210:蒼炎を扱う者達
「炎よ! 砂漠を駆ける波となりて悪しき者を焼き尽くせ!」
魔導師カニョンが放つ炎の魔術が、こちらに向けて駆けてくるモンスターの群れを包み込む。
「蒼炎よ! 砂漠を駆ける波となりて悪しき者を焼き尽くせ!」
コンクレンツ魔導師団長ベルナルドが放つ蒼き炎の魔術が、カニョン以上の威力と範囲でモンスター達を焼き尽くす。
「ぐぬぬ……。ズルいですよ! 団長さん精霊の力借りて魔術使ってるじゃないですか!」
「精霊と契約し、力を借りられるのもまた実力のうち。悔しいと感じるのであれば、貴方も精霊と契約をすれば良い」
「したいけど出来ないんですよー! くそー!」
ネーテに弟子入りする際、彼女によって自身の実力をベルナルドと比較されたカニョン。
それ以来、一方的にベルナルドをライバル視し、必死で魔術の腕を磨いてきた。
今まさに本人の前で渾身の炎の魔術を放ったのだが、ベルナルドは精霊の力を借りた蒼炎で実力差を見せつけた。
「私は精霊術師です。精霊術師とは、魔導師のさらなる高みたる存在。そもそも競う事自体が無謀だと思いますが」
「でも団長さん、ネーテ師匠と対決して負けたんでしょ。魔導師が精霊術師に勝ってるじゃん」
「あの対決はお互いに『魔導師として』対決したものです。精霊の力は……いえ、既に終わった事です」
「んー……?」
ベルナルドはそう言ったが、実はネーテと最後に打ち合った際に精霊の力を使っている。
対決の際、そして今回使った『蒼炎』は、契約している精霊である『蒼炎の精霊ブラオ』の持つ力である。
つまり、カニョンの言うように『魔導師が精霊術師に勝った』という実例は存在しているのだ。
「蒼炎とは本来人の手には余るもの。精霊の力を借りて初めて実現できる上位の炎……だとされてきた。だが――」
ベルナルドが目線を向けた先には、両手から蒼い炎を出し、それをアーチ状に繋いでいる女性の姿。
マントをなびかせ露出度の高い衣装で魔物達に対峙しているのは、ツェントラールの魔導師団長ネーテである。
「ネーテ殿は一体何者なのだ……。蒼炎を独力で生み出す領域に至るなど、信じられん……」
「さぁ。でも、師匠の師匠がバケモノじみてるらしいですよー。私はまだ会った事ないですけど」
実は会った事がある。ネーテの師匠はリチェルカーレ。つまり、カニョン達のパーティ『龍伐』を壊滅させた張本人だ。
しかし、会った際は敵として出会った上、今までネーテを介して対面する機会はなかったので正体を知らぬまま。
「バケモノ……むぅ、あの者か……」
ベルナルドはネーテと対決した際にネタバラシされているので、当然知っている。
蒼い炎どころか未知の黒い炎を使ってパートナーであるブラオを一瞬にして滅した、文字通りの化物。
ブラオのみならず、八部隊の隊長達が使役する精霊達をもことごとく滅ぼしてしまった規格外。
(『アレ』が師匠と言うのであれば、ネーテ殿が常識を超えた進化に至るのも無理はない……のか?)
リチェルカーレの恐ろしさを思い出し、それに師事するネーテの恐ろしさも同時に感じ取るベルナルドだった。
直後、彼らの付近でベルナルドすら上回る凄まじい蒼炎が解き放たれ、灼熱の砂漠が溶岩地帯の如き地獄の熱さへと変わる。
「くっ、ワーテル! 水壁を!」
「りょーかい! やっちゃって、シレーヌさん!」
『世話が焼けますね、全く……』
そう言いつつも仕事はしっかりやってくれる水の精霊シレーヌ。
水のドームに包まれた一同は、ほっと一息。蒼炎の海を作り出したネーテも素早くドームの中へと飛び込む。
「熱い! やはり砂漠で炎の魔術など使うものではありませんね……」
カニョンもベルナルドも、そしてネーテも汗だく状態だ。
ベルナルドは元々炎が一番得意であり、カニョンはそれに張り合う形で炎を使っている。
ネーテもベルナルドが使っていた蒼炎をお披露目したくて使っていた。
「もしかしてウチ、冷却材要員……?」
今この場に居るのは、炎ばかり使う三人以外は水属性の彼女一人だけだった。
他の隊員達は一騎当千の戦力を活かして各所へと散っており、他の陣営の助っ人をしている。
「……皆さん! これからが正念場ですよ。来ます」
ネーテが反応した先には、砂漠の向こうから駆けてくる異形の集団。
「むぅ、なんというおぞましい者達だ……。まさか、あれが……」
「そうです。あれが魔界よりこちらの世界へとへ流れてきた者達です。世間一般では魔族と呼ばれていますが、師匠曰くあぁいった異形の存在は『魔物』であるとの事」
「ネーテ師匠、魔族と魔物では何か違うんですか?」
「本物の魔族は我々とほとんど変わらぬ姿をしており、有する力も比較にならないほど強大だそうです。故に各世界を遮るように張られた結界を突破出来ないとの事ですが」
「結界の話も初耳なのだが、貴殿の師匠は本当に物知りなのだな。確かに、それならば本物の魔族を見かけないのも納得できる」
「あの方は『知識の探究者』を自称してますからね。己の知らない事があると分かればば地の果てまでも探求して知り尽くそうとしますから」
「凄いんですね、ネーテ師匠の師匠って。私も是非一度お会いしてみたいですよ」
「それは止めておいた方がいいと思いま――あだっ!?」
突然ネーテの頭上から金属製のヤカンが落ちてきた。
「……とまぁ、こんな感じに私達の事など筒抜けですからね、あの方には」
「ほえぇ……何ともまぁ恐ろしい事で」
言わずもがな、この現象はリチェルカーレが何らかの方法で彼女達の会話を耳にし、空間転移でヤカンを転送した事によるものである。
「魔物達は魔族の手が届かない場所へ来たのを良い事に、自らを魔族だと偽って好き勝手やっている連中です。容赦はいりません」
「よーし、全力で魔術をぶつけてやりますよ! 魔物が相手なら、良い練習台になりそうです!」
「油断するな。腐っても魔界の存在、呼び方はどうであれ従来のモンスターよりは手強いに違いあるまい」
いくら仲間達が敵を軽く扱おうとも、ベルナルドは決して慢心しない。
かつて同僚だった総騎士団長ランガートが、まさにそれを体現して惨めに死んでいった。
彼のみならず、彼に乗せられた騎士団の多くが無駄にその命を散らしてしまった。
「念には念だ。ブラオにも出てもらう……」
『賢明な判断だな。魔界の者達を相手にして決して手を抜くべきではない』
ベルナルドの隣に、蒼き毛並の纏った狼が出現する。彼こそが契約精霊――炎属性の中位・蒼炎のブラオ。
二メートルほどの体躯は明らかに通常の狼よりも大きく、それでいて顔は野性味を感じさせない理知的な雰囲気を漂わせている。
力を感じ取る事が出来る者であれば、ブラオから発せられるその力が如何に大きなものかを察する事が出来るだろう。
「……も、物凄い力を感じます。これが、精霊!」
本来『蒼炎』は人間の独力で扱えるものではなく、精霊のみに許された上位の炎である。
人間が扱うには精霊より力を借りて放つのが常識であり、修練でたどり着ける領域ではないとされてきた。
しかし、異邦人のように科学的に炎の仕組みを理解している者であれば、実は蒼炎を使う事が出来る。
リチェルカーレは独力で異邦人の科学的な解釈にたどり着いて『炎』というものを理解するに至った。
故に蒼炎の生み出し方も心得ており、弟子であるネーテにもその知識を伝えたため同じように使えるようになった。
そのため、ネーテがカニョンに教えれば、カニョンもまた蒼炎を扱う事が出来るようになる……かもしれない。
と言うのも、科学技術が明確に確立していない世界で科学理論を理解するのは非常に難しい。
竜一達の世界であれば小学生でも理解できるような内容であっても、この世界においては未知の内容である。
教えた所で理解するに至らなければ使えない。理解するためには少なからず下地となる知識が必要。
(一応、この戦いを終えた後にでも教えて見ましょうか……。もしかしたら、もしかするかも)
ネーテはブラオに目を輝かせる弟子の姿を横目に、そんな事を思うのだった。




