194:魔術の実戦訓練
「それでは、二人で実戦訓練を行ってみましょうか。貴方達がこれまでに学んだ事を活かして、魔術のみで闘ってみてください」
ラウェンに言われ、俺とハルは少し距離を置いて対峙する。
学んだ事を活かすとなれば、せっかくだしリチェルカーレに見せてもらったアレをやってみるか。
俺は右で握り拳を作り、親指を人差し指に引っ掛けて力を溜め、同時に魔力を練る。
そして、デコピンの要領で勢いよく弾くと――
「痛った!?」
ハルの額から血が噴き出し、そのままのけ反って真後ろに倒れた。
「いきなり何を……」
「何って、魔術に決まっているだろう? ラウェンに魔術で闘えって言われたしな」
起き上がろうとするハルに、今度は左手で同じ事をやって追撃してみる。
「!?」
しかし、ハルは横っ飛びで回避。さすがに見抜かれたか。
リチェルカーレも『魔力の発現を感じ、軌道を読めれば回避できる』って言ってたっけ。
さすがはハル。やはり単純な攻撃で押し切れるほど甘い相手ではなかったか。
「何をやったかと思えば、百パーセントの弟みたいな事やってたのね……」
あー、やっぱそれを思い浮かべちゃうか。正直な話、俺自身もそれは思った。
だが甘いな。そうやって会話で引き付けておいて、密かに魔術を仕込んだのを見逃しはしない。
魔力の動きを注視していた俺は、回避して地面に手を付いたと同時、地面に魔力を流し込んだのを察した。
「っと、危ねぇ!」
一歩下がった俺の足元から、土が盛り上がり槍となって生えてくる。
その一歩下がった所からも魔力の気配を感じたのでさらに下がるが、同じように土が動き出す。
いくつかそれを繰り返すうち、俺は背を木にぶつけていた。まさか、ハルの目的は……。
「捕まえたわっ!」
気づいた時には、俺の体は木に拘束されていた。木から枝が伸びてきて、縄のように俺の体を縛り上げている。
枝の太さ自体は一センチ程とそう太くないが、乾燥していない生きている木というのは想像以上に頑丈だ。
しかもハルの魔力で強化され、頑丈さが上乗せされている。人間の素の肉体では引きちぎる事はかなわないだろう。
魔術のみで闘うのがルールだから、闘気を練って身体強化をするのは反則となる。
ならば、この状況から魔術を使って脱出しなければならないわけだが……。
「今回は私の勝ちのようね。森での雪辱、晴らさせてもらうわ!」
ハルが右手で火球を作り出す。森では銃で発動を阻止したが、今回はそうもいかない。
だが、どうせ火で焼かれるのならハルの炎ではなく、俺自身の炎で焼いてやる。
「……いや、最後の最後まで勝負は分からないと思うぞ」
俺を縛っていた枝が燃え上がる。それは同時に、枝の先にある木そのものを焼き尽くす事となった。
それだけでは飽き足らず、炎は発現させた俺自身の事も容赦なく焼いてくる。だが、それは承知の上だ。
俺は誰かさんのせいで自身を痛めつける事に関して何の抵抗もない。命さえ戦術に組み込める。
最悪、死んでしまった所で俺は甦る。だが、俺はこの戦いにおけるルールを失念していた。
「竜一さん、法力を使ったので反則負けです!」
しまった。ついいつものクセで痛みを消すために法力を全身に巡らせてしまった。
魔術のみで闘うルールだから、法力である麻酔は使ってはいけなかったんだ。
立ち上がるにしても、己の体を焼く痛みと闘いながら立ち上がらなければならなかった。
「貴方はたかだか訓練試合でなんという無茶をするんですか……。全身大火傷じゃないですか」
俺自身が法力での治癒を発動する前に、ラウェンが駆け寄ってきて治癒を施してくれる。
考えてみたらラウェンは俺の能力や扱える力の種類をを知らなかったな。ここは大人しくしておこう。
「今みたいな無茶は、それこそどうしようもなく後が無い、命がかかったような極限の状況だけにしてください」
俺としては、今の行動に関しては微塵も命懸けで挑んでいるつもりなどなかった。
死ぬ事すらも戦術に組み込んでしまえるようになっている事で、感覚がマヒしているらしい。
最初の頃は能力があるからと安易に死なないように考えていたはずなんだけどな……。
「竜一さん、どれだけ負けず嫌いなんですか……。正直ドン引きですよ」
確かに今回は魔術の訓練を兼ねた模擬戦に過ぎない。命をかけてまでやるようなものではないか。
とは言え、こういう場面でも躊躇いなく行使出来るようでなければ、本番でも出来なさそうな気もする。
いや、そういう考え方がダメなのか。若くなった肉体に精神までも引っ張られてはいけない。
「とりあえず今回はここまでとしておきます。ハルさんはこんな真似してはいけませんよ」
「足掻きはしますが、さすがに自分自身を焼くような真似はしません……と言うか、出来ません」
・・・・・
実戦訓練の後は座学だ。俺達は宿の一室で説明を受けつつ様々な魔導書を閲覧していた。
「こう言った魔術理論を閲覧するのって、確か権利料が要るんじゃなかったのか?」
「あら、魔術理論に関しては既に聞いていましたか? これらは師匠が手掛けた個人の所有物ですので無料ですよ」
「もしこれらの魔導書に価格を付けるとしたら、一体どれくらいの額になるんだろうな……」
「ざっと億単位は下らないでしょうね。師匠独自の秘術なども載っていますし、私もまだまだ理解できない高等な内容が多いですから」
億単位か……。賢者ローゼステリアという者の魔導書が『国が傾くくらいの料金』らしいから、それに比べればまだマシ……なのか?
「二人共、何の話をしてるの?」
どうやらハルは魔術理論の閲覧に関しては何も説明を受けていないらしく、詳細を尋ねてきた。
その辺をラウェンがざっと説明する。俺が以前にリチェルカーレに聞いた内容とほとんど変わらない。
ただ、彼女の説明の中には、当時聞いていなかった『魔導図書館』なる項目があった。
そう言えば、魔術理論が管理されている事は聞いていても、何処で管理されてるかは聞いていなかったな。
やはり魔導書を専門に扱っている施設が存在するようだ。この地方にもあったりするんだろうか。
「へぇ、そんな制度があるのね。私も魔術理論を開発したら採用してもらえるのかしら」
「それは貴方の今後の努力次第ですね。あと、竜一さん。先程指で放ったあの魔術、もしかしたら魔術理論として登録できるかもしれませんよ」
「指で……って、アレが?」
「えぇ、仕組みは単純だけど普通の魔術師や魔導師では思いつかない発想よ。先駆者かもしれないわ」
「実はあれ、リチェルカーレから教わったんだよ。俺のはパクリと言うか、既に魔術理論が登録されてるんじゃないか?」
「あら、そうでしたか……。残念ですが、それならば仕方がありませんね」
以前聞いた限りでは、魔術理論の登録自体は難易度問わず『唯一無二』でさえあればいいらしい。
ならばいっその事、異邦人としての知識をフル活用して編み出してみるか。記念に一つでも俺の魔導書を作りたい。
価値は別に最低ラインの百ゲルトでもかまわない。とりあえず、それを考えるのも課題の一つとしておくか。




