206:龍の鱗を断つ一撃
「お願い、ヴィント!」
『アイアイサー!』
風の精霊ヴィントの作り出した大きな竜巻が、数多のモンスター達を飲み込みながら砂漠を縦横無尽に駆ける。
足元が砂でしっかりと踏ん張る事が出来ないためか、割と大きな獣達も体を浮かされてしまう。
「ついでだ! これも持っていけ!」
『焼き尽くしてやろう!』
竜巻へ重ねるようにして炎の精霊サラマンデルが火のブレスを放つ。風が炎を巻き上げ、合わせ技となる。
既に巻き込まれていたモンスター達は風の刃に刻まれ、砂の礫に打ち付けられ、さらには炎によって焼かれる事となる。
「うっひゃあ……コンクレンツの人達はどうやら本気みたいだね。最大戦力フル投入なんて」
「皇帝――いえ、代表はこの度の戦で最大の戦果を挙げて、統一された国における強い発言権を得たいようですよ」
「野心丸出しって事かぁ。でも、そんな都合よく行くかな……?」
「……何が言いたいのですか?」
全力でモンスター討伐を続ける精霊と術師達を尻目に、エリーティで交流があったマイテとサージェが話をしていた。
人口そのものが少ないため、ファーミンが寄越した戦力はそう多くはない。その影響もあって、非常に戦果を挙げづらい状況だ。
一方でコンクレンツは所属する一騎当千の精霊術師達を全員投入するという本気ぶりで戦果の獲得に来ている。
「統一された国って各領地で上下のないように作られると思うんだよね。争いって上下があるだけで起きちゃうし」
もし戦果で序列が決まるようであれば、元々から戦力が充実していたコンクレンツの一強状態となってしまう。
竜一達の攻撃によって数千人規模で戦力は削られたものの、未だ万を超える軍勢や、規格外の力を持つ精霊術師達は健在。
一方でエリーティやリザーレは一度軍が壊滅しており、ツェントラールやファーミンは人材自体が少ない。
「……ここでの戦果が何も見返りがないとなると、皆さんやる気を失いかねませんよ?」
「それは大丈夫じゃないかな。あの人達を見てごらんよ。そんなの関係なく物凄く楽しそうだけど」
マイテが目線をやると、そこでは一帯が水に濡れた砂漠と、その上を流れる電撃で焼き尽くされているモンスターの姿が。
水の精霊シレーヌと雷の精霊オスカーの連携だ。各属性単体では効きづらい攻撃も、重ねればその効力を増す。
その一方で闇の精霊ネブラが自身を中心とした足元に闇を大きく広げ、その中へとモンスター達を引きずり込んでいく。
「いいぞいいぞー! その調子でガンガンやっちゃえー!」
「ワーテルにしては考えるじゃないか。水に雷を通すとは良いアイディアだ」
「ふふ……全て、闇に引きずり込んでやる……」
もはや戦果がどうとかではない。完全に自分達が楽しむためにやっている状態だ。
だが、そういう状態でこそやる気を発揮する人種も存在する。ワーテルは特にその気が激しい。
「見返りのあるなしでやる気が上下するよりはマシだと思っておきましょう。どちらにしろ国の危機ですし、やらなければなりません」
「そーそー、サージェは毎度毎度あんま深く考えない方が良いよ。ワタシと一緒に大暴れしてスッキリしよーよ!」
「能天気な貴方に言われるのは癪ですが、同意です。また副隊長の立場を忘れて、一人の術師として戦うのも良さそうですね」
・・・・・
「おい、これ見ろよ。氷の道が出来てるぜ……?」
「誰か魔術師が先行したようだな。氷で道を作ってその上を滑って行ったって事か。考えたな」
「これだけの事が出来るとなると相当な手練れのようだ。俺達も後を追おう」
後続の冒険者達が、竜一とラウェンの通過した跡を発見する。
しかし、彼らにはその二人のように氷の上をスムーズに滑っていくだけの手段がなかった。
氷の上など、普通に歩こうとしようものならかえって移動が困難になってしまう。
ラウェンが行った移動方法は、風の魔術で道の上に沿って自分達を押していくだけなのだが、実はただそれだけの事が難しい。
しかも彼らは十人を超える大所帯だ。魔術を使える者は二人いるが、それでも一人で五人ずつをコントロールするのは至難の業である。
彼らは仕方なく、氷の道を『先へ続く目印』としての利用に切り替え、冷ややかな空気を感じつつ道の横を行軍する事にした。
「一体、いくつぐらいのグループが戦ってるんだろうな……この砂漠で」
「さっき通り過ぎて行った眼鏡の人みたいに、ソロで来ている人も何人か居るみたいだしね~」
「とりあえず、俺達も負けていられないな。先に何があるかは知らないが、進むだけだ」
・・・・・
「ノイリーさん、伏せて敵の足を!」
ヴァージニアが法力で障壁を展開すると同時、オークの振り下ろした棍棒が障壁を打ちつける。
その瞬間を狙って、ノイリーがオークの足を斬りつける。足に深手を負った事で自重を支えられなくなったオークはその場に転倒。
ノイリーがすかさず首に剣を突き入れトドメ。コンビを組んで己の役割を理解した二人は順調にモンスター討伐を続けていた。
「やりましたね、ノイリーさん」
「あぁ。でもまだ油断はできない……。ロートさん達が戦っているのはダンジョン深層のモンスターらしいし」
ノイリー達から少し離れた場所では数メートルはあろうかという巨人モンスターや、十メートルにもなろうかという獣達が暴れている。
敵の一撃一撃が地を揺らす程の破壊力。時折飛んでくる攻撃の余波でさえも、まともに受ければ命を失う程に凄まじい。
ロート達ベテラン勢が積極的に前へ出て、ノイリー達新参勢は強大なモンスター達に混じる雑魚モンスターの駆除に徹していた。
「む、やはり深層のモンスター。そこいらの者とは手応えが違うな。だが……」
当のロートは素早い動きでミノタウロスを翻弄。背後から脳天を貫かれた事で、敵が前のめりに倒れていく。
現時点では特にたいした疲労もなく一匹片付けたロートは、背後から新たな気配が迫っている事を感じ取っていた。
振り返ると、そこに居たのはオーガ。身長にして三~五メートルはあろうかというモンスターだ。
人間と同じような体型をしているが、全身が鋼の如き筋肉で覆われており、体色も赤や青と言った目立つ色が多い。
体色によって個々の得意不得意が示されていると言われており、今ロートの前に居る赤色のオーガは俗に『力自慢』とされている。
そんな力自慢の振り上げた右手にメキメキと力が込められ、そのまま眼前に居るロートに向かって勢いよく振り下ろされる。
「ロートさん!」
まるで巨岩が落下してきたかのような轟音と共に、ロートの足元の砂が勢い良く巻き上げられた。
ノイリーの心配する声が響く中、砂煙が少しずつ散っていく。やがて視界が開けると、そこにはロートとオーガの姿が。
何とロートは左手一本でオーガの巨腕を受け止めている。前腕部同士が鍔迫り合いをしているかのようだ。
「す、凄い! あのオーガの怪力を片手で……」
「一瞬であれを受け止められるだけの闘気を練り上げるなんて、さすがはAランクですね」
「ロートさんが本当に凄い所はそこではありませんよ。彼の足元を御覧なさい」
驚きに目を見開くノイリーとヴァージニアを補足するように、合流したヴァーンが説明を付け加える。
「彼はあの一瞬で地面にも闘気を流し込み、足場を硬化しています。でなければ、オーガの一撃で砂の中へと叩きこまれていたでしょう」
「そ、そう言えば足元が全く砂に埋まっていない……!」
巻き上げられた砂塵は、あくまでも彼の周りのもの。彼自身は一ミリたりとも沈められてはいない。
この状況において砂に埋められるという事は少なからず隙を作る事になる。そういうリスクは可能な限り削る。
「これでも俺は大物討伐で成り上がってきた身なんでな。貴様如きどうにか出来ないようでは名が廃る」
左手で相手の巨腕を受け止めたまま、剣を手にした右手を前に伸ばし、手首の動きだけで器用に一回転させる。
たったそれだけの事でオーガの右腕が落ちる。ロートの闘気が込められた剣は、岩すらも豆腐のように切り裂く切れ味だった。
痛みに悶絶するオーガを前に、ロートは思いっきり剣を振りかぶり、先程以上の闘気を込めて思いっきり振り下ろす。
「いくぞ! 龍鱗断ち!!!」
その一撃は轟音と共に大地を震わせ、砂塵の爆発を起こし、近くで戦闘していた敵味方関係なく全ての動きを止めてしまう程だった。
眼前に居たオーガは真っ二つに切り裂かれ、オーガの後ろの大地も川のように砂が抉れて彼方まで道が出来てしまっている。
「龍伐のスラーンが『龍頭砕き』と呼ばれているように、俺には『龍鱗断ち』の異名がある。オーガ如きがドラゴンスレイヤーを阻めると思うな」
この一撃によってモンスター達に怯えが伝染し、冒険者達は一気に優勢となった。
彼らがこの戦闘を乗り切り、魔界の勢力が待ち構えている最前線へ到達する時はそう遠くない。




