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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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192:完成、メイド養成学校

 ――国境沿いの町、ジダール。


 急ピッチで建設が進められていたメイド養成学校は既に完成しており、既に授業も始まっていた。

 驚くべき事に募集段階から既に数十人の応募があったため、講師として地方貴族の家に勤めている有能なメイド達を何人か招き入れた。


「想像していたよりもしっかりと学校やってますね……。正直、長老会議で勢い任せに作っただけかと思ってました」


 メイドのセリンは後輩のスゥと共に、長老会議によるご厚意で学校見学をさせてもらっていた。

 彼女達はメイド長の教育によって謎の『メイド力』を行使出来るに至った数少ない者達だ。

 程度の差はあれどオールマイティに事をこなせるが故に、場合によっては臨時講師も務める事になるだろう。


「あんな暗殺組織を本気で作る連中です。メイド養成学校も本気と言う事なのでしょう」


 当時は何とも思っていなかったスゥも、今となってはあの暗殺組織が如何にイカレていたかを実感できる。

 故にこそ、このメイド養成学校もそういう方向へと傾くのではないかと思っていたが……。


「懐かしいですね。私も就職する前はあのような訓練を受けていましたよ」


 教室を覗くと、中では五人のメイド達が講師の指導を受けつつテーブルセッティングを行っていた。

 一般的な家庭におけるルールの無い配膳とは異なり、貴族に仕えるメイドともなると、食器の位置関係にすら正確さを要求される。

 そのため、逐一講師がメジャーで各食器間や燭台との距離を厳密に測定し、生徒であるメイド達にダメ出しをしていく。


 言わずもがな、それを見守るセリンはそのレベルのセッティング程度であればは簡単にこなす事が出来る。

 メイド長の指導を受ける前は定められた時間内に何とか形に出来る程度の技術だったが、今では人間を辞めているレベルに至っている。

 それはもはや一般の人間では視認出来ない程の速さであり、それを実現できるのも『メイド力』があっての事である。


 二人が上階へ行くべく階段を通ろうとすると、上から一人のメイドがおぼつかない足取りでゆっくり降りてきた。

 メイドは右手にトレイを持っており、ワインの注がれたグラスがいくつも並んでいる。加えて、頭に辞書のような書籍を乗せている。

 この状態で雫一滴こぼさない程の安定性が求められる……が、緊張のあまりメイドが階段を踏み外して転びそうになった。


 その瞬間、スゥが素早くメイドの下側へ入り込み転倒を阻止。セリンはメイドの手から離れそうなトレイをキャッチする。 

 直後、上の方から慌てて講師と思われる年配の女性メイドが降りてきた。しかし、セリン達を見た途端に慌てぶりは何処へやら。


「話は長老会議の方から伺っております。ツェントラールのお城で働くメイドの方々ですね。せっかくですから、この機会に是非ともお手本を……」


 柔和な笑みで挨拶をしてきたが、その笑顔の裏に挑戦的な目線を感じる事を二人は見逃さなかった。

 長年貴族の家に勤めてきたプライドや、講師として皆の指導をしている立場もあってか、ゲストの品定めをしたいのだろう。

 そう判断した二人は、適当に調子を合わせる事を止めて、メイド長指導による『全力』を披露する事に決めた。



 ・・・・・



 講師はただただ唖然としていた。と言うのも、自身が挑戦を吹っ掛けたメイド達二人が人間離れした領域の技量を有していたからだ。

 褐色の少女スゥは頭に本を五冊乗せた上でトレイの上にワイングラスをピラミッド状に積み、中身を並々と注いだ上で全力疾走してみせた。

 なのにもかかわらず中身は一切零れない。講師は接着剤か何かで固定したりワインを魔術で凍らせているのではないかと疑ったが、結果は白だった。


 セリンに至っては、そのまま壁に向かって歩いて行ったかと思うと、床と地続きであるかのように垂直に壁を歩いて登っていき、ついには逆さまになって天井を歩き始めた。

 どういう原理か書籍は頭にくっついており、手首を裏返してトレイはちゃんと上を向けている。当然の事ながら、ピラミッド状に積まれたワイングラスからは雫一滴零れ落ちてはこない。

 もはや講師は別の事を考えていた。確かにやっている事自体は物凄いが、こういう技術は果たして本当にメイドにとって必要な技術なのだろうか……と。


「お見事ですよ、二人共。修練は怠っていないようですね」


 講師の横に何の前触れも無く出現するメイド長。講師は大層驚いていたが、弟子二人にとってはメイド長がそう現れるのは毎度おなじみの事。

 しかし、こちらへ現れる理由の方が分からなかった。彼女に課せられた目的は既に終えているはずなのに、なぜ再び……。


「どうしてメイド長がこちらへ……?」


 素直に聞いた方が早いと思い、挨拶もそこそこに質問をぶつけるセリン。


「ここが従来の『砂漠の国ファーミン』であったならば、その養成に力を貸す事はつまり……敵を育てるも同義でした」


 長老会議はメイド長の恐るべき実力を目の当たりにして、暗殺者達よりも強いメイド達を生み出すべく養成所の建設を始めた。

 しかし、そのような常識外れのメイド達は、同じく常識外れのメイド長が指導して初めて生み出せるもの。長老会議の面々はその事実を知らない。

 故にメイド養成学校は文字通り『ただのメイドの養成をするだけ』の施設でしかなく、長老会議は大打撃を受ける事になるはず……だった。


「しかし、今やここはツェントラールのファーミン領。つまり、我が国です。ならば、養成を行う事には利があります」


 長老会議の幸運はツェントラールとの併合を承諾した事だ。それにより、メイド長が自国の一部となったファーミン領を強化するために動き出した。

 とは言え、メイド長が実際どのような存在であるかを知るのは長老会議の面々のみで、この学校においては単に新しく赴任してきた講師の一人に過ぎない。

 そのため後からやってきた者への当てつけなのか、平均的に能力が低いクラスをあてがわれたが、メイド長にとってそれは全く問題とならなかった。




 ――と、言うのも。


 謎のメイド力云々を抜きにしても、メイド長の指導力は群を抜いていた。

 個々の生徒それぞれの特徴や得意分野と苦手分野を素早く見抜き、各々に合わせた最適な指導を行う。

 それでいて生徒の誰一人として決して見放したりせず、褒める事を主体とした授業を続けた。


 結果、あっと言う間に彼女のクラスは学校内最良のクラスへと成り上がっていった。

 そのあまりの卓越した指導力に、落ちこぼれクラスをあてがったハズの講師陣が唖然としている。

 メイド長は落ちこぼれとされた生徒すらも、短時間の指導で使えるレベルまで育て上げた。


 その後、メイド長は希望者のみを募って彼女独自の『メイド力』の伝授する事を告知した際、驚く事にほとんどの生徒が受講を希望した。

 冒険者として生きる力もなく、自衛すらまともに出来ず、せめて何か手に職をと思っていた者達にとって、戦いにも応用できる力と技術の習得は渡りに船だった。

 それから一年も経たないうちに、かつての暗殺者集団の力量を超えるメイドの軍団が誕生するのだが、それはまた別の話……。

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