205:スケート野郎
先陣を切ってきたのは、如何にも知性の乏しそうな異形の魔物達。
皆で襲い掛かると言いつつ、知性のある魔物達は知性の乏しい魔物達を先に行かせての様子見を試みる。
いずれの魔物達も、先程の虫型と同様に様々な生物を混ぜ合わせたかのようなフォルムをしていた。
「ったく、見ているだけで気持ち悪くなるわね。なんなのよアンタ達は」
『こいつらは『成れの果て』共だ。見て分かる通り、完全に進む道を間違った奴らだ』
知性なき魔物達は元々は弱小な存在だったが、手っ取り早く強くなるために『同胞達を喰らう』という道を選択した。
しかし生命力の強い魔物は食った後もしつこく足掻き、喰われながらもなお喰った相手を乗っ取り返そうと足掻く者すら存在する。
そうして元々の魔物の身体から喰ったはずの魔物の姿が現出し、それが繰り返されて現在の姿に変容してしまった。
(……聞くんじゃなかった。気持ち悪っ)
ご丁寧な事に知性ある魔物の一人がそんな感じの解説をしてくれたが、正直その魔物の生態にハルは嫌悪感を抱いた。
説明の通り、多数の魔物が融合している状態だからか、一つの部位を斬り飛ばした所で全くダメージを受けておらず、さらに斬り飛ばされた部位が独立して動き始める始末。
挙句、部位に新たな顔が出現する。切断された部位にも一匹の魔物が残っていたのだ。『成れの果て』は、下手に切断すると敵が増えてしまう厄介者だった。
(やっぱ魔術で一気に……の方が良さそうね)
魔物の一匹が黒々とした液体を噴出する。どう考えても明らかに有害であると分かるため、当然回避。
そこを狙って別の魔物が粘性のある糸を放つが、先程と同じように炎の魔術で燃やして処理する。
続けざまアリジゴクのような姿の魔物が砂の中から不意打ちで現れるが、下に魔力弾を放ち勢いで浮上して逃れる。
そこを後方で待機していた魔物達が一斉に魔術で狙撃する。全方向からの攻撃を防ぐため、球体状に魔術障壁を展開。
同時に植物を混ぜ合わせたような魔物がツタを伸ばし、防御中のハルを絡めとろうとするが、ツタは障壁に巻き付いてしまう。
ハルは障壁を解除すると同時に風の魔術でさらに上昇し、拘束しようと締め付けてくるツタから何とか逃れる。
逃れついでに炎を放ち、ツタを経由して植物の魔物を燃やそうとするが、魔物は自らツタを切り捨てて炎上を防いだ。
ハルは追撃でもう一度炎を放つが、今度は下方から鳥のような大きな魔物が勢い良く上昇してきて、突撃の勢いで炎を散らしてしまう。
風の魔術で軌道から逃れるのも間に合わないため、ハルは前方に魔力を集中させ、密度の高い障壁を展開して突撃を受け止める。
(くぅっ、こう数が多いとなかなか攻勢に転じられないわね)
かろうじてクリーンヒットを避けているハルだが、魔物達のどの攻撃もまともに受ければただでは済まない。
このまま攻撃が続き、疲労させられてしまうのが一番悪い流れだ。ハルは先行しすぎた事を少し後悔し始めていた。
だが、滞空していたハルは、この戦局を変えうる『何か』がこちらへと向かっている事に気が付く。
(あれは、氷の魔術……?)
彼方から砂漠に道路を敷設するかの如く、一筋の氷の道が伸びてくる。
明らかに人為的な魔術行使。しかも相当の使い手がこちらに向かっている事をハルは察する。
(だったら、あと少し耐えればいい……!)
魔物達の集中攻撃を耐える。相殺できそうなものは魔術で相殺し、出来ないものは障壁で防御。
攻撃を加える隙があれば合間に反撃し、こちらに向かっている何者かの合流を待つ――
「イヤッホオォォォォォーーーーーウ!」
軽快な叫び声と共に、自分の頭上を何者かが飛び越していき、魔物の一体に蹴りを放ちつつ通り抜けていく。
空振りしたのかと思いきや、魔物の首元から間欠泉の如く血液が噴出する。まるですれ違いざまに鋭い斬撃で斬りつけていたかのようだ。
それに驚く間もなく、ハルを取り囲んでいた魔物達が片っ端から凍り付いていく。いずれの魔物達も足掻く間すら与えられない。
「大丈夫でしたか、ハルさん」
「ラウェンさん!?」
ハルの目の前に華麗なポーズを決めながら滑り込んできたのはラウェンだった。
彼女の足元には氷で道が作られており、そこからさらに魔物達の足元へ向けていくつもの氷の道が伸びていた。
その氷の道が魔物達の足に触れた瞬間、一瞬にして全身が凍り付いた。凄まじい程の冷気が込められている。
「……って事は、さっき飛んで行ったもう一人は」
「俺だ」
魔物達の群れの隙間を抜けるように、ゆっくりと歩いてきたのは竜一だった。
右足が赤く染まっており、砂に刻まれた右の足跡も赤く染まっている。
「あぁ、これか? これはな……」
竜一が右足を上げて足裏を見せると、そこへスケート靴のような刃が出現した。
しかし、色や質感は金属のそれとは異なる。氷の魔術によって形成された透明な刃だった。
「ラウェンに教わって靴底に氷の刃を作ってみたんだ。アイススケートに着想を得てな」
「スケートと言うのは竜一さん達の世界にある遊びらしいですね。氷の上を滑るための靴があるとは驚きです」
「滑った勢いに任せて跳んで蹴りこんでみたが、想像以上の切れ味で驚いたぞ」
ラウェンは氷の魔術で刃を造るだけの技術を有していたが、アイススケートに関しては知らなかった。
そのため竜一がアイディアを出し、それを元にしてラウェンが術を構築して形にしたのだ。
そしてその術を竜一と共有し磨き上げる事で、竜一自身も氷の刃を構築する術を使えるようになった。
恐るべきは、それらの事を『ここへやってくるまでの間』に成し遂げてしまった二人の技量だ。
元々アルヴィに師事する技量の高い魔導師だったラウェンはともかく、魔導師としては駆け出しの竜一も早々に術を習得して見せた。
これは竜一が元々の世界で戦場カメラマンだった時の経験が活きており、彼にとっては生命線にもなっている部分でもあった。
戦地の取材では、己の身を護るためにも早々に現地の情勢を把握して生活知識や習慣を身に着け、適応する必要がある。
その一方で取材に同伴する兵士達からは軍事の専門用語や戦術論、他にも兵器の扱い方など戦場の基礎知識を学ぶ必要があった。
身の回りに同伴者や護衛は居ても、戦場カメラマンとしては孤立無援の状態。そのためにも、素早い習得力は必須。
「ハルさんもやってみますか? 私達はこのまま最奥部を目指そうと思っているのですが」
「そうね。せっかくだし、お願いしようかしら。一応アイススケートなら出来るし」
「了解しました。では早速、ハルさんの靴の下側に私達と同じような氷の刃を作らせて頂きますね」
サッと杖を振ってハルの靴へ魔力を流し込むが、靴には何も変化が見られない。
と思いきや、刃が砂に埋もれる形で生成されたため、パッと見で変わっていないように見えたのだ。
ラウェンに指摘されて足を持ち上げて見ると、ちゃんと両足共に靴底に氷の刃が生えていた。
「ひ、久しぶりだからちょっと怖いわね……」
「大丈夫ですよ。私も先程覚えたばかりですし、風の魔術でアシストします。と、その前に」
杖で凍り付いた魔物の一体をを叩くと、まるでその合図を待っていたかのように連鎖して一斉に崩れていく。
魔物達は内部組織まで完全に凍り付いており、粉微塵となったため、もはや再生する余地もない。
ハルが持久戦を余儀なくされた集団を氷の魔術で一掃。伝説の魔導師の弟子の力を垣間見たのだった。
「では行きましょう。奥に居るという『黒幕』を討ちに――」




