200:裏方達の奮戦
竜一は他の冒険者達から大きく遅れてゆっくり砂漠を歩いていた。
時折地面に地雷を設置すると、ちょうどそこを狙ったかのようにサンドワームが出現し、盛大に爆死する。
熱に反応する性質を持つサンドワームが、砂漠の熱を帯びた地雷を餌だと勘違いする事による自爆だ。
「やれやれ。一体どれだけ湧いてくるんだ……」
「数匹倒した程度で収まるようなら、大討伐という形で依頼など出さないでしょう」
レミアが飛来する鳥型のモンスターを切り落としながらつぶやく。
(……そもそも、この緊急依頼自体が『盛大な茶番』なんだけどな)
今回のモンスター大討伐は、ツェントラールを中心に併合した五領地を団結させるためのイベント。
絶体絶命の危機を前にして各領地の枠を超えた皆で協力し合い、危機を乗り越える事で一つにまとまる。
そして『来たるべき災厄』――いわば本番に備える。それが今回の隠された目的だった。
故に、竜一達は全力を発揮する事は自制しており、最後尾でちんたらモンスターを狩りながら歩いていた。
竜一の場合、広範囲にわたって地雷を召喚し、ガトリングガンでも乱射すれば一気にモンスターを駆逐する事が出来る。
しかし、多数の仲間が居合わせる状況においては、敵味方を区別できないため非常にやりづらい方法である。
一方のレミアも、シルヴァリアスの力を開放すれば、それこそ一薙ぎで砂漠のモンスターを一掃できてしまうだろう。
それをやらないのは、新たな国において『一人の英雄により救われる』という状況を作ってしまわないためだ。
いざという時、特定の誰か――英雄にすがる事無く自分達の国を自分達自身で守れるように地盤をしっかり固めておく。
(……そのためにも『皆の力で勝ち取る』という経緯が必要と言う訳だ)
ちなみに、この茶番はリチェルカーレ案であり、真意は竜一にのみ明かされている。
そのためレミアも緊急依頼と思っているが、自制の理由は『皆の活躍を奪うな』という形で伝えられていた。
実際、この依頼に参加している冒険者達は一匹でも多くのモンスターを倒して功績を残したいのだ。
・・・・・
ヒワールは作戦本部となっており、負傷者の治療や討伐されたモンスターの処理が行われていた。
自力で帰ってこられる程度の負傷者も居れば、仲間達に抱えられて戻る者、運び屋に運搬されてくる者も居る。
当然ながら後者ほど重傷度合いが激しく、中には既に手遅れとなっている者もちらほら見受けられた。
「おーい! また急患を運んできたぞー!」
運び屋マッスルパワーズが運んできたのは、サンドワームの切り取られた一部分だった。
「モンスターを処理するブースはこちらではありませんよ」
救護を担当している神官の一人が、運び屋の間違いを指摘する。しかし――
「いや、冒険者がサンドワームに食われたんだ! 中でまだ生きてる!」
「なんですって!?」
サンドワームは荷台に縛り付けられているが、まだ死んではいないようでウネウネと動いている。
台車に備え付けられた逆さ吊りのポーション瓶から、サンドワームの中に居る冒険者に向かってチューブが伸びており、中で苦しそうな顔でうめく女性の口内へと続いていた。
女性は丸のみにされながらも、サンドワームが切断された影響か、まだ消化される事なく生存し続けていた。
「と、とは言えどうしましょう。私は治癒こそできても、モンスター解体の技術が……」
この案件は、救護班とモンスター処理業者の協力が必要不可欠だった。
しかし、双方の陣地は少し離れており、女性の緊急性を考えると、人員を呼び寄せるには時間が足りない。
「……私にお任せ頂けますか。調理の一環でモンスターの解体は心得ております」
声をかけたのはメイドのセリンだった。彼女は本部での作業全般の補佐を任されていた。
「解体と言っても、サンドワームだぞ? 小動物系のようにはいかないぞ」
「その点はご安心ください。こう見えて三十メートル級の大型の解体も仕込まれていますので」
そう言ってセリンは刃渡り三十センチ程の包丁を取り出すと、サンドワームの断面を実際に手で触ってみる。
表面の皮膚の感触、内側の肉の感触、そしてそれらを合わせた厚みなど……。中に人がいる以上、雑に済ませる訳にはいかない。
ある程度触れてサンドワームの感覚をつかんだのか、彼女は深く頷いたと同時、手にした包丁を振りかざし……
「はい、これで大丈夫ですよ」
「……?」
何かをする間もなくそう言うと、用は済んだとばかりにその場から立ち去ってしまった。
「なんだ? やっぱ出来なかったのか……?」
運び屋がぼやくが、その直後――サンドワームが弾け飛んだ!
正確には、サンドワームの上側半分が綺麗さっぱり無くなっていた。
「うぉ!? ど、どうなってやがる……」
「と、とにかく手当を……!」
サンドワームの一部が消えた事で、飲み込まれていた女性が露出する形となった。
ネバネバした液体に包まれている上に、全身を強い圧力で締め付けられていたのか明らかに手足が折れている。
身体自体にも骨折や内臓の損傷があるかもしれない。そう考えた神官は最初から全力で施術を試みる。
・・・・・
瘴気を阻む結界を展開したエレナは、ヒワールに留まっていた。
あらかた瘴気が吸収されたところで結界を解除し、今度はヒワールを護る結界を展開。
結界の強度は極めて高く、上空から突撃するモンスターを一切通していない。
結界にぶつかって弾かれた鳥型のモンスターや虫型のモンスター達は、その瞬間に次々と打ち落とされていく。
エレナの構築した結界は、外側からの攻撃は完全に防御しつつ、中側からの攻撃は干渉する事なく通す。
そのため、中で待機していた弓兵や魔術師達の攻撃が一方的に当たる。特に、結界にぶつかって姿勢が崩れたモンスターは狙い目だ。
「さすがはツェントラール神官長の構築した結界……。敵味方の識別が可能なのか」
「完全に敵を止めてくれるのがありがたいわね。こっちは防御を考えず攻撃に集中できる」
「普通だったら、内側から攻撃する際は一部の結界を解除しないとならないからな」
迎撃を担当している者達からは、自分達に一切のリスク無く攻撃に集中できるとして好評であった。
それは当然、運び込まれた負傷者を治療する者達や、持ち込まれたモンスターの死骸や部位を捌く者達にとっても同じだ。
作業中モンスターに襲われるかもしれないという危機感を抱く事なく業務に集中できるのは実にありがたい事。
「エレナ様! エレナ様はおられますか! 極めて危険な状態の方が運び込まれています!」
ヒワール内を見回りしていたエレナのもとに、慌てた様子の女性神官が駆けてくる。
「……案内してください。私が見ましょう」
エレナは結界の維持以外にも、並の神官では手に負えないような重傷者の治療も引き受けている。
神官として群を抜いた力を持つが故に、見回りをしていると幾度も声がかけられるのだ。
彼女はそれらの要請を全て断らずに対応を続けており、可能な限りの最悪の事態を避けていた。
「あぁっ! お願いします神官長様! 彼を、彼を助けてください……っ!!!」
エレナが女性神官に連れてこられたテントに入ると、早速中に居た女性冒険者が泣き縋ってくる。
患者は女性冒険者にとって恋人にあたる男性冒険者で、今回の依頼もパーティの仲間達と共に受けていた。
しかし、地中から不意打ちをしてきたサンドワームから女性冒険者をかばって今に至る。
(サンドワームからかばって……? 何という惨い……)
エレナが目の当たりにしたのは、重傷という言葉では生易しいほどに損傷した男性冒険者の姿。
一言で言ってしまえば『下半身がない』状態。竜一達の世界においては、生かす事すら難しい程の惨状だ。
しかし、この世界においてはヒーリングなどの法術で命を繋ぐ事が出来る……出来てしまう。
「こんな状態で無茶を言ってるのは分かってます! でも、あれほどの奇跡を起こせる方ならもしかしてと思って……!」
エレナは討伐が始まってから様々な患者を診てきたが、この男性冒険者が間違いなく最も酷い状態だった。
手足が切断されていた者や腹が裂けた者、強烈な毒に侵されていた者、実に様々な患者を完璧に治療してみせた。
さすがにこの領域ともなると無理だろう……と、エレナを呼んできた女性神官は思った。しかし――
「アンティナート。アプリーレ、第一門開放……」
エレナは男性患者を淡く緑色に光る粘性の液体で包み込むと、そのまま宙へと浮遊させた。
「……秘術、天使のゆりかご」
死者の王が使う『冥王のゆりかご』は、領域内の存在を無敵化し、例え粉微塵にされようが完全に再生する反則的な闇魔術。
それを自身の圧倒的な法力で再現して見せたのが『女神のゆりかご』である。彼女はこれで自身の心臓を貫かれても何事もなく回復した。
ならば『天使のゆりかご』とはいかなる法術なのか。その答えは、中に保護された男性冒険者が見せてくれた。
「す、凄い! 少しずつだけど、体が再生してる……」
「あとはこのまま、完全に再生するまで様子を見守っていてください」
天使のゆりかご――それは、身体を半分失った状態であっても、命さえ失っていなければ再生を可能とする秘術。
極限まで濃縮された圧倒的な法力が身体に秘める生命力を超絶にブーストさせ、本来ではありえないレベルの回復を行わせる。
今回の討伐において、エレナが初めてアンティナートまで用いる必要があった治療の事例だった……。




