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017:森の中で

 日が差し込む森の中は、一言で言えば美しかった。

 虫の鳴き声と鳥のさえずり、あるいは葉の揺れる音くらいしか聞こえない。


「今回の依頼で採取する薬草はサナーレ草、ハイレン草、あとはブレンネンの花が10個ずつだね」


 サナーレ草はすりつぶして塗り薬として使うもので、ハイレン草は煮出して飲むもの、ブレンネンの花は火の魔術と相性が良く魔術道具の材料となるらしい。

 リチェルカーレが持っていた資料をこちらに見せてくれる。そこには薬草の解説と共に、美術画のような対象のイラストが添えられていた。


「さて、リューイチはそろそろ剣を構えてみようか」


 そう言ってリチェルカーレが右手に魔力で形作られた剣を生み出し、両手でサッと構えてみせる。

 ゴスロリのちびっ子が剣を構えている姿は不思議と絵になる。その姿は全く遊びを感じさせない凛としたものだった。


「まずは軽く型をやってみるから真似てみるといい」


 リチェルカーレが上段から剣を振り下ろせば、俺も同様にして振る。下段から打ち上げれば、同じように下段から剣を振り上げる。

 その都度リチェルカーレは気が付いた点を指摘し、俺の剣の振り方を正していく。凄い、ちゃんとまともな剣術の指導を受けてるぞ、俺。

 何も知らない俺に対し一から基本を教えてくれている。これは本気で俺に剣術を身に着けさせようとしているって事の表れだ。

 俺は基礎練習の大切さを知っている。それを蔑ろにしていきなり「戦い方を教えてくれ」などと愚かしい事は言わない。

 全ては基礎から成り立っている。つまり、ここさえきちんとやっていれば、この先に教わるであろうどんな事にも対応できる……ハズだ。


「ほら、こうして騒いでいれば早速出て来たぞ。おあつらえ向きの相手だ」


 様々な型や動き方を反復練習していたら、リチェルカーレがそう声をかけてくる。

 示す先には、三匹のモンスターが現れていた。一メートル程の体格をした人型で緑じみた体色。大きな耳に高い鼻、そして大きな口。

 いずれの個体もボロボロの皮鎧を身に纏い、武器を手にしている。獲物は剣、斧、棍棒とそれぞれ異なる。

 だが、どの武器も錆びていたりボロボロだったりと、通常で考えれば使い物にならない傷み具合だ。

 アレが何かなど言われなくても分かる……アレは間違いなく『ゴブリン』だ。


「そのあまり驚いていない反応を見るに、既にゴブリンの事は知っているようだね。けど、油断は禁物だよ」


 俺は黙って頷く。もちろんわかってる。向こうの世界では創作物の影響のせいか、雑魚扱いされている事が多い。

 だが見た目とは裏腹に道具や戦略を扱う知能があり、力も並の大人以上に強い。個体数も多く決して油断ならない相手だ。

 ギルドでアイリさんが話していた事だが、コイツらの存在が村一つを壊滅させてしまう事だってあり得るのだ。


「一体目はお手本代わりにアタシがやろう。良く見ているといい」


 無警戒にスタスタと歩き出したリチェルカーレ。ゴブリン達も気持ちニヤけた面構えでその様子を見守っている。

 大方「美味そうなのが歩いてきた」とでも思ってるんだろうが、とんでもない。目の前にあるのは致死レベルの毒リンゴだぞ。

 剣を持った個体が笑いながら飛び掛かっていくが、リチェルカーレは半身をずらしただけで回避すると、背を見せたゴブリンに袈裟斬りを決めた。

 彼女の魔力によって作られた剣だったためかその切れ味は半端ない。ゴブリンは斜めに分断されてその場に崩れ落ちてしまった。


「さぁ、次は君の番だ。余計な邪魔は入らないようにしてあげるから、しっかりと本番に挑むがいい」

「やってみるか……。コイツすら倒せないようでは、この先何も出来なくなってしまうしな」


 と、戦う覚悟を決めた所で、斧を持っていたゴブリンの頭が爆散した。

 おそらくこれがリチェルカーレの配慮なのだろう。棍棒ゴブリンと一対一にしてくれたんだな。

 横の仲間がいきなり死んだことで驚いていたが、俺が迫っているとあってかすぐに意識をこちらへと向けてきた。

 だが、その表情は怒りに支配されており、動きも先程のリチェルカーレの時とは違いさらに単調だった。

 ドタドタと走ってきて無造作に棍棒を振り下ろすだけ。さすがに半身で……というのは無謀なのでしっかりと回避する。

 そして、棍棒を地面に叩きつけたゴブリンの横から、その首に向かって全力で剣を振り下ろす。


 想像以上にあっさりと刃が通り抜け、ゴブリンの首が転がり落ちた。さすがは金属の剣だ。

 だが、それで安堵してはいけない。何せ相手はモンスター、今までの常識が通じるかどうかは分からない。

 首を落としたくらいじゃ死なないような奴だって居るかも知れない。勝ったと思って安堵した所を狙われるかもしれない。

 戦場ではそうしないと死ぬ。と言うか、実際に死んだ。それもこれも、良く考えもせず行動してしまったからだ。


「へぇ、そこで気を抜かないとは……戦いに慣れてるんだねぇ。確か戦場を現場とする仕事をやってたんだっけ?」

「戦場カメラマンって言うんだ。その辺の説明は次の宿泊先ででもさせてもらうよ。今は――」


 そう、今はまだ戦地の中に居るのだ。臨戦態勢を維持しなければならない。

 向こうの世界で油断して死んでしまった俺が言うのも何だが、同じ過ちは繰り返せない。

 ミネルヴァ様曰く死んだとしても復活するらしいが、さすがにそれがあるからと警戒を怠るのは怠慢だろう。

 案の定、別のモンスターがこちらの気配を嗅ぎつけてやってきたしな。警戒し続けていて正解だった。


「……魔犬の群れか」

「一対多における立ち回りに関しては、実際見てもらった方が早いかな。アタシがやろう」


 先程のゴブリンの時と同じくリチェルカーレが魔力の剣を片手に魔犬の所まで歩いていくと、群れの一匹が飛び出してきた。

 大きく前後の足を広げての跳躍は、リチェルカーレの身長よりも高い軌道を描き……って、これはまさか後ろに居る俺の方を狙っているのか?

 だが、その魔犬の牙が俺に届く事は無かった。空中で魔犬の身体が左右に分かたれ、それぞれ俺の横を通り過ぎていったからだ。


「アタシを無視しようとはいい度胸じゃないか。一匹たりともリューイチの所には行かせないよ」


 仲間がやられた事で魔犬は目の前の存在を敵と認識したようだ。憎悪に満ちた唸り声をあげ、リチェルカーレを敵視している。

 今度は低い軌道で素早く飛び掛かり、目の前に居たリチェルカーレを食らおうとする。しかし、すぐさま大きく開いた口を境目として上下に分断されてしまった。


「全く見えなかったぞ……一体、何をしたんだ?」

「おっと、ごめんごめん。ついいつものクセでやってしまったよ。これはアタシ独自の邪道なやり方でね、とても剣術なんて呼べる代物じゃないんだよ。ま、いずれは説明するけど、今は普通の剣術が先だね」


 そう言って再び魔犬の方へと向き直る彼女だったが、さすがに二体も訳が分からないままにやられてしまっては怯えもするというもの。

 二歩三歩と後ろへ下がった後、踵を返して脱兎のごとく逃げ去ってしまった……。


「モンスターのくせに情けないな、これじゃあお手本を見せられないじゃないか」


 呆れるリチェルカーレだったが、溜息をついた所で森の奥から悲鳴じみた魔犬の鳴き声が響いてきた。

 同時に笑い声のような豚の鳴き声のような、不快感を抱かせる声も響いてくる。もしかしてクエスト対象のオークか?

 俺達はすぐさま森の奥へと駆けだした。




 百メートルほど進んだあたりだろうか。そこには二体の魔犬がひしゃげた状態で転がされていた。

 あと何匹か魔犬は居たはずだが、この場に居ないという事は逃げ出したのだろう。

 その原因となったのは、当然の事ながら魔犬の死体のそばで血まみれの棍棒を手にグフグフと笑っている豚顔のモンスターだろう。

 ゴブリンと同じようなボロボロの鎧を身に纏い、手には人間ではとても持てないような大きさの棍棒が握られている。

 でっぷりと肥えた体型はまるで力士のよう。だが、露出した腕などを見ると、凄まじいまでの筋肉で固められている事がわかる。

 あの筋肉であの棍棒を振り回す……そりゃあ足元でひしゃげている魔犬のようになってしまうわな。


「ターゲットは損壊が少ない程報酬が上がる。幸い魔犬を無傷で撃退してくれたようで良かったよ。美品を手に入れられそうだ」


 既にオークを入手する算段を立てているようだ。何か策があるのか……?

 ヘッドショットで一発とか、針のようなもので一刺しだとか、極力傷を作らない方向だとは思うが。


「よし、これで行こう」


 彼女が右手を前方へかざすと、間を置くことなくいきなりオークが苦しみ出した。抵抗できない状態にされているのか、苦しんでいるのにもかかわらず棒立ちのまま動かない。

 十中八九リチェルカーレの魔術だろう。オークの苦しむ顔を見るに、おそらくは周りの空気を絶ったのだろう。変に暴れないよう、手足も何かしらの魔術で押さえつけているに違いない。

 その状態で数分ほど待つと、オークは白目をむいた状態となり体の震えも止まった。どうやら完全に絶命したようだ。


「よし、完璧な状態のオークが捕獲出来たね。最初は水球でもかぶせてやろうと思ったんだが、水で濡らすのも汚すに等しいしね。おそらくリューイチはアタシが何をしたかはわかると思うけど」

「オークの周りから空気を取り除いて呼吸できないようにしたんだろ。全身は空気で圧力をかけて押さえつけていた……とか?」

「さすがリューイチだね、その通り。変に暴れられて自傷でもされたら困るだろう? 拘束した状態で息を止める、これが一番綺麗に捕獲出来る方法だと思ったのさ」

「まぁ、確かに……傷一つない美品だな。で、このオークはどうするんだ? アイリさんはモンスターの死体を丸々送る場合は専門業者を手配云々とか言ってた気がするが」

「こうするのさ」


 パチンと指を鳴らすと、オークの死体がその下に開いた黒い穴へと落ちていく。

 オークの死体も空間収納で持っていくのか。まさか、薬草やポーションとかが入った場所と同じじゃあないだろうな。


「さて、後は薬草の収集だけど……実はすでに拾ってある」

「仕事早っ」


 中空に小さく開いた黒い穴から沢山の草と花が落ちてきた。並べてから数えてみると、根っこごと抜いてある草が十本、それとは別の種類の草が十本、あとは花が十個だ。

 これがサナーレ草、ハイレン草、ブレンネンの花という事なのだろう。リチェルカーレから再び資料を借りてみると、間違いなくそれらの特徴と一致している。

 サナーレ草は何となくヨモギっぽい雰囲気の草だな。ハイレン草は煮出して飲むからなのか、どことなくドクダミっぽい。ブレンネンの花はまるで彼岸花のように真っ赤で派手だ。

 人間が住まう世界同士だからなのか、やっぱ地球の物と似た様な物をよく見かけるな。同じような進化を辿っているという事だろうか。


「確かに、ギルドの依頼に書かれてある草だな……。いつの間に回収したんだ」

「オークの鳴き声を聞いて駆け付けた時だね。さっき絨毯で飛びながら魔犬の牙を回収していただろう。それと同じように、走りながらそこいらに生えているやつを取っておいたのさ」

「便利すぎるだろう……回収魔術」

「後は『パロン』という木の実も拾えるだけ拾っておいたよ。これは実が固くて苦いから食用には適さないけど、酒に浸け込む事で絶妙な甘さと香りを発して酒を芳醇にする効果があるんだ。ギルドの酒場では常に消費されているから、持ち込めば買い取ってくれる」


 リチェルカーレが見せてくれたのは、ギルドの依頼には無かった木の実だ。数センチほどの大きさの緑色の果実……まるで梅だ。

 実のままでは食用に適さないが、酒に漬け込む事で――という用途なども良く似ている。もしかして梅干しと同じように干せば食えるんじゃないか?


「なぁ、パロンの実って干して食べる習慣とかあるか?」

「実を食す習慣は聞いた事が無いね。もしかして向こうの世界の知識で何か閃いたかい?」


 俺は梅干しの事を話してみた。パロンの実で代用が利くのか、イスナ村に到着したらやってみたい所だ。




「さて、そろそろ森を抜けるよ。また絨毯に乗って移動しようか」

「なんだかおんぶにだっこになってしまった気がするな。色々と申し訳なく思えてきた」


 俺は結局、この森においては剣術の基礎を学ぶに終始した。薬草収集の依頼もオーク捕獲の依頼もリチェルカーレがあっさり片づけてしまったからな……。

 幸いにもパーティを組んでいるから依頼は二人で達成した扱いになるらしいが、ギルドでその内訳とか確認されたりするんだろうか。


「気にする事は無いよ。まだ始まったばかりなんだ。この世界に慣れるまではアタシが可能な限りサポートしてあげるから、どんと構えていればいい」


 優しさが目に染みるぜ……。ギルドの時みたく滅茶苦茶な事をやらかす一方で、こういう細かい部分には気が利くのが抜け目ない。

 期待をかけてくれているのはありがたい事だ。この先、ちゃんと応えられるように頑張らないといけないな……。

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