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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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184:罰の意味

「では、わたくしはそろそろ行く事にするわ。今度は貴方達がイースラントへおいでなさい」


 広場に開けられた空間の穴の前で、一礼する女王レジーナ。俺達もつられて一礼する。


「すまなかったね、急に引っ張ってきてしまって。代わりと言っては何だが、今後キミに何かあった時、助けになろうじゃないか」


 相変わらずリチェルカーレだけは腕組みした姿勢のまま、対等の立場の者としてレジーナに言葉を送っている。


「その時はそうさせてもらうわ。ではラウェン、入れ替わりで王宮の兵達を寄越すから、後の処置はお願いするわね」

「はっ! お任せください」


 ビシッと敬礼するラウェン。その姿を微笑ましそうに見た後、女王は穴の中へと入っていった。


「女王も空間転移が使えたんだな……知らなかった」

「当然さ。エルフほどの長寿命ともなれば魔術を学ぶ時間はふんだんにある。それに、あの子は元々から才に秀でていたからね」

「という事は、アルヴィさんも空間転移を使えたりするのか……?」

「あ、いえ……その、私は……」


 目線を逸らすアルヴィさん。


「アルヴィにはまだ無理だね。使えるだけの力量はあるが、知識が追いついていないんだ。魔術は『意味の分からない事は再現できない』からね」


 確かに、火や水などの自然現象は間近に現物があり、根本的な科学知識までは分からずとも、対象を見て観察し、知識を得る事が出来る。

 火であれば、どうすれば火が付き燃えるのかを理解できる。だが、空間に穴が開いていた所で、どうやれば空間に穴を開けられるのかを理解する事が出来ない。

 魔導師の『三大難題』とは、まさにそういうハードルの高さが所以と言う訳か。時間や空間と比べれば、まだ重力が簡単に思えてしまうレベルだ。


「……む、ここが辺境にあるというエルフの里か」


 今度は先程の空間の穴から、軽装鎧を纏ったエルフの兵士が姿を現した。続いて同じような格好をした者達が数人、ローブを纏った魔導師達も現れる。

 合計すると二十人近くになるだろうか。ラウェンとアルヴィさんの前に整列すると、その場で跪いた。


「女王より勅命を受けて参りました。アルヴィース様と、弟子のラウェン様を主と思い、里の後処理を行え――と」

「後の処理をお願いすると言われたのはラウェンなのだから、全てはラウェンに任せるわ」

「えぇっ!? 私がですか……? 師匠を差し置いて、そんな」

「何を驚く事があるのですか。さっき女王に「お任せください」って大見得切っていたじゃない」


 確かに言ってたな。師匠からの指摘に、ラウェンが黙ってしまったぞ。


「わ、わかりました! では今回、里を混乱に陥れた『エルフ独立同盟』のメンバー達には一定期間の鉱山労働を課しますので、全員捕えてください! 水でずぶ濡れになっている者達がそうです!」


 あの制裁は同時にマーキングにもなっていた訳か。メンバーしか制裁を受けていないから知らない人にもわかりやすくていいな。


「鉱山労働って言ったけど、エルフ達は森に住んでるんじゃないのか? 鉱山と言うとドワーフのイメージなんだが」

「本国イースラントの大森林は山に面している箇所もあるのです。国内の土地ですし、活用しないのも勿体ないと思いまして、現在積極的に開発を行っています」

「森はエルフの領域だとか、鉱山はドワーフの領域だとか、特にそういうルールがある訳ではないんだな」

「ありませんよ。しかし、ドワーフが鉱山に精通しているのは事実。故に知恵をお借りしています。素人判断での作業は危険ですしね」


 餅は餅屋と言うしな。鉱山での採掘なんて危険な作業を、素人判断でやったら命の危機どころか、崩落とかも起こり得る。

 そう言った部分を素直に頼るのが成功の秘訣だ。意地を張って無理に進めてしまい、大失敗したという例は多々ある。


「とは言え、そういう危険な部分まで全て委ねるのは、エルフとして礼を欠くと考えています。故に、採掘はエルフ自身で行います」

「エルフと言うと頭脳労働や魔術ってイメージが強いんだが、そんな肉体労働を好んでやってくれる者達が居るのか?」

「お忘れですか? エルフは森の狩人と称されるほどに運動神経も優れています。貴方も見たでしょう、森の中を駆け回るエルフ達の姿を」


 そういや忍者の如く木々を渡って移動したり、弓の腕も優れていたりしたな。常人よりも遥かに肉体が強いって事か。


「ですが、イメージもあってか積極的に就労してくれる者は少ないです。そのため、刑罰として犯罪者を送り込む事で人員の確保をしています」

「労働が刑罰になるってどれだけキツいんだよ……。そんなんだから積極的に就労してくれる人員が少ないんじゃないのか?」

「確かに鉱山労働は厳しいです。そのため、一般労働者には一般的な給料相場の三倍を用意し、労働時間も短めで、アフターケアもバッチリ用意しています」


 厳しさの見返りに高額の報酬……基本だな。福利厚生もしっかりしているようだし、ブラック企業の如き長時間労働でもないようだ。

 それでも人が集まらないのは、やはり劣悪そうな環境と危険性だろうか。美しい森に住むエルフ達が土埃にまみれた洞穴を好むとは思えない。


「一方で、犯罪者には鉱山内に施設を作り、お買い物が出来る独自通貨も用意してやる気を出させるようにしているのですが……」


 独自通貨って、何処ぞの闇金融の地下労働施設じゃあるまいし……。やはり相場は通常通貨の十分の一だったりするんだろうか。

 おそらく一日外出券とか一日個室券とかも用意されているに違いない。ギャンブルとかも行われていそうだな。


「私個人としては、刑罰なのだからそんなもの無くても良いと思うのですが、我らが女王は等しく同胞を愛しておられます。罪人にさえもお金を与え、娯楽に触れる機会を作って下さる慈悲深さに感謝してください」


 あの女王の事だから、純粋な慈悲ではないだろうな。独自通貨を巡って起きるであろう様々な騒動を見世物として楽しんでいそうな気がする。

 兵達に引っ立てられていく幹部連中や、良いように洗脳されていた若者達。皆がこちらを縋るような目で見てくるが、そんなのは知った事ではない。

 若者達に関しても、どういう意識だったにしろやってしまった時点で有罪なのだ。労働の喜びを知って悔い改めるがいい……。




 兵士達が引き上げていくのを見送っていると、女王から与えられた『罰』を受けていたハルが戻ってくる。

 彼女に与えられた罰は『母親に旅立ちの挨拶をする』というものだったが……。


「おかえり。どうだった?」

「……大丈夫。病気の母を治せるだけの知識を本国で学びたいって伝えてきた」


 それが、旅立つにおいては一番無難な所だろうな。母親の側も、自身を理由に出されては無理も言えないだろう。


「いえ、貴方の罰はそれで終わりではありませんよ」

「どういう事……?」

「貴方は別に『自身が偽者であり、本物の娘は既に故人である』と伝えた訳ではないのでしょう?」

「……伝えられるわけないじゃない。そんなの」


 アルヴィさんが話に入ってくる。彼女が言いたい事は俺にも何となく察せられる。

 ハルに与えられた罰はこれで終わりではない。むしろ、これからが始まりとも言える。


「そうですよね。ならば、母親にとってポワールという娘は未だに生き続けていると言う事になりますね」

「今のハルにとって、ポワールの母親はもはや他人ではないだろう。もう一人の母親と言っても過言ではないはずだ」

「それは否定しないわ。何せ、本当の母親よりもポワールの母親と共に暮らした時間の方が長いんだもの」


 ハルは高校生だった。エルフとして三十三年の時を過ごしたのであれば、確かに実の母親よりも共に生活した時間は長いな。


「……悲しませたくは無いんじゃないか? この先勝手に死ぬ事は許されないぞ」


 音信不通のまま消え去ったのではなく、ちゃんと挨拶してから旅立った。それはつまり『再会を前提とした形』と言える。

 旅立ちの理由としてあぁ言ってしまった以上、いつかは戻ってきてその成果を披露しなければならない。

 ハルに与えられた罰の本当の意味とは『ポワールに成り代わった責任を最後まで取れ』という事なのだろうな。


「なんて重い罰なのかしら。今更になって、今までに繰り返してきた裏切りの痛みで心が苦しくなってきたわ……」

「それらもおいおい償っていけばいい。ハルはこれからどうしたいんだ?」

「……どうするも何も、行く宛がないのよ。母に伝えた本国云々は方便に過ぎないし。あ、病気を治す術を知りたいってのは本心よ」


 とっさにフォローを入れるハル。里を離れるためにでっち上げた理由であったが、全てが嘘ではない。

 いつかはここに『ポワールとして』帰還し、母親の病気を治す。新たな目標を得たのだ。


「別に、本国行きを真実にしてしまう事も可能ですよ……? 私、師匠の弟子とあってか本国で通じる伝手はありますし」

「エルフに対してあれだけの無礼を働いてしまった後で、エルフの本国に堂々と行けるメンタルなんて無いわ」


 ラウェンが気を利かせてくれるが、さすがにそこまでハルのメンタルは鋼ではなかった。

 本国のエルフ達はその罪を知らないだろうが、エルフ達に囲まれて暮らす以上は常にその罪と向き合い続けねばならなくなる。


「……だから、当面は貴方についていく事にするわ。いつまでかは分からないけどね」


 ハルが仲間に加わった。




 ・・・・・




 その頃、数百メートルほど離れた樹上に、一人の女性エルフが立っていた。


「ごめんね、ポワール――いえ、ハル。私は全てを知っているの。そして、おひいさまに身体も治療してもらったわ」


 すっかり元気になったポワールの母、シャリテだった。その姿は、若く美しいエルフの戦士と何ら変わりがなくなっていた。

 現役当時の能力と比べればまだまだ劣るものの、軽く木々の間を飛び回る事くらいは出来るようになっている。


「でも、娘の意思を最後まで継ごうとしてくれるその想いは受け止めるわ。娘と最後に出会ってくれたのが、貴方で良かった」


 今更になって『病気の治療は必要ない』などとは伝えに行けない。でも、その過程で学ぶ知識は決して無駄にならない。

 シャリテはそう考え、自分のために動こうとするハルを――もう一人の娘を密かに見送ろうと思い立ったのだ。


「もしハルが戻ってきたら、その時は病気のふりをしていないと不味いわよね……」


 そして、いざその時が来た時の事を考え、シャリテは悩むのだった。

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