203:中心部へ向かう
「Aランク冒険者、ハル……。聞いた事がないな」
「それも無理はないわ。タシュエヴはここから遠く遠く離れた南西の辺境だもの」
世界地図が珍しいこの世界においては、地方地図くらいが身近で一番大きな地図だ。
この場においては、ファーミンも属するアンゴロ地方の地図を把握している程度の者達しか居なかった。
ハルが活動していた地であるタシュエヴの地について知っている者は、この場には一人も居ない。
「元々、名前と肩書きでどうこうしようなんて思っていないわ。ちゃんと実力で示してみせる」
新たにやってきた群れを一瞥し、彼女は単独で駆けだす。無謀な突撃に後方の冒険者達からは「無茶だ」と声が上がる。
そんな声は無視し、ハルは駆けながら細身の剣を横薙ぎに振るう。まだ間合いに達してもいないのに、牛頭――ミノタウロスの首が一撃で飛んだ。
すかさずそこへ炎の魔術を撃ち込み頭を炭へと変えると、敵の足元に魔法陣を描き、炎を出現させて残った部位を焼き尽くす。
「少なくともこれくらいの芸当は出来るわ。戦力にはなるハズよ」
現在のハルは『本来の姿』で眼鏡を着用しており、所々に鎧の意匠を組み込んだセーラー服を着用していた。
この世界の者から見たら異様な姿であるが、異世界人から見ても少々異様な姿に見えるかもしれない。
本人はそんな事など気にした様子もなく、腰まで伸びた三つ編みを揺らしながら剣を振り回して血糊を払い、腰に装着した鞘へと素早く収納する。
「あ、あぁ……」
一同は頷く事しか出来なかった。彼らの基準からすると、Aランクの中でもハルの実力が相当なものだと映ったのだ。
今まで戦っていた冒険者達の中にも数人Aランクは居たのだが、同じようにやれるかと言われれば無理と答える。
ひとえにAランクと言っても、その中での差はかなり大きい。活動地域や任務内容、パーティ構成によっても変わってくる。
条件を満たせばその場でランクアップ出来るBランクまでとは異なり、Aランク以上はギルド幹部達の承認が必要となる。
Aランクを獲得するにはいくつかの道があるが、一番手っ取り早いのが単独でのジャイアントキリングだ。
比類なき実力と実績を示せば、よほど人格面に問題でもない限り、強者を必要とするギルドは首を縦に振るだろう。
ハルは元々『勇者』として召喚され、召喚者の願いである『反乱軍を鎮圧できる』だけの力を与えられた。
魔族や凶悪なモンスターを相手取るのと比べると少々頼りないが、それでも一人で一つの軍隊規模を相手する事が出来る力というのは馬鹿にならない。
数百人から数千人は相手取る事が可能な程の力を、目の前の一体のみに集中させれば……その結果は、推して知るべしと言えよう。
ましてや、今のハルは『勇者』という枷から解き放たれ『本来のハルとしての力』を振るう事が出来る。
枷があった時点でAランクに至れたのだ。現在の実力ともなれば、間違いなくそんな領域からは逸脱している。
「な、なんて女だ……。タシュエヴとやらの水準はそれ程だというのか」
「世界は広いと言うが、まだまだ俺達の知らない領域があるんだな」
ハルの影響で、アンゴラ地方におけるタシュエヴ近郊の冒険者達の認知レベルが大幅に上がってしまった。
実際はこの地方と同じく、冒険者はピンからキリまで存在するのだが……。彼らがそんな事など知る由もない。
・・・・・
俺は今、一人寂しく砂漠を歩いていた。と言うのも、みんなさっさと行ってしまったからだ。
リチェルカーレは未だ上空に居て、エレナとセリンは本部のヒワールに留まり、負傷者の回復や拠点の防衛を行っている。
レミアとは先程まで共に行動をしていたが、元々の所属先である騎士団が心配になってそっちへ向かってしまった。
ハルはこの緊急依頼で何か疼くものがあるらしい。召喚されて脱走した後、しばらく冒険者をやっていた影響だろうか。
レミアと二人で居た時はサンドワームの気配を感じたから地雷で駆除していたが、現在はサンドワーム含めそれ以外のモンスターの群れとも遭遇しない。
群れで狙うなら、単独の獲物を狙うよりも集団を狙う方が効率が良いって事だろうか。一人あたりの分け前が増えると言う意味でも。
「やれやれ、寂しいこった。単独で俺を狙いに来るような変わり者は……お?」
足元に久々の不穏な気配を感じた……が、あえて対処する事なく気付かぬふりをして放置する。
砂を突き破って現れたのは、先程まで群れで現れていたサンドワームだ。どうやら今回は群れずに単独で活動している奴らしい。
餌を独り占めせんと、俺の真下から丸ごと呑み込むように口を開いた状態でそのまま上昇してくるが、あえてそのまま待つ。
……当然の事ながら、俺は食われた。
(なかなか容赦ない締め付けだな。こりゃ確かに骨が砕かれるというのも無理はないな……。ってか、すげぇ臭ぇ)
人生初の丸呑み体験。こんな状況でも冷静でいられるのは間違いなくリチェルカーレのせいだな。
だが、さすがにこのまま消化され尽くすまでじっとしている時間はない。と言う訳でサクッと自爆を決行。
サンドワーム諸共木っ端微塵に散らばるが、俺は瞬時に再構築されて再び砂の大地へ立つ。
不死性を活かして様々な死の危機を体験してみたくなる――ってのは、正直言って異常な領域に足を踏み込んでるよな。
最初はいくら死なないとは言っても、安易に死ぬような事はしないように気を付けようとか思っていたハズなんだが。
荒行によって精神が歪んでしまったというのは否定しないが、そもそもの俺……いや、私が消えつつあるのかもしれないな。
(考えるのは後だ。俺は今、戦地に居るんだ……)
再び足元に先程と同じような気配を感じたが、今度はそこへ手榴弾を放置して俺自身はさっさと先へ進む。
その場の砂を丸呑みにしつつサンドワームが遅れて現れるが、あいにくそこに餌である俺はいない。
狙いを外した事を悔しがるかのように再び地面へと潜っていくが、そこで砂と共に飲み込んだ手榴弾が爆発を起こす。
砂が激しく舞い上がり、同時に肉片が飛び散る。誰かさんが『汚い花火だ』と称した気持ちがよくわかる。
同族がやられても懲りないのか、その後も数回に渡って砂の中からの襲撃を受けた。同時に地上でも多数の獣が俺をマークし始めた。
立て続けに起こる爆発音で俺の存在に気が付いたのだろう。一人で歩いているから格好の獲物だと思ったに違いない。
だが、今の俺は武器庫のようなものだ。すぐさま銃を取り出して、先陣切って駆けだしてくる獣の眉間に銃弾をぶち込む。
当然の事ながら一撃で倒れるはずもないので、完全に顔面が砕けてその場に倒れ伏すまで油断なく連射を続ける。
その上で動かなくなった獣を炎の魔術で焼き尽くす。以前も聞いた話だが、モンスターを通常の獣と同等に見てはいけない。
顔が無くなった程度では死ななかったり、心臓が複数個あったり、そもそも構造が従来の生物とは根本的に違う場合。
他にも『寄生』という形で共存している種も存在し、宿主である者が死ぬと動き出し、宿主を倒した者へと寄生しようとする。
俺が炎で獣を焼き尽くしたのは、そういう可能性も踏まえてだ。こういう所で気を抜くと後々シャレにならない。
ガンカタで切り抜ける……いや、厳しいな。あれは向かってくる敵が銃弾一発で沈む前提だから成り立っている。
銃弾を撃ち込んで別の敵へ意識を向けた瞬間、その銃弾を撃ち込んだはずの敵に襲われてしまっては元も子もないからな。
今の俺ならば死のうとも甦るが、仲間がいる時に同じ真似は出来ないし、極力無様にやられるような事態は避けたい。
(ならば、これを主軸にして切り抜けてやる!)
俺は抜剣し、リチェルカーレから教わった事を思い出しつつ構える。襲い来る獣の動きを冷静に見て回避。
その隙に胴を薙ぎ払う。背後から迫る気配には後ろに回した手で炎の魔術を放ち、撃ち落とす。
未だしつこいサンドワームはあえて爆破したりせず、地上へ飛び出す際にちょうど獣を喰らうような位置へ誘導。
共食いを誘発すると、食われた獣の同胞達が一斉にサンドワームへと襲い掛かる。どうやら想像以上に絆が強いようだ。
モンスター同士の連携は絶対ではないらしい。さすがに仲間を餌にされれば、その救出の方が優先されるか。
となると、奴らは何者かによる強大な力で操られているとかではなく、あくまでも本能的に活動しているだけか。
(斬り伏せ、撃ち、燃やす……。そして、サンドワームは誤爆させる。よし、いい感じに処理できてるな)
小慣れてきたら回避と共に首を落とす事も出来るな。そうすれば魔術を使うのにも余裕が出てくる。
同時に複数体が迫ってきても、蹴りや銃の発砲を交えて捌く事も出来るようになってきた。
だが、それが通じているのは同じ種類の群れだからだ。また違う種類が出てきたら、戦法を変える必要もあるだろう。
今はまだ何とか俺が優勢ではあるが、こうしてこの場に留まっている間にも戦闘の気配を嗅ぎ付けたモンスター達が迫ってきている。
モンスター討伐は依頼だからこなしていくつもりだが、個人的には最奥部に興味があるから、あまり足止めは喰らいたくないな。
ホイヘルやフィーラーと対峙した時のような嫌な気配を感じるんだよな。魔族が流入しているとは聞いていたが、この気配は何というか――。
(あんま派手な事はやらかすなって言われてるけど、一度くらいなら……)
「水よ! 我が力の下に氷塊の檻となりて邪悪なる者達を拘束せよ!」
広範囲を地雷原に変えようと力を込めた所で、頭上から凛とした声が響き、迫りくるモンスター達が一瞬で凍り付いた。
声の主は重量を感じさせず軽やかに砂地へと降り立つ。足跡の凹みすら生じさせないのは、完全に着地をコントロールしているからだろう。
「竜一さん! リチェルカーレさんから連絡です。どうやら最奥部に『邪悪なる勇者達』が居るみたいです」
「邪悪なる勇者達……やっぱこの件にも一枚噛んでやがったか」
どうやらラウェンはリチェルカーレからの連絡を俺に伝えるためにやってきたらしい。
しかし、何故だ。リチェルカーレならば思念での会話が出来る。俺に直接伝える事も可能なはずだ。
わざわざラウェンに伝えさせた意図はなんだ? また、水面下で何かを企んでるのか……?
「私としては結界に異常を生じさせた原因であろうその者を放置する事は出来ません。竜一さんはどうされますか?」
「俺も行くよ。邪悪なる勇者達と言えば基本的に皆異邦人だ。俺と同じ異邦人がしでかした悪事を見過ごすわけにはいかない」
ダーテ王国を混乱させた教授もそうだが、異世界の国に混乱を引き起こすような危険な奴を放置するわけにはいかない。
俺自身もツェントラールの周りの国を制圧して国を統合させたりと混乱を引き起こしてはいるが、俺はツェントラールを救うためにやった。
とは言え、混乱を引き起こしたという点では同じだ。もしその事で裁かれる時が来るのならば、俺は異世界人の意思を汲もうと思う。
「正直、共に来てくれる事を心強く思っています。私一人では、手に余るかもしれないと思えて……」
「どんと自信もって構えていればいいさ。天下の師匠の弟子なんだろう? 俺は前向きに構えている方が似合うと思うぞ」
「ふ、言ってなさい。その時は改めて私の魔術の凄まじさを見せてあげますから! では、行きますよ!」
ラウェンが開けた砂漠に向かって杖をかざすと、モンスターを凍らせていた氷がさらに広がり――いや、一筋だけ伸びていく。
まるで砂漠の果てにまで続く道のようだ。まさかとは思うが、これからこの上を……。
「さぁ、滑っていきますよ!」
やっぱりか。笑顔で手を差し出してくるラウェン。滑っていくのが楽しみで仕方がないのだろうな。
恐る恐るその手をつかむと、俺がそちらへ行く間すら惜しいとばかりに、グッと引き寄せられて氷の道の上へ立たされる。
その直後、彼女は風の魔術を発動させて氷の上を滑り始めるが、当然手をつかまれている俺も同様に滑り始める。
やばい、体勢を整えないと転んでそのままずっと引っ張っていかれる事になりかねない。
スケートのような姿勢でいいかな。久々だからな……どういう感じだったか。
「あら、そのポージングは何でしょうか? 良く分かりませんが、面白そうなので私も真似させてもらいますね」
二人して同じような姿勢をとると、風の魔術をさらに強めて砂漠の中心へ急ぐのだった。




