185:里の長、謝罪する
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
大きなテントの中、集う何十人もの中心で土下座をして謝罪の言葉を述べるのはラウェンその人。
エルフの里を出た一行は、まず里の問題解決報告をすると共に、エルフと他種族の溝を埋めなければならなかった。
そのために、現時点で里の長となっており、対外的に無礼な振る舞いをしていたラウェンが同行している。
竜一達は真相を知っているが、他種族の者達は違う。未だに、新たな指導者が全てを行ったものであると思っている。
ラウェンは途中で怒りに震える者達に襲い掛かられそうになりながらも、決して頭を上げず、そして動かず言葉を続けた。
「突然このような事を言ってもすぐ納得できるものではないでしょう。結界の維持を最優先とし、他の皆様を蔑ろにしたのは、他ならぬこの私です」
結界を維持するためには、決して少なくない魔力が必要であり、里のエルフ達からの魔力の供出が必要であった事。
里の者達は長い年月の間に結界に関する認識が薄くなっていたばかりか、本国のエルフを嫌っていたため非協力的な姿勢であった事。
協力の対価として他種族に対し高圧的に振舞い、エルフこそが至高の種族であると主張するように要求された事。
――自身の至らなさを前提として挙げた上で、全てを説明する。
「むむぅ、いきなりそのような告白をされてもな……。どう反応して良いものやら」
「どうせこれもエルフの打算だろう。下げた頭の陰では不敵な笑みを浮かべているに違いない」
「いや、プライドの高いエルフが打算でこのような事をすると思うか……?」
今まで抱いていたエルフのイメージ像とは異なるこのラウェンの行動に、長老会議の面々は戸惑う。
ざわざわと騒がしくなる中、先頭で謝罪を受けていた長老達は、ラウェンをしっかりと見据えてその真意を探る。
「……エルフの里で一体何があった?」
最長老は、ラウェンの謝罪を真摯なものと認めた上で、エルフ達に何かが起きていた事を察する。
彼の知る限りでは、エルフという種族はそこまで愚かではなかったという認識があった。
「内部工作です。悪意ある者が同胞に変身して潜入し、歪んだ思想を植え付けて民の思考を誘導していました」
「なんと、そのような事が……。しかし、それに良く気が付いたものだ」
「奇跡あっての事です。我らの女王が里を訪れ、偽りの存在を暴き出すという一幕が無ければ、今も我々は……」
「女王だと!? 一体、何故そのような者がこんな国に……?」
エルフの女王はエルフに対して絶対的な支配能力を持っている。それは完全なる読心能力と命令権。
つまり、エルフである限り女王の前では心の全てを見透かされた上、女王の言葉には決して逆らう事が出来ない。
そのため、エルフの姿をしていながらその制約下に置かれない者はエルフではない……偽者という事になる。
「貴方達が依頼した冒険者の中に、女王と伝手を持っている者が居たのです。そういう意味では、彼らを寄越してくれた貴方達も恩人ですね」
「あの冒険者達にそんな交友関係があったとは……。依頼した私の方が正直驚いているよ。それで、犯人は?」
「既に潜入者は排除を済ませ、扇動されていた者達は本国へ護送済みです。里に残った者も、影響を受けた者が居ないか調査中です」
潜入者であったハルは竜一達に同行しているのだが、そこはややこしくなるのでラウェンは濁す事にした。
謝罪する事も重要な事であったが、彼女にはもう一つ伝えておかなければならない重要な事があった。
「リューイチさんの話によると、潜入工作を行っていた者は『邪悪なる勇者達』なる組織の一員。目的は世の中に混乱を引き起こす事……」
「エルフの里で思考を誘導していたのも、その一環だと?」
「えぇ。事実として、その影響で我々は分裂してしまっていたでしょう? あともう少ししていたら、種族間戦争に発展していたかもしれない」
「その可能性は否定できんな。我々の中には好戦的な種族も居る。現に今この時ですら、お主に襲い掛かろうとしているくらいだ」
最長老が指し示した方向には、ラウェンに向かって唸るライオンの獣人が居た。
左右には一回り小柄な同胞達がしがみつき、今にも仕掛けようとしているのを必死で抑えている。
「それほど、ここ最近のエルフ達が行ってきた事は業腹だという事だ。彼以外も、無論この私も……少なからずの怒りを抱いていた」
「謝罪が足りぬと仰るのであらば、この場で服を脱いで土下座しても構いませんし、何なら焼けた鉄板の上で土下座をしても構いませんよ」
「焼けた鉄板……それはもはや拷問ではないか。一体何処の輩が考えたのだ。そのように狂気的なもの……」
最長老もさすがにそこまでの事をやらせる外道ではなく、ラウェンの提案した裸土下座や焼き土下座を狂気と切り捨てるだけの良識はあった。
「……話が逸れてしまいましたね。私が言いたいのは、エルフ以外にも『潜入者』が居るかもしれないという事です」
「む、言われてみれば確かに。エルフが潜入工作されていたと言うのであれば、他の種族も……」
「各々の種族において洗い出しを行うべきですね。いざという時になって牙を剥かれてはたまりませんから」
「そうだな。今後どうするかを考えると共に、それを行う必要がありそうだ」
最長老はラウェンの謝罪を受け入れ、長老会議においても今後の禍根を残さないよう皆に約束をさせた。
そして、各々の種族の間で自分達の所にも潜入者がいないかどうかの捜索を行う事となった。
・・・・・
その頃、竜一達は長老会議が行われているテントから少し離れた場所でくつろいでいた。
オアシスの泉を傍らにいつもの如くティーセットが準備され、ラウェンの話が終わるのを待っていた。
「……ラウェンさん、大丈夫でしょうか?」
「あぁ見えて里の長を任せられる器だ。他の長達と同じ土俵で戦えるさ」
不安げなハルに対し、ラウェンと魔術談議に花を咲かせていた竜一は彼女への信頼を見せていた。
「あの子が戻ってくるまではゆっくりくつろいでいるといい。戻ってきたら、次の行動を話し合うとしよう」
「次の行動……か。今度は一体何をやらかす事になるんだろうな……」




