189:地方統一の意味
――ツェントラール王城。
「……と、いう訳で御座いまして」
王座の間で壇上の人物に頭を垂れ、詳細を報告をしているのはメイド長だった。
ファーミンにおいてどのような事があったか、そして最終的には地方全域の戦力を結集しての大討伐が決定した事。
既に周りの四カ国――いや、四領からの同意は得ている事。それらを余す事無く主へと伝えた。
「それを……どうしてお父様ではなく私に報告するんですの!?」
壇上に立っていたのはシャルロッテ王女だった。玉座は空席で、室内には他に誰一人として臣下が同席していない。
メイド長の話は、とてもではないが多くの人に聞かせられるようなものではなかったからだ。
「それは今、王族の中でまともに動けるのが貴方様しかおられないからに他なりません」
王女の父親であり現国王であるティミッドは現在心労で倒れており、ベッドで寝たきりになっている。
コンクレンツ帝国の併合を機に、エリーティ、ダーテと次々に周りの国の併合が決まっていったここ最近の流れ。
あまりにも目まぐるしい情勢の動きに国王はついていけなくなり、ついには倒れて動けなくなってしまった。
母親であり王妃であるエリザヴェータはそんなティミッドを付きっきりで看病しており、彼女自身も疲労しており王の代わりは厳しい。
弟のウェル王子はまだ少年と呼べる幼い年頃であり、さすがに父親に代わって全てを背負って場を取り仕切るのは困難であった。
そのため、残された選択肢がシャルロッテ王女と言う訳だ。まだ十代後半と若いが、王子のように幼過ぎず、それなりに場数も踏んでいる。
「あぁもう! 頼りにならないお父様ね……。お母様も離れたがらないし、ウェルにやらせるわけにもいかないし……」
そんな経緯もあって、シャルロッテ王女が臨時で国王の代理をする事となった。
「で。さっき聞きましたが、何ですのその状況は……」
「ファーミンで行われる大討伐の件でしょうか」
「それ以前ですわ。そもそも何故『地方統一』などという話になっておりますの?」
王女からすれば、ツェントラールを中心として『この地方が統一される』という事が理解できなかった
国の窮地を救うために竜一達が周りの国々へ向かった事は知っているが、それとこれがどうにも結びつかない。
「竜一様が与えられた使命は『この国を救う事』でした。間違ってはいないと思いますが」
「それは理解しておりますわ。領地はもちろん人材も資材も増えますし、敵国を滅ぼす事に比べたら良好と言える結果ですわ。ただ――」
「……リスクもあるのに、何故わざわざそのような手段を取ったか、でしょうか?」
王女は黙って頷く。
ツェントラールを救う。それならば、敵対する周りの国々を叩き潰すだけでも解決と言える。
実際、竜一達は圧倒的な力を有しており、コンクレンツ帝国の時のように一方的な蹂躙もやってのけた。
しかし、そのまま滅ぼして終わらせたりせず、和解した上でのツェントラール併合を提案した。
一見良い事のように思えるが、これは『かつて敵対していた存在を己の懐に招き入れる』という事でもある。
もし相手が心の奥底に野心を抱き続けており、国の深い所まで入り込んだ後で行動に移した場合、その時は非常に対処が困難となる。
既に国の各所に根を張られている可能性が非常に高く、国の各組織も知らず知らず敵国の色に染められているかもしれない。
「謀反に関しては問題ありません。エリーティとダーテに関しましては、次期指導者と協力し現支配者を討つ革命を起こしていますし、友誼を結んでおります。ファーミンに関しましては利害が一致しておりますし、彼らの『部族民族を尊重する』という方針を損なわなければ問題ありません。コンクレンツに関しましては抵抗するのも馬鹿らしくなる程の圧倒的な力で落としましたし、万が一野心を抱いても対応できるように保険をかけてあります」
「そ、そう……」
王女の懸念を察した上で先回りして全てを説明するメイド長。
「あの方々の考える『この国を救う』とは、今この時のみならず、後の世においての危機も乗り越えられるように配慮したものです」
例え今この一時だけが平和な状態になるだけの形であったとしても、一応『国が救われた事』には違いない。
しかし、そう遠くないうちに新たなる危機が襲来して平和な一時が壊されてしまえば、その際は再び国を救う必要が生じる。
それではいたちごっこだ。子を守る親のように、いつまでも国を救うための『英雄』が傍に控えていなければならない。
「いずれ、さらなる災厄がこの地方を襲うでしょう。その時、地方の国々がバラバラでは、とてもそれを乗り越えられないのです」
「さらなる災厄……。では、地方統一はそれを見越しての事だと……?」
「今回ファーミンで行われるモンスターの大討伐は、言わばそれの予行演習と言って良いでしょう」
地方統一、モンスターの大討伐、それに加えて『さらなる災厄』。王女は急に詰め込まれる情報に頭を痛める。
しかし、メイド長は王女が話を理解しているか否かを気にする事無く、淡々と用件を伝えていく。
「……ですので、今回の大討伐依頼に国として協力する証――王の印をお願い致します」
「未だに事態をよく呑み込めてはいませんが、長年この国に使えてきた貴方が仰るのですもの。信用させて頂きますわよ?」
メイド長が提示した書類に王女が印を押し、その横に代理人である自身の名前をサインしていく。
「ありがとうございます。ご決断感謝致します」
一礼と共に姿を消すメイド長。ツェントラールにおいては当たり前の光景だったので、王女は特に驚きはしなかった。
しかし、メイド長が消えたと共に身体の力が抜けたのか、立っていられずその場にへたり込んでしまう王女。
(……これから先、一体何が起こると言うのでしょうか)
自分の知らない所で何かが大きく動いている。しかし、未だ王女自身は蚊帳の外に居て事情も良く知らない。
期待よりも不安の方が圧倒的に大きかった。その夜、王女は眠れないまま一夜を明かす事となった……。
・・・・・
――ツェントラール王城内・メイド長自室。
闇から染み出すようにしてメイド長が部屋の中へ出現すると同時、まるでセンサー式ライトの如く部屋の照明が起動する。
それを待っていたかのように、彼女の眼前へ三人のメイド長が同じようにして出現し、お互いの姿を確認すると一つ頷いてすぐに姿を消した。
消えた彼女達に代わるようにして出現したのは三枚の書類。それぞれコンクレンツ、エリーティ、リザーレ代表の印が押されている。
「やれやれですね。まったく、あの人も面倒な依頼をしてくれるものです……」
自身の持つ書類と合わせて四枚。それらを手に、メイド長は再びその場から姿を消すのだった。




