202:人を守るということ
最前線から少し後方の集団。ロート率いる新紅蓮の面々はここに留まっていた。
仲間に新人冒険者のノイリーが居た事もあるが、先走りし過ぎるのは危険と判断しての事だった。
とは言え、この集団に対してもモンスターの群れは容赦なく襲い掛かっていくのだった。
「も、物凄い数ですね……。砂漠に生息する獣の群れでしょうか」
「こういうタイプの獣は一回の出産で十数体を産むと言われてますらね。適度に駆逐しないと手に負えなくなりますよ」
「にしては、数が多すぎる。この異常な増加もまた、瘴気の影響と言う事か……?」
ロート達は知らないが、実は結界が破られる前から少しずつ瘴気が漏れ出しており、モンスターに影響を及ぼしていた。
その事が『エルフ達が結界の維持を怠慢している』という誤解を招き、他種族と対立する発端となってしまった。
後に和解した際、結界を維持していた当事者の主張もあり、結界そのものに許容の限界が来ていたと結論付けられた。
そうした影響で凶暴化していたモンスター達は各種族あるいは各部族の戦闘要員で可能な限り対応はしていた。
しかし、あくまでも自分達の領域を犯すような相手だけを駆除してきただけであり、結界まで進軍して対応していた訳ではない。
そのため結界付近の砂漠を棲み処としていたモンスター達に関してはノータッチとなっていた。
「向こうは完全にやる気だ。奴らは素早いから迂闊に撃つな! 向かってきた所を対処しろ!」
相対しているのは、まるで猫科を思わせる肉食獣達。素早い動きを持ち反応も素早いため、構えている所を狙い打っても回避されやすい。
故に向こうから攻撃してきた所を狙う。タイミングを間違えばこちらも傷ついてしまう危ない方法だが、戦法としては有効だ。
さすがに慣れたものか、ロートは自身を喰らおうと牙を剥いて襲ってきた獣の口内へ刃を滑り込ませ、頭を両断する事で仕留めている。
「!! ヴァージニアさん、危ないっ! ……ぐあぁっ!」
その一方、ノイリーが先程助けた神官・ヴァージニアに襲い掛かろうとしていた獣の前に立ちはだかり、代わってその身で牙を受ける。
「ノイリーさん!」
砂漠で生きる肉食獣のモンスターだけあって、その咬合力は並の獣とは比にならない。
腕をクロスさせて前方へ突き出していた事が幸いし、獣が噛みついたのは金属製の手甲部分だった。
しかし、牙はそれを突き破り肉を抉る。この一撃だけで、彼の腕が使い物にならなくなる。
「逸ったな、ノイリー。むやみやたらに飛び出す事だけが『人を守る』と言う事ではないぞ」
腕を抑えてうずくまるノイリーに、ロートがかけたのは励ましでも称賛でもなかった。
「その通りです。彼女はあの時点で既に自身への攻撃を把握していました。迎撃も防御も可能でした。違いますか?」
「は、はい。既に障壁を張る準備は出来ていました……。あ、かばってくれた事自体は嬉しかった……です」
ヴァーンがヴァージニアと共にノイリーへ治癒魔術を施す。この施術の手間ですら、状況によっては命取りとなる。
ヴァージニアもまた冒険者の一人であり、ただ守られるだけの少女ではない。獣の襲撃にも恐れず、対抗措置を取れるだけの腕はある。
自身でなんとか出来るような状況で割って入るのは助太刀でも何でもない。それはただ、自身の感情の押し付けに過ぎない。
「この行動により、一体仕留めるチャンスを失い、二人が治癒のため攻撃に回れなくなった。その結果、周りの負担が大きくなった」
「ロートさんの言い方は少々辛辣ですが、これが『冒険者』というものです。たった一つのロスでパーティが壊滅する事は珍しくありません」
「も、申し訳……ありません……」
自らのしでかした事を悔いるノイリー。正義感で行動したつもりが、皆の足を引っ張ってしまった。
周りにベテラン冒険者が多数いる今だからこそこの場をしのげてはいるが、状況によってはパーティの壊滅を招くレベルのミスだ。
同時にヴァージニアを一人の冒険者として戦力に数えておらず、庇護対象として見てしまっていたという己の驕りを痛感した。
「気に病む事ぁねぇぞ、ボウズ。あぁ言っちゃあいるが、ロートの奴も駆け出しの頃に結構やらかしてるからな」
「そうそう。当時は「ゴブリン如き俺一人で――」とか言って巣穴に突撃して、泣いて逃げ帰ってきた事もあったんだぜ」
「ぐっ……。な、泣いてなどいない……」
今やAランク冒険者のロートも、ランクこそ下でも経験年数が上の先輩冒険者の面々には頭が上がらない。
彼の未熟な頃をずっと見てきた相手だ。それこそ、恥ずかしい話題に関しては事欠かないだろう。
新人を励ますためとは言え、自身の情けない経験を引き合いに出されるのはさすがに恥ずかしかった。
「すいませんでした! もう大丈夫です……。今度は間違えません」
二人がかりで早急に腕の治癒を終えたノイリーが再び立ち上がり、両手で剣を構える。
今度はヴァージニアに対して襲い掛かる獣が居ても無理に割って入らず、彼女が障壁で弾いた所を狙って刃を叩き込む。
腹を裂かれて地面に倒れた獣に確実にトドメを刺し、ノイリーとヴァージニアは手を合わせて喜び合う。
「やりましたね、ノイリーさん!」
「あぁ、ありがとうヴァージニアさん!」
冒険とは無縁な者達にとっては、前衛の壁役と言えば屈強な重戦士が大盾を構えて受け止めるという印象が強い。
しかし、防御や補助に特化した法力を扱う神官が構築する障壁は、その力量次第では重戦士にも勝る。
さらに障壁を展開しながら自身を回復する事が出来る程の技量を持つ者ともなれば、神官は難攻不落の要塞と化す。
「いいぞ、このまま群れを処理して前線に追いつくぞ!」
「ちょっと待て。向こうから何かが来る! あれは……同胞か!?」
群れが残り少なくなってきた頃、目指すべき先の場所から駆けてくる者達の姿があった。
彼らは最前線で戦っていた冒険者のうち、後方へ戻って状況を伝えるために逃がされた者達だった。
一様にその表情は恐怖と焦燥に満ちており、冷静さを保っている者は居なかった。
「なんだと!? ダンジョン下層で出現するようなモンスターが居る……?」
「聞いた特徴からして、ベヒーモスやミノタウロス、サイクロプスなどが出たようだな」
「しかも、一人がサイクロプスの光線で焼かれたと……何と惨い」
この場に居たベテラン勢からしても、そう言ったモンスターの出現は予想外であるらしい。
情報を伝えてくれた者達に関しては無理に同行させるような事はせず、早々に本陣へ下がるように促した。
この状態の彼らを連れて行ったとしても、足手まといになるばかりで戦力としては期待できない。
「……どうやら、腹をくくらなきゃならないらしいな」
ベテラン冒険者達の中には、一種のステイタスともいえるドラゴンをも倒した経験者がいる。
だが、そんな強者でも油断すれば最下級のモンスターや、ただの獣にすらやられてしまう場合もある。
そのため、既に討伐経験のあるモンスターであっても、初めて戦うかの如く警戒を怠らない。
例え過去に倒したものと同一の種だったとしても、完全に同一の個体は存在しないのだ。
極限状況下を生き延びて実力を付けた個体や、突然変異で今までの常識が通じなくなった個体も現れる。
当たり前の事のようであるが、実はこれを常日頃から意識出来ている冒険者はそうそう居ない。
「このままのペースで進むつもりだったが、予定変更だ。最前線への合流を急ぐぞ」
ロートが周りの冒険者の同意を求めるかのように辺りを見回すと、皆が一様に強く頷いた。
この場に居る者の中では一番未熟なノイリーも、ためらう事無く頷いてみせた。
一同は早々に残ったモンスターを駆除し、足場の悪い砂漠を駆けるべく準備を始めたのだが――
「ごめんなさい、失礼するわ!」
後方から凄い勢いで駆けてきた少女が、謝罪と共に砂塵を巻き起こしつつ通り過ぎていく。
戦闘状態を脱し警戒を解いていた一同は、不覚な事に砂をモロにかぶってしまう。
「ケホッケホッ。な、なんだったんだ今のは……」




