018:野盗
森を抜けた俺達は、森に入る前と同様に絨毯で飛びながら魔犬を狩っていく。
根こそぎ狩り尽くしてしまうと他同業者の仕事を奪ってしまう事になり、風当たりが厳しくなるというので、ある程度は自重している。
故に、ターゲットは完全に街道へと入ってきており、このまま放置するのが危険な状態のものに絞っていた。
ノンストップでしばらく進み続けると再び森が見えてきた。しかし、今度は山に広がる森だ。
イスナ村は盆地にあるらしく、街道も山の中を突っ切るようにして続いている。
コンクレンツ帝国へ行くためには、ここを抜けるのが一番の近道だ。大きく迂回すれば別の道もあるが……。
「イスナ村から依頼のあった野盗はこの山を根城にしているらしいね」
「山の中に入ったら俺達もターゲットになるんだろうな……」
そう。それもあるため、俺達はこのまままっすぐ進む事に決めている。
イスナ村の落ち着ける場所に着いたら、色々とやってみたい事もあるしな。
俺達は徒歩に切り替え、野盗の出現を警戒しつつ山道を歩き出した。
当たり前だが、山道でも普通にモンスターは出る。
ゴブリンのような格好で、剣と盾を装備した犬の如き顔をしたモンスターが二体の猪っぽい生き物を引き連れている。
おそらくコボルトという種だろう。確かゴブリンの別語訳でもあったか。何となく似ているからこそのネーミングなのかもしれないな。
「あの猪っぽい生き物もモンスターなのか?」
「そうだね。基本的に野生生物はこんな形では人間を襲わないからね。見た目は変化がなくても、瘴気独特の禍々しい力を放っていたらそれはもはやモンスターさ」
言われてみれば、何処か見ているだけで不快感がある。目を凝らせば、うっすらと黒い靄のようなものが立ち上っているのも見える。
猪をそう評していると、その間にもリチェルカーレが一瞬で猪達の眉間を打ち貫いて倒してしまう。
「さて、さっきの続きだ。剣でコイツを倒してみようか」
わざと一体だけ残すとなれば、そりゃあそういう目的だわな。よし、やってやる……。
俺は早速コボルトと向き合う。向こうは仲間が瞬殺されたとあってか警戒心を強め、構えたまま向かってこない。
こういう場合はこっちから揺さぶりをかけた方がいいか。俺は無造作に近づき、勢いよく剣を振り下ろした。
コボルトは盾を前面へと掲げてそれを受け止める。それで若干ふらつくだけとか、小柄な割りに見た目以上の力があるようだ。
その一撃をもって、コボルトの表情が怯えから怒りへと変わる。リチェルカーレよりも、眼前の俺を優先するようだ。
だが、普通のパーティ戦ならこうやって意識が逸れた所を不意打ちされるパターンだから、お世辞にも頭の良い行動とは言えない。
俺は先程のゴブリンの時と同じように、敵の動きをちゃんと見て対処するよう心がけた。
相手と違って俺は盾を持っていない。しっかり回避するか剣で受け止めるかの二択しかない。
受け止めからの派生である受け流しとかの技術は、正直言って俺にはまだ早い。
なので、大振りでわかりやすい動きを回避した後、胴を薙ぐようにして剣を振るった。
さすがに両断とまではいかなかったものの、深手を与えたのか一撃で絶命させる事ができた。
「うん、その調子だ。基礎さえ出来ていれば街道沿いのモンスターくらいなら何とかなるね」
逆を言えば、人里離れた場所に住むようなモンスターはまだ荷が重いということか。
「そう言えばこの世界って『ダンジョン』とかはあるのか?」
「あるよ。首都近辺で三つ。国内全体だと十はあったかな。幸いCランクの冒険者でどうにかなるレベルまでしかないけど」
「やっぱAランクやSランクで無いとどうにもならないような未踏のダンジョンってあったりするのか?」
「いくつかあるけど、有名どころとしては『レルネ遺跡』が挙げられるね。ここは通常領域と追加領域があって、追加領域の方が未踏なんだよ」
曰く、追加領域とは通常領域――元々のレルネ遺跡――を最初に制覇して、なお刺激ある冒険を求めた者が神に願った結果追加されたものらしい。
世間では『永遠に求め続ける事の出来る果てしなきダンジョン』と称されているらしく、その表現通り未だに踏破報告は挙がっていないという。
「浪漫だなぁ。いつかは行ってみたいな」
「長い道のりになりそうだから、一通り世界を巡ったその後にでも行ってみようか」
「おっと、お前らが行くのは天国だぜ?」
俺達の会話に割り入るようにして、男の声が響いてきた。
ゴブリンやコボルトとあまり変わらない貧相な装備と、お世辞にも清潔とはいえない外見。パッと見でまともな人間でない事がわかる。
その下卑た表情からは、人の道を外れた事を繰り返してきたであろう事が察せられる。俺達を見る目が明らかに濁っていた。
「そうそう。男は殺してあの世へ送り、女は捕まえて奴隷にして売る……。なぁ、どっちも天国だろぉ?」
ナイフに舌を這わせながら、似たような格好の男が出てくる。先の男と比べると筋肉質で大柄だ。
「もしかして、お前らがイスナ村近辺に出没する野盗か?」
「もしかしなくてもそうだぜ。わかってるならさっさと有り金出して大人しく俺らに殺され――」
言い切る前に乾いた音が響く。相手が野盗である事を認めた瞬間に俺が発砲したのだ。
この世界において犯罪者はまともに人として扱われないと言われるらしいし、こういう扱いでも問題ないだろう。
そもそも、被害者側ではなく加害者側を手厚く保護する向こうの世界の方がおかしいんだがな。
「なっ!? いきなり仕掛けやがった……だと……」
倒れる男を横に唖然とする、大柄な男。
「人様の金品奪って殺すような奴らが何言ってるんだ。逆に殺されるリスクくらい考えておけよ」
「ぐっ……。て、てめえら! やっちまえっ!」
と、背後に向かって声をかけるが誰一人として出てくる気配が無い。
「キミの言う『てめえら』とは、彼らの事かい?」
リチェルカーレが柏手の如く手を叩くと、中空に形成された黒い穴から十人程の人間が落下してきた。
ほとんどが男だが、一人だけ女も混ざっているようだ。男共が揃って怯える中、女だけが獣のようにこちらを睨んでいる。
まだ若い身の上だろうに、こんな立場に身をやつすなんて、一体どんな人生だったんだ……?
「な、何をしやがった……!?」
「奥の方から密かに覗き見ている不届き者達が居たからご退場願っただけだよ」
「よ、良くわからねぇが魔術か何かか。どうする気だ?」
「犯罪者は殺しても罪に問われない。運ぶのも通報するのも面倒だし、始末しようかなと思っているよ」
「ちっ、さすがにその男の連れか。同じく容赦がねぇようだな……」
「アタシらは別に正義の味方じゃないしね。障害となるならば遠慮なく排除させてもらうよ」
「って事はアレか。俺らはあんたらに絡んでしまった時点で運の尽きだったということか」
「ご名答。もし次の人生があるのなら、喧嘩を売る相手は選ぶべきだったね」
リチェルカーレがこちらに向かって頷きかける。と同時に、俺は先程まで会話していた大柄な男を撃つ。
さすがに近代兵器の銃撃はどうする事も出来なかったようで、銃を向けてから発砲するまでに何のアクションも起こさなかった。
男が倒れて埃を舞い上げる。その様子に、一箇所にまとめられた野盗達はか細い悲鳴を上げてガクガクと震えている。
「さて、情報収集といこうか。キミ達がこのターゲットの野盗で間違いないかい?」
野盗達に依頼書を見せる。しかし、それを見せられた男は首を横に振る。
「他にも野盗が居るということか?」
「あ、あぁ。俺達はあくまで最近になってこの辺に流れてきた小さな団に過ぎない」
この男によると、あくまでも先程倒された大柄な男をリーダーとする小規模な野盗団であるらしく、メンバーもここに居る者達が大半らしい。
アジトの留守番役に二人だけ人員を置いているが、総計しても十人ちょいだという。それに、活動時期も半年前からとの事だ。
一方で依頼書に書かれているターゲットの野盗団は総計百人を超える大規模な集団であり、この山を根城にして数年間は活動しているという。
ご大層にも団の名前まで付けられており、依頼書によると『山岳の荒熊』というらしい。いかにも山の中で大暴れしていそうな名前だな。
「で、その『山岳の荒熊』とやらのアジトは何処にある?」
「すまねぇが俺らも知らねぇんだ。慎重派らしくてな。余所者は一切アジトへ近づけないんだ」
本来なら彼らも縄張りに入った時点で獲物を横取りする同業者として始末される所だったが、親分が上手い事取り入って『上納金を納める事』を条件に、縄張り内での活動が許されたらしい。
「上納金を納める際も、山岳の荒熊から使者が送られてきてそいつに渡すんだ。だから、アジトには行った事も無い」
「ふむ、なかなかにやり手のようだね……その山岳の荒熊とやらは。情報を話してくれた礼に、始末するのはやめにしておこう」
少し思案した後、リチェルカーレは前言を撤回する発言をした。
その代わり、近場に大きな穴を開け、首だけを出した状態で埋めておく事にしたようだ。
「一応は村の自警団に報告しておくから、それまで生きていられたら助かると思うよ」
始末するのはやめにしても一切の温情は無かった。この状態であればモンスターにしろ野生生物にしろ見つかったら終わりだ。
または害意のある第三者が来てもやばいかもしれない。全ては運次第。頑張れよ、野盗達……。
「あ、あの……私は……?」
「キミは生きた証人としてついて来てもらうよ。手ぶらじゃあ簡単には信じてもらえないだろうからね」
野盗の中で唯一の女性だけは埋められずに残された。どうやらイスナ村まで連れて行くらしい。
少なくとも男連中のように放置される訳ではないと知ってか、女性は安心したように頷いた。
とは言え、さすがにそのまま連れて歩く訳にもいかないので胴体をぐるぐる巻きにして捕縛はしておいたが。
・・・・・
唐突に異変が起きたのは、それから三人でイスナ村へ向けて歩んでいる最中の事だった。
いきなり首筋に激しい痛みが走り、全身に力が入らなくなってしまい、俺はその場に倒れる事になってしまった。
「な……。い、一体……なに……が?」
目線を上げると、そこには怯えた表情から一転、醜悪な笑みを浮かべた野盗の少女が映っていた。




