186:根本的原因の排除
「お待たせしました。今後の事をお話するとの事で、最長老もご同行頂いております」
ラウェンが長老会議から戻ってきた。隣には、こちらを見て目を見開く最長老の姿。
泉の傍らでお茶会をしている俺達に面食らったのだろう。確かに、この場所には不釣り合いな光景だ。
「まずは、エルフの里の問題を解決して頂きましてありがとうございます」
「こちらこそ、無茶な交渉を受けて頂いて感謝しています」
代表して、俺が立ち上がって言葉を返す。さすがにこういう時くらいは礼節をわきまえるぞ。
「いえいえ、今思えば大正解でした。こちらとしては、最悪の形である種族間戦争が起きる事無く済んで良かったですよ」
「それは何より。……となりますと、併合の件は?」
「賛成です。ただ、当初の話の通り我々は個々の種族・民族を重視しておりますので……」
「あくまでもツェントラールの一領土に名を変えるだけで、実質的に支配はしないという事ですね」
ファーミン併合の条件は、元々からあった民族や種族の生活に介入しない事。
つまり、併合した後もツェントラールの様式を押し付けたりせず、彼らの生き方を変えない事だ。
「あぁ、それでいい。もちろん、国の一員として有事の際には力を貸そう」
そんなファーミン側に唯一生じるのは『自国が危機の際、国のために戦う』という義務のみ。
深く生活に介入しない代わり、国のために戦う力を貸すといった形だ。
「そうか。だったら早速その力を貸してもらおうじゃないか」
最長老の言葉を待っていたかのように、リチェルカーレが割り込んでくる。
「……何をさせるつもりだ?」
「根本的原因の排除だよ。そもそもキミ達がエルフと揉めたのは何故だった? エルフ達がこの地に縛り付けられているのは何故だった?」
「まさか、結界の事を言っているのか?」
「そう、かつて魔族との決戦の影響で特濃の瘴気汚染地となった場所さ」
「排除というのは、まさか……」
「汚染の原因となっている瘴気そのものを消し去るんだよ」
「消し去るだと? そんな事が可能なのか……」
今までは『結界で封じる』という対策で瘴気の拡散を凌いできた。
しかし、瘴気そのものを消し去るという対策には思い至っていなかった……いや、違うな。
大元を消し去るという事くらい、すぐにでも思いつくはずだ。だが、出来なかった。
アルヴィさんの回想によると、瘴気が溢れる原因は空間に開けられた穴だ。
こんな非常識なもの、塞ぐ方法が分かる者などほとんど居ないだろう。
ましてや、塞ぐ事が出来る者などさらに限られている。当時のアルヴィさんですら出来なかったのだ。
だが――
「そうか。リチェルカーレなら空間を閉じるくらい出来そうだもんな」
「けど、あれは元々アルヴィの不始末だ。尻拭いは自分自身でしてもらうつもりだよ」
「アルヴィさんは帰ってしまったんだろう? また後で戻ってくるのか?」
「あの子は未だに空間魔術を習得していないって言ってたから、空間魔術を習得するまで出られない隔離空間に閉じ込めておいたよ」
「……鬼か」
「数百年費やして習得できないのは怠惰の証拠だよ。極限状況下での短期習得を目指してもらう」
アルヴィさんはさっき会った時点でまだ空間魔術を習得出来ていない感じだった。
数百年かかって習得できないものを短期で習得……アルヴィさんは一体どんな地獄に放り込まれたんだ。
「最終的に間に合わなければアタシがやる。けど、あの子ならやってくれるハズさ」
俺の荒行の時と同じ感じだな。理不尽を課していながらも、何処か優し気な信頼の目。
アルヴィさんなら絶対に出来ると思っているからこそやっているんだろう。
「……良く分からないが、君達ならば瘴気を消し去る事が出来るという事だな?」
「あぁ、けど問題はそれだけじゃない。結界の中には間違いなく魔界からやってきた者達が潜んでいる」
魔界と繋がってるって話だもんな。アルヴィさんの回想でも実際に魔物が出てきていたし……。
となると、結界の中には魔界からやってきた者達がたむろしていても不思議じゃない。
「他にも、結界付近のモンスター達が漏れ出た瘴気の影響で狂暴化していたりもする」
「なるほど。我々が力を貸すというのはその部分に関してか」
「あぁ、結界の内外に居る邪魔者達を排除する役割を担ってもらおうと思っている」
「それで、一体どれくらいの敵が居るんだ?」
「外のモンスターだけで少なくとも数百はくだらないだろうね。後は結界の中にどれ程の者が迷い込んでいるか……」
「……なんと、それはもはや大討伐の領域ではないか。我らだけでどうにかできるのか?」
「少し前までだったら君達だけで何とかする必要があった。けど、今の君達は同じ国内の仲間だ」
そう。今のファーミンは『砂漠の国ファーミン』ではない。ツェントラールの『ファーミン領』となった。
異国へ力を貸すとなると色々面倒が生じるが、自国内の領地へ手を貸すにあたってはそれらの一切を省く事が出来る。
「ツェントラールの戦力はもちろん、コンクレンツ、エリーティ、ダーテの戦力も用意できる」
ネーテさん達や、コンクレンツ魔導師団、エリーティ歌劇団、ヴィーダーの面々。
各国で敵として戦ったり、共に戦ったりした彼らと共闘できるのか……。
「それだけじゃない。各地方のギルドで冒険者達に大討伐の依頼をする事で招集をかけられる」
各国の戦力と冒険者達。まるで一大戦争みたいな様相になりそうだ。
「……だが、それだけの戦力を集めるには時間がかかるんじゃないのか?」
「その点は問題ない。我々もラウェン殿の話を聞いて、内部に潜入者がいないかどうかを調べねばならんからな。逆に決行が早いと困る」
エルフの中に潜入者が居たのであれば、他の種族の中にも潜入者が居たっておかしくはない。
長老会議に集った各部族と民族は、一旦自分達の領地へ戻ってその辺を徹底的に洗う事にしたのだそうだ。
「とは言え、我々に高度な変身を見抜く力は無い。出来る事といえば、異常な思想を持つ者を隔離する事くらいだ」
やや強引なやり方ではあるが、正体が何であれ和を乱す者を隔離しておくのは、大掛かりな作戦の前においては重要な事だ。
いざという時に足元を掬われてしまってはたまらないからな。有能な敵よりも無能な味方の方が怖いとも言うしな。
「一週間。招集の時間は大体これくらいで考えてるよ。最長老は、それでいいかい?」
「わかりました。では、一週間で部族内の洗い出しと作戦決行の準備をする事としましょう」
最長老が一礼してその場を後にする。さすがに行動が早い。
「……で、俺達はどうするんだ?」
「アタシは各地のギルドに依頼の発布をしておこう。キミ達はキミ達で、各々気になる事でも解消しておいてくれ」
気になる事……なぁ。ジダールにでも戻ってみるか?




