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019:悪意に返す悪意

「はははっ、馬鹿だね……スキだらけだったよ」


 いつの間にか捕縛から脱していた野盗の女が笑う。傍らにはナイフで首を刺された竜一が倒れている。

 その竜一の血で塗れたナイフをリチェルカーレに向けて、野盗の女は宣言する。


「連れの男は始末した! 次はアンタだ!」

「……詰めが甘いね。いっその事、リューイチを刺してそのまま無言で仕掛けるべきだった」


 リチェルカーレがそう言った途端、女の両手首と両足首が黒い穴に引きずり込まれ、大の字で拘束される。


「な、なんだこれは!?」

「忘れたのかい。さっきもこれでまとめて捕らえてやったじゃないか」


 女は必死で手足を動かそうとするが、万力で固定されたかのように動かない。


「にしても予想通りだったね。やっぱりキミは『山岳の荒熊』の構成員だったか」

「……気付いていたのか!?」

「あの状況で一人だけ怯えでは無く怒りと悪意を放っていたからね」

「知っていて泳がせたのか。でも、連れの男が犠牲になってしまったし、高くついたんじゃない?」

「そうだね。だから、報復のひとつくらいはさせてもらうよ」


 リチェルカーレが指を鳴らすと、両手を拘束していた黒い穴が消失した。と同時、穴の中に消えていた女の両手も消失した。


「ぐあぁっ! お、お、お、お前ぇ……何をしたぁっ!?」

「空間を閉じたのさ。その際、境目にあったものは問答無用で切断される。それは人体も例外じゃない」


 一瞬にして両手を失った女が慟哭する。その痛みたるや尋常なものではない。

 足を拘束されたままその場にくずおれて、ひたすらに痛みを叫びで誤魔化していた。


「さて、リューイチ。その辺に居るんだろう? そろそろ身体を再構築して戻ってくるといい」



 ・・・・・



 ――少し時は遡る。


 野盗の女に首を刺されたらしい俺は、なす術も無く絶命した……と思ったんだが、どうにも様子がおかしい。

 と言うのも、俺は現在半透明の存在となってリチェルカーレの近くに浮いていたからだ。これがミネルヴァ様の言っていた状態だろうか。

 ならば『身体の再構築』を願えば元に戻れると言う事か。だが、二人のやり取りを見るに、もう少し待ったほうが良さそうだな。

 幸いにも俺の姿は見えていないようだし、この場で俺が目覚めるとややこしいことになりそうな気がする。

 それに、リチェルカーレは俺の状態を知っている。もしかしたら、今されているやり取りもそれを踏まえた上での芝居なのかもしれない。


 瞬く間に女の四肢を拘束し、挙句容赦なくその両手を引きちぎる……まさに鬼畜の所業。

 その直後に俺への呼びかけ。見えずとも近くに漂っている事は察せられていたようだ。


『さて、身体の再構築を願えば元に戻る……とは言ったもののどうすればいいんだ。切実に戻りたいと願えばいいのか?』


 お願いしますミネルヴァ様。もう一度蘇って旅の続きがしたいです。お願いします、どうか……



 ・・・・・




 輝きと共に俺の身体がふわりと浮き上がり、傷が再生された上で地面に下ろされ、その足でしっかりと大地を踏みしめた。

 どうやら無事に蘇る事に成功したようだ。とは言え、先程首を刺された際の激しい痛みが記憶に残っている。

 やはり、蘇るとは言ってもそういう部分のリスクは無くならないようだ。リスクが無かったら、それこそ命の重みすらも無くなってしまうからだろうな。

 この時点で既に常人の域ではないが、躊躇い無く命を使い捨てるようなやり方をするようになってしまってはもはや思考が人間のそれですらない。

 自発的に命を投げ捨てるような真似は、極力しないように心がけよう。あと、蘇るからといって油断しないように気をつけねば……。


「う、ぐ……。よ、蘇っただと!? そんな馬鹿な……」

「残念だが、俺が死んでも世界がそれを許してくれなくてな」


 ビシッとポージング付きで決めて見せるが、女は白けた表情でこちらを見るのみ。

 リチェルカーレに至っては笑いをこらえている始末。コノヤロウ……。


「ま、まぁ油断していた俺が悪いのだから、別に俺を刺した事を責めるつもりは無いが」

「ぷっ、ふふふ……。あのお頭も言っていたけど、アタシらに絡んだのが運の尽きだったのさ」


 気を取り直してリチェルカーレが治癒魔術で女の両手首の止血をし、足の拘束を解いて立ち上がらせる。

 さすがに切断された両手首を吹きっ晒しにするのは見ているこっちが痛々しいので、急遽召喚した包帯を巻いてやる。


「完全に血が止まった上に傷みが無くなった……? なんて高度な術なんだ……」

「次、何かやったらどうなるか……察しは付いていると思うけど、大人しくしている事を勧めるよ」


 先程は自分達の背後に置いていたから、今度は自分達の前を歩かせる事にした。もちろん、また何かやらかさないように縛っている。

 縄程度じゃ再び抜け出してしまうかもしれないので、召喚した鋼製ロープを利用させてもらった。普通なら工具でどうこうするものだが、リチェルカーレの魔術なら問題ない。

 しっかりと拘束した上で、改めてイスナ村に向けて歩き始める。だが、定期的にモンスターが湧いてくるのは先程と変わらない。


 そんな状況で矢面に立たされるのが野盗の女だった。俺もリチェルカーレも一切手出しをしないため、両手を失った状態でなおかつ縛られた女が一人で対処する羽目になっていた。

 しかし、さすがは野盗として生き続けてきた女。巧みな足技でコボルトを一蹴し、猪も上手い事動きを誘導して岩にぶつけるなどしてちゃんと倒している。


「アンタら……鬼か。なんで両手を失った上に捕縛されてる私がモンスター退治をやってんだ」

「いや、別に頼んではいないぞ。嫌ならやらなくていいし、俺らは俺らで対処できるから、無理にとは言わないが」


 とは言え、前方から襲ってきたモンスターがまずターゲットにするのが、前を歩いている野盗の女なのだ。

 別にやらなくてもいいが、やらなければ殺される。死にたがっている様子ではないので、結果としてやらざるを得ないという訳だ。


「……訂正だ、この悪魔共め」

「不意打ちで首ぶっ刺してきた女に悪魔呼ばわりされるとはな。なら、お前は何なんだ」

「ゴミクズでいいんじゃない? 最底辺の世界で生きているような存在だし」

「くそぉ、言いたい放題言いやがってぇ。私にはちゃんと『アニス』って名前があるんだぞ……」

「そうは言うが、お前今まで名乗ってなかったじゃないか」

「足が付くかもしれないのにいちいち名乗る犯罪者なんて居ないだろーが」

「犯罪者という自覚はあるのか。犯罪者に人権なんて無いのに何やってんだよお前は」


 と、俺のその言葉がきっかけとなってか、野盗の女――アニスが自身の話をし始めた。


「私は元々アルバ村って所の出身だった。けど、農産物をイスナ村へ売りに来た帰り、奴ら『山岳の荒熊』に襲われて……」


 この世界だと良くある話らしい。取引を終えた後の商売人は豊富に金を持っているからな……。

 幸か不幸か、金目の物を奪われると共に自身もさらわれてしまったが、他の同伴者は無事に見逃されたという。

 野盗曰く彼女は『大事な商品』との事で、特に暴行を受けたりする事もなく奴隷商に売られる事になった。

 その後、奴隷商の馬車に乗せられていた所をモンスターの襲撃に合ってしまい、その混乱に乗じて逃げ出す事に成功。

 命からがら逃げ出して故郷である村へ帰り着くも、そこで待っていたのはあまりにも非情な現実だった。


 村人達は声をかけても無視、知り合いだったハズの人々に声をかけても知らない人の振りをされ、実の親に『娘はもう死んだんだ!』と言われ、村長にも『野盗に汚された不浄な存在など出て行け!』と追い払われた――。


「……なんだそりゃ。胸糞悪い話だな」

「不浄な存在は村に不幸をもたらすとして遠ざける風習を持つ地域は未だ存在する。おそらくは野盗にさらわれた時点で、逃げ延びた者達がそう判断して伝聞したのだろう」


 実際、野盗のアジトやモンスターの巣から助けられた被害者が、世間から冷たい目で見られるケースは珍しくないらしい。

 人間相手ならばまだいいが、モンスターによる被害を受けた者の中にはモンスターの子を孕んでいる者もおり、適切な対処をしなければ腹を破られて産まれてしまう場合もあるという。


「けど、その時の私はまだ穢れてなんていなかったんだ……商品として大切にされていたし、まだ出荷の途中だったから」


 野盗や奴隷商によっては出荷前に充分な調整を施して、奉仕の術を覚えた性奴隷として送り出す場合もあるらしいが、山岳の荒熊の場合は違っていたらしい。

 知識も経験も無いまっさらな状態の女性にあれやこれやと教え込むのが好きというマニアックな層も居るようだ。俗に言う処女専というやつだろうか。


「それ以外にも、野盗や奴隷商が取り逃がした『商品』を匿えば、報復を受ける可能性がある。だからこそ、自衛のために追い出したのかもしれないね」

「どちらにしろ胸糞が悪いには違いないな。ついでにそのアルバ村とか言う腐った連中もどうにかしてやりたいところだな」

「まぁ、そんな訳で胸糞が悪い村というものを信用できなくなった私は、私をさらった野盗である『山岳の荒熊』へと戻った訳だよ」


 故郷に見捨てられ、他の町村にも知り合いは居ないし、何よりもうそういう人達を信用できない。

 ならば、自分をさらいながらも酷い扱いをせず、少なからず会話もして知り合いとなった者達が居る場所を頼りたくもなるか。


「奴らは優しかったよ。村を追い出された事には本気で怒ってくれたし、私を女だからと慰み者にする事も無く一人の仲間として扱ってくれた。って、そもそも自分をさらってこんな状況に貶めた連中相手に何言ってんだって感じだろうけどさ……」


 犯人と共に長い間同じ時を過ごす事で同情的な気持ちが芽生えるという、ストックホルム症候群みたいなものか……。

 どうやら野盗の側も、アニスに対して同じような気持ちになっていたようだ。でなければ、もう一度奴隷として売り飛ばすなどしていたハズだ。


「で、山岳の荒熊に野盗として加わった訳か。なんでそれがあんな小規模な盗賊団に居たんだ?」

「監視役ってやつさ。うちらの縄張りで余計な事をしないようにってな。あと上納金の誤魔化し防止と」


 元々居た世界でも良くある話か。傘下の組織が余計な事をしたり、不正を働かないように見守る要員を送り込むってのは。

 受け入れを拒んだ時点で怪しいと言っているようなもんだし、もし受け入れたとしても上位組織の構成員に手を出したりすれば反逆を意味する。


「色々苦労してきたようだけど、それを見逃してやる理由にはしないからね。アタシ達はクエストのために容赦なく『山岳の荒熊』を退治するよ」

「いいさ。単に誰かに身の上を聞いてもらいたかっただけだしね。私もこうなった以上、覚悟は決めた。煮るなり焼くなり好きにしろ」


 少なくとも俺への対応を見る限り、他人に対しては殺しすら躊躇わないような感じだしな……。実は善人集団でしたってオチは無さそうだ

 アジトにはきっとサンドバッグのように扱われた人達の死体が転がっているに違いない。この手の者達は絶対に憂さ晴らし用のターゲットを囲っている。

 元々の世界で戦っていたテロリスト達もそうだったからな。有用な人質として使う以外にも、単なる憂さばらして人を殺したりしてたもんだ。


「さて、もうすぐ村に着く。キミの事は捕らえた体で行くから、縛られたままで来てもらうよ」

「……りょーかい」

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