213:最優の金属
『攻撃ヲ開始シマス』
機械的な音声に切り替わったテレーグが、右手を前へと突き出す。
(この構え、まさか……)
竜一が嫌な予感を感じた直後、ジェット噴射と共に発射される右手。
「やっぱ実装されてたかロケットパンチ! 何と言っても男のロマンだもんな!」
感心しながらも横っ飛びで回避するが、今度は着地点を狙うかのようにビームが着弾する。
ロケットパンチを放った事により開いた手首が放出口になっていたのか、断面の穴が煙を噴いていた。
「危ねぇ!」
着弾の瞬間に魔力を全身に纏わせてバリアとし、直撃は避けた。
しかし、竜一の無事が確認されると同時、今度は両目からビームが放たれる。
「腕ビームより早い!?」
マ○リックスの如く身体を逸らして回避するが、それは同時に大きな隙でもあった。
テレーグが左手を前へと突き出し、竜一へ追撃を放とうとするが――
「……させないっ!」
ラウェンが氷の弾を放ち、側面から飛ぶ左拳へ直撃させ、飛来する軌道を逸らす。
通常の魔術は通じない強固な装甲でも、氷のように物理的な固体をぶつけて干渉する事は出来る。
単一属性の使い手であれば詰むような状況であっても、複数属性の使い手ならば対応が可能。
「助かったよ、ラウェン。で、コイツ……どうする?」
邪魔してきたラウェンを敵として認識したのか、左手首のビームはラウェンに向かって放たれた。
しかし、竜一が撃たれた状況を見ていたので、瞬時に防ぐに足る魔力を練ってバリアを形成し、あっさり凌ぐ。
「彼の言う事が事実であれば相当に厄介ですね……。オリハルコンと言えば『最優の金属』ですから」
「最優の金属? もしかしてこの世界のオリハルコンは『最強の金属』じゃないのか?」
「金属は様々な点から質が評価されます。例えば、硬さで言えばこの世界にはオリハルコンを砕ける程に硬い金属は存在します」
竜一とラウェンはテレーグの猛攻を凌ぎつつ、会話に興じる。
「他にも加工性、魔術との親和性など、様々な評価項目がありますが、それぞれの部分でオリハルコンより優れた金属は存在します」
「なるほど。つまりは一点だけが非常に優れているが、他の部分は正直微妙な性質……ってところか」
「えぇ。それらの金属の最も優れた部分を百二十点とするならば、オリハルコンは全ての性質が百点と言った感じです」
「だから『最優の金属』か。目立った弱点もないが突出した部分もない。しかし、全体的な水準が非常に高い」
回避や防御を繰り返すうち、テレーグの身体の様々な場所がオープンになっていく。
身体中に何かしらの発射口が取り付けられており、それらが次々に解禁されているが故の事だった。
その様はまるで全身武器庫。足元には外れたフタと思しき金属片がいくつもこぼれ落ちている。
「興味深い。いつかは武器や防具の製造も見学してみたい所だな……っと」
竜一は再び銃を手に取り、テレーグの体に空いている発射口の一つを目掛けて弾を打ち込む。
すると、発射口の奥に命中したのか、小さい爆発と共に黒い煙が噴き出す。
「やっぱりか。攻撃に転じて次々と武装を展開させているがために、フタとなっているオリハルコン装甲を外してしまっているんだ」
「と、いう事は……。装甲の外れた部分であれば、私の魔術も通じるかも……」
「よし、二人して狙える場所を狙ってみよう!」
「わかりました。私も貴方のそれに倣い、石の礫でやってみましょう」
竜一は己の銃で、ラウェンは魔術で石を作り出し、それを風の魔術で次々と打ち出していく。
相手の打ち出すビームをバリアで弾いたりかわしたりしながら、テレーグの身体に空いた発射口を狙い撃つ。
ヒットする度に小さな爆発が起こり煙が噴き出すのだが、テレーグの動きは止まらない。
それもそのはず。あくまでも竜一達がダメージを与えたのは、表層の武装の部分に過ぎなかった。
武装の奥に隠れた主要な機関を守るため、内部にもオリハルコンによる防御が施してあった。
そして、武装を失ったテレーグは攻撃を近接へと切り替えたのか、素早く竜一に接近して腕を振るってきた。
幸か不幸か拳が既に射出されており、腕の発射口も破壊しているため、リーチは短くなっている。
とは言え、振り回されるのはオリハルコンで造られた腕だ。その威力たるや、並の凶器を振り回すどころではない。
武器で防御すれば武器の方が砕け、魔術で防御したとしても容易に打ち破られ、生身は言わずもがな。
だが、それでもあえて竜一はテレーグの腕を己の銃で受け止める。
もちろん考え無しに受けた訳ではなく、あえて銃に腕をぶつけさせて軌道を逸らすためだ。
正面からまともに受ければ砕けるような威力も、当て方一つでいなす事が出来る。
それによって姿勢を崩されたテレーグの背中を蹴りつけ、砂へとその身を叩きつける。
続けて手榴弾をいくつか取り出して砂地を爆発させ、テレーグを砂へと埋めた。
「ハル、もう大丈夫そうか?」
「え、えぇ……。私とした事が、油断して手痛いのをもらってしまったわ」
「奴はまだ破壊できていない。今のうちに何か対策を――」
竜一が言いかけた所で、大きく砂が舞い上がりテレーグが立ち上がった。
剥き出しとなった発射口などに砂が入り込み、サラサラと流れ落ちているのが見える。
「やれやれ。これで『ギギギ……』とかなってくれたら助かったんだが」
銃弾や石の礫を打ち込んだ時と同様、砂が動きに影響するような主要機関に入り込む事は無かった。
何とかテレーグの攻撃を凌ぐ事は出来る状況ではあるが、向こうは疲れ知らずの人形。
このまま続けていても竜一達は力尽きてしまう。リチェルカーレのような、規格外の破壊力が必要だった。
(……その役目、私にお任せを)
竜一の心中に聞き慣れた声が響くと同時、彼の後方で砂が大爆発した。
空高く舞い上がる砂塵の中から姿を現したのは、白銀の鎧に身を包むレミアだった。
「申し訳ありません。先程は勢いを付け過ぎてしまい、彼方まで飛んで行ってしまいました」
「やっぱり、さっきゴーシュって魔物をブチ抜いていったのはレミアだったのか……」
レミアは「?」という顔だ。実は、高速移動中に魔物を倒したという認識が全くなかった。
竜一も今更塵と化した魔物の事などどうでもいいので、深くは言及しなかった。
「で、アレをどうにかすればいいのですね?」
「どうにか……って、オリハルコンで作られた人形よ。どうにかなるの?」
「オリハルコンなど、この神の作りし武装シルヴァリアスにかかれば脅威にもなりません」
レミアは軽く跳んで剣を一振り。すると、まるで木の人形でも斬ったかのようにあっさとテレーグの首が飛んだ。
「神の作りし武装……。さすが上位存在がお造りになったアイテムは次元が違いますね」
『ふふん、当然よ! 下界の金属如きと一緒にしてもらっては困るわ!』
シルヴァリアスがドヤるが、彼女の声は今の所持ち主であるレミアと、他には竜一しか聞こえない。
せっかくラウェンが誉めてくれても、シルヴァリアスのそれに対する反応は全く届かない。
しかし、シルヴァリアス当人にとってはその辺どうでも良いらしく、誉め言葉を受け取った時点で満足していた。
「相手は『人形』だ! 首を斬った所でまだ動くぞ……!」
竜一はレミアにテレーグの事を伝えたかったが、遠隔操作されているロボットあるいはメカなどと言っても分からないと判断した。
無難な所として『人形』と言う形で伝えたが、それでレミアに『敵は生物ではない』と言う事が伝わったかどうか。
「ご安心ください。時に油断は死を招きます。万が一の事が無いよう徹底的にやっておきました」
レミアがその場で剣を一振りすると同時、テレーグの身体がいくつもの破片へと分断された。
首を落とすのと同じくして、身体の方もしっかりと刻んでいたのだ。レミアの前に、もはや金属の強度など関係なかった。
竜一達がいくら狙っても全く打破出来なかったオリハルコンが、今や砂漠に散らばるゴミクズと化している。
「……オ、オリハルコンで全く防御出来ないなんて」
レミアがかつて戦ってきたのは冒険者ランクSの世界。それこそ、戦う敵も次元が違う。
例え細切れに解体しようが、何事もなかったかのように元に戻るほどの驚異的再生力を誇るモンスターも少なくない。
故に『首を落とした程度』で一息ついてなどいられないのだ。それは、弱い敵が相手であっても変わらない。
(ドラゴンを倒すほどの実績がありながら、ゴブリンに殺された同業者も居ますからね)
それはレミアの教訓でもあった。戦闘態勢に無い者は、例えSランクの力があっても常人と変わらない。
だから常在戦場を心掛ける。真に上位ランクに座す者達は、既に常人である事を辞めている。
「さて、仕上げと行きましょうか」
右手を天に掲げ、そっと手を振り下ろすと、天の彼方から一筋の光が降り注ぐ。
それはテレーグの破片が散らばっている辺りを直撃し、砂漠に大きく深い穴を穿った。
完全なる消滅。そこまでやって、ようやくレミアに一時の安息が訪れる。
「それで、この後は一体何を……?」




