた。
「何だアレ、白○げの能力か?」
「え、白○げの能力ってあんな感じなの!?」
竜一が思い至ったのは、超人気漫画作品のあるキャラクターが使う能力だった。
ハルもそのキャラクター自体は知っているようだが、能力に関しての知識はなかった。
「ハルもワ○ピース読者だったか。でも、白○げの能力を知らないとは……読むの途中でやめたのか?」
「仕方ないじゃない。私が飛ばされたのは二千年代初めなのよ。ようやくア○バスタ編が終わったくらいだわ」
「……それは済まなかったな。俺はもう少しばかり後の時代なもんで、話も進んでるんだよ」
「くぅぅ~、いつか絶対に続きを読んでやる!」
向こうの世界で既に死んでいる竜一と異なり、ハルは生きたままこちらの世界へ召喚された存在だ。
その気になれば向こうへと帰り、望むようにワ○ピースの続きを読む事も出来るだろう。
竜一はもう戻れない。既に未練は断ち切っていたはずだが、ワ○ピースの結末に関しては少し気になるのだった。
「二人とも、気を張ってください。起きているのは、只事ではありませんよ……!」
レミアの表情に緊張が走っている。オリハルコンすら斬れる力があっても警戒を解けない事態が起きている。
「明らかに空間の『向こう側』から何者かが干渉しています。とてつもない『何か』が現れるような」
ついに空間の一部が大きく破損し、内側から割れた空間の端をつかむように一対の手が現れる。
その手は人間を思わせるような小さなものだったが、手の甲には血管が浮かび上がっており、激しい力が籠っているのが分かる。
その様相は、まるでガタついて動かない両開きのスライドドアを無理矢理開こうとするかのようだった。
「と、とりあえず阻止しましょう。えいっ!」
ラウェンが火の弾を放ち、空間を開こうとする手の右手側に着弾させる。
一瞬手が離れたものの、再び空間に手が掛けられ、先程よりもさらに強い力で空間が引き裂かれる。
その際の衝撃でレミアを除く一同は転倒してしまうが、レミアはその隙に攻撃を仕掛けるでもなくじっと様子を見ている。
「レミアさん! 今のうちに攻撃して敵を追い返さないと……」
焦るラウェンだが、レミアは穏やかな笑みを浮かべて衝撃的な事を告げる。
「あれは敵ではありませんよ。シルヴァリアスが教えてくれました。あの者からは清らかな気を感じるそうです」
「清らかな……ま、まさか……!」
ビキビキと空間の穴が広がっていき、まるでガラスが割れるかのように一気に大穴が開く。
穴の中から現れたのは、全身から神々しい光を放つ女性だった。その身には何もまとっておらず、長い髪が風に揺られなびいている。
「……師匠ぉ!?」
ラウェンが絶句する。その容姿は、確かに彼女の師匠であるアルヴィース・グリームニルだった。
しかし、衣類は何も着用していない上に、よく見ると全身が汚れておりネバネバした液体が付着している有様。
その影響か表情も虚ろで、視界にラウェンを捉えるとゆっくりと手招きし、自身のもとへと呼び寄せる。
あまりの雰囲気に恐ろしさを感じながら近づいていくと、アルヴィはラウェンの顔面をわしづかみ。
「ラ~ウェ~ン~? さっき、私の手に火を放ったわよね……?」
「えっ!? あ、その……」
「アレであそこから出られなくなったらどうしてくれるのかしら……?」
ギリギリと弟子の顔面を締め付けながら、恨み節を吐くアルヴィ。
「私は、もう最後の最後のヤケクソでようやく空間に穴を開けたところだったのよ」
そこにはもはや優しくて穏やかな、エルフの里で見たアルヴィの姿は存在しない。
「もしあの時に脱出を阻止されていたら、私は永遠にあの空間に閉じ込められていたかもしれない」
怒りと同時に、恐怖と苦痛に顔を歪ませながら、恨み節を吐く。
「貴方にも体感させてあげるわ、あの地獄の世界を……」
「ア゛ッ!? ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
ラウェンが絶叫する。叫び声すらも凛としていた彼女からは想像できない程のおぞましい声が放たれる。
身体をガクガクと震わせながら、つかまれた顔からはあらゆる液体を垂れ流し、股間にも徐々に染みが広がっていく。
喉が枯れるほど叫んだ所で、ラウェンはアルヴィの手から零れ落ちるように崩れ、その場へと倒れ伏してしまう。
そしてアルヴィ自身もその場へとへたり込んでしまい……
「うえぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~!!!」
……堰を切ったように大泣きし始めてしまうのだった。




