199:各領軍の戦い
「突撃! エリーティ魂を見せてやれ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
冒険者達とは別方向から出撃した各国の軍隊も、モンスターの群れと遭遇していた。
個の力ではそう強くない者達は、軍隊らしく複数人で一体を相手取るなどして不利を覆している。
地下から不意打ちで現れるサンドワームに対しても、気配察知を駆使して何とか凌いでいた。
「エリーティの同志達に続け! これはダーテ改めリザーレの初陣である! 必ず勝利で飾るぞ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
エリーティ騎士団と同じく、テンションの高いリザーレの騎士団が合流する。
共に『一度国を解体し、再編された』という共通点を持つからか、早くも両軍は協調して戦っていた。
過去の悪しき部分を取り去った完全に新しい人員による騎士団にとっては、これが初陣である。
「体躯の大きな者達はリザーレの者達と合同で盾となれ! 獣の突進を止めるんだ!」
「素早く動ける者達はエリーティの者達と協力して止まった獣の首を刎ねろ! 不可能ならば足などを斬れ!」
二つの領地の軍はいつしか一体となって数々のモンスターを相手取るようになっていた。
冒険者達とは異なり手柄が目当てではない、純粋に新しく出発した自分達の国を守りたい気持ち。
その正義感が力となって、一人一人に限界以上の力を引き出させていた。
「凄いテンションだねぇ、あちらさんは」
「国を腐敗させていた元凶を滅ぼした後で、改めて熱意ある者達を募集したそうですよ」
ツェントラール副騎士団長のリュックと、コンクレンツ総騎士団長代理ヘルファー。
彼らが率いる軍は、エリーティやリザーレの軍隊と比べると何処かテンションが低いように見える。
みんなして一様に口を一文字に結び、淡々とモンスターを斬り伏せている。
まるで作業でもしているかのような空気感は、決してやる気が無いからではない。
彼らは軍属になってから日が長いため、こういう任務に関しては慣れきってしまっているのだ。
故にあまり感情が動かない。だが、その分成果はしっかりと挙げており、危なげない。
「皇帝が覇道を進む方でしたので、コンクレンツは戦闘経験が多いのです。モンスター討伐くらいなら問題なくこなせるでしょう」
「一方でウチの軍ときたらこの体たらくだよ。神官長の法術に頼りっきりで、生身での戦いが錆びついてしまっている」
ツェントラール軍は数の不利を覆すため、基本的にエレナの法術により反則的な強化を受けて戦っていた。
それに頼っていたため、いざ強化が施されていない状況で戦うとなると、思うようにいかないのだ。
エリーティから戻って早々それに気付いたリュックが指導を始めたが、残念ながらこの時点ではまだ仕上がっていない。
「とりあえずこの機会を利用して、命を懸けて戦闘勘を取り戻してもらうとするよ」
「厳しい教育方針ですね。我々も見習うべきでしょうか。変な慣れは腕を鈍らせますからね」
姉御肌のようでいて苦労人気質も感じさせるリュックに、ヘルファーは同情の気持ちを寄せた。
コンクレンツの騎士団は確かに戦いに慣れてはいるが、それで初心を忘れてしまっては騎士として失格だ。
以前の竜一達による襲撃でかなり人数を失った事もあり、騎士団の編成し直しも視野に入れていた。
(さて、どうしますかね……。とりあえずは、ここを生き延びてから、ですか)
・・・・・
「サージェ。ちょうどいいお披露目の機会だな」
「はい。今こそ私の術を最大限に活用する時だと思います。出でよ、音の精霊……コーラカル!」
高々と杖を掲げると、彼女の眼前に子供くらいの大きさの少女が出現する。
淡い黄色のワンピースに身を包み、鮮やかな金色の髪を揺らし、尖らせた耳をピクピク動かすその姿はエルフを彷彿とさせる。
しかし、彼女はサージェの召喚に応じて現れた精霊である。エルフは精霊に近しいと言われているが故の近似だ。
『ようやく私のデビュー戦ですね! 気合い入れていきますよー!』
「えぇ! 私も負けませんよ! この場で戦っている全ての同胞達へ心強い補助を届けます!」
コーラカルは、その呼称が示す通り下半身を洋鐘の如きものへと変化させ、身を震わせ始めた。
辺り一帯にリーンゴーンと鐘の音が鳴り響く。そのタイミングに合わせてサージェも補助魔術を展開する。
魔術が鐘の音に乗り、戦場に響く怒号や轟音を突き抜けて、仲間と認識された者達の耳へと直接届く。
契約者の魔術を大幅に増幅し、効果を高めた上で範囲も広げて届ける。それがコーラカルの力。
基本的に補助系の魔術を得意とするサージェにとっては、この上無いベストパートナーとも言える精霊だ。
そんなベストパートナーを引き当てられたのもまた、サージェの才能であると言える。
「副隊長すっごーい! 久々の復帰と思ったら精霊契約までしちゃうし、さすがだよー!」
「音の精霊なんて初めて聞いたぜ。属性で言うと一体何に分類されるんだろうな」
「ヴィントによると、音の精霊は風の精霊の亜種だそうですよ。親戚みたいなものでしょうか」
部隊長達はこの場で初めてサージェの契約精霊を見た。契約時に立ち会ったのは団長のベルナルドのみだった。
普通、精霊は八属性の中から『自身の属性』を名乗るが、その属性から外れたものを名乗るのは非常に珍しい例だという。
しかし、精霊という存在は未だに不明な部分が多い。ルールに該当しない『例外』もちょくちょく現れる。
「よーし、ウチらも協力してガンガンモンスターを倒そう!」
「俺ら十人しか居ねぇからなぁ。精霊の分を差し引いたとしても少なすぎる気がするんだが」
「大きな力を持った責任というものです。他の皆様はもう前線に行ってしまいましたよ!」
既に彼らから大きく離れた前方では、雷が降り注いだり地面が隆起したり、白いビームや黒いビームが飛び交っていた……。
・・・・・
「はあぁぁぁぁぁっ! 薙ぎ払え、炎よ!」
カニョンは炎の魔術を前方に放ちつつ、腕を横に振って迫るモンスターの群れを薙ぎ払っていた。
小さな獣のようなモンスターは背丈が低く素早いため、肉弾戦で戦うよりも魔術で戦う方が効率的だった。
まるで火炎放射器で雑草を焼き払うかの如く、次々とモンスターが炭となって燃え尽きていく。
「わ、我ながらレベルアップが実感できる……っ」
「例え使い慣れた魔術であっても、磨き方次第で伸ばす余地はあるものです」
「それはそうですが、まさかここまで化けるとは思いませんでしたよ」
自ら放った炎の魔術に驚くカニョン。彼女自身、昔からこの魔術を使っていたが、こんな威力ではなかった。
せいぜい一体を焼くのが精一杯で、群れをまとめて薙ぎ払える程の火力と持続力など備わっていない。
「魔術は術式と魔力伝達の無駄を省き効率的に運用する事で、大なり小なり進化させる余地があります。これさえ忘れなければ、貴方は今後も伸び続けていく事でしょう」
「それはつまり、私が使える魔術の全てが『まだまだ改良の余地がある』って事ですもんね。やっぱ魔術って奥深い!」
用意された呪文を唱える事で定められた魔術を安定して発揮する事が出来る詠唱魔術。
しかし、魔術に長けた者であればその呪文を改良する事も可能。ネーテはそれを可能とする魔導師だった。
カニョンは呪文を改良するノウハウをネーテから教わり、自分の呪文を改めて練り直していた。
「これらの点は一流の冒険者でも見落としがちです。どうしても依頼などに意識を割かねばなりませんからね」
「確かに、魔術の訓練と言えばひたすらに魔術を打つ事ばかりだったなぁ。あとは、どんな状況でどう打つか戦略的な話かな」
覚えた魔術をひたすら撃つ事を修練としている使い手は多い。確かにその修練でも、使い手の魔力総量など伸びる部分はある。
しかし、魔術そのものを進化させるには、やはり魔術そのものに手を加える事が必須となってくる。
使い手でその領域に達している者となると、実はそう多くない。学術的な意味で魔術を見なければならないからだ。
「魔導師団の皆も続きなさい! コンクレンツの方達に負けてはいられませんよ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉーーーーーっ!」」」」」
一人一人が飛ばす火球は大した事なくても、千人単位で使えばそれはもはや炎の豪雨。
どんなモンスターであろうと、近くまで迫ってきた時点で焼き尽くされる。
最前線で精霊達の力を振るうコンクレンツには及ばずとも、なかなかの勢いでモンスターを倒していた。




