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016:街道を往く

 首都スイフル内の大通りを抜けると、巨人でも通れそうなくらい大きな門が見えてきた。

 街壁も高さにして十メートルくらいはあるだろうか。首都だけあって、さすがにその規模はデカい。

 門の周りには衛兵が何人か立っていて、出入りする者達の事を一人一人と確認している。

 リチェルカーレによると、冒険者の場合はギルドカードを見せるだけでいいらしい。


「ふむ。Eランク冒険者が二人か……。あまり無茶をしないようにな。気を付けるんだぞ」


 気遣ってくれた。なんて良い衛兵なんだ。

 駆け出し冒険者ってのは、創作物だと小馬鹿にされたりするパターンがあるからな……。

 この首都の兵達はどうやらちゃんと教育が行き届いているようだ。




「そういや移動手段を使うって言ってたな。どうするんだ?」


 門から出た俺は早速リチェルカーレに尋ねてみる。


「そう慌てなくていい。今から呼び出すよ」


 彼女がパンパンッと手を叩くと、眼前に数メートルほどの黒いトンネルが口を開けた。

 直後、中から馬の蹄のような音が鳴り響き、姿を見せたのは――


「骸骨の……馬?」


 青白く光る馬の形のオーラを覆うかのように骨組みが形作られている。

 良く見ると骨の馬には紐のようなものが付いており、さらに続けて馬車までも出てきた。

 そのデザインたるや何とも禍々しいもので、魔王が愛用している馬車だとか言われても納得がいく。

 巧みに様々な形の骨を組み合わせ、見事に馬車を作り出しているのは凄いと言えるのだが……。


 しかし、馬車以上に禍々しいのは、御者として乗っている存在――骸骨だ。

 まるで王様のような派手な衣装を身に纏ってはいるが、その中身は完全に朽ち果てている。


『やぁご主人。久々にお呼び出しがかかったみたいだが、何用かね?』

「骸骨が喋った……」

「久しぶりだね、死者の王よ」

『おや、ご主人が一人でないとは珍しい。そちらの人間は?』

「彼はリューイチ。異邦人さ」

『なるほど、貴方ならば絶対に食いつく存在ですな。リューイチと申したか、我は■■■■■――』

「名前を言った所で無駄だよ。君の名はリッチ化した影響で呪われているから第三者には言語として聞き取れないんだ」

『そ、そうか。ならば、まぁ……主が呼ぶように『死者の王』とでも』

「よ、よろしく……お願いします。俺は、刑部竜一です」

「彼は世間一般で言う『リッチ』と呼ばれるモンスターでね、世で死者の王と呼ばれるくらいアンデッドの中では強いんだ」

『ふはは、リッチの中でも我こそ最強。まだまだ若造リッチどもには負けんぞ』


 リッチにも若造とかベテランとかあるのか……。


「それはそうと、なんか周りの人達が恐ろしいものを見るような顔でこっち見てるぞ」

「当然だよ。リッチと言えば討伐依頼が出るにしてもBランク複数パーティかAランク以上が求められるくらいの存在だからね」

『ふん。我を倒したくばSランクでも引っ張り出してくるが良い。まぁ並のSランクなど返り討ちだがな』

「何よりもリッチの恐ろしい所は、強い弱いより、己の身体を維持するため無差別に周りから魂を吸収する点だけどね」


「「「「「ひいぃぃぃぃぃぃぃっ!」」」」」


 リチェルカーレの言葉を聞いて、門付近に居た人達が一斉に逃げ出した。

 先程まではただ恐ろしがっていただけだが、魂を吸収されると聞いて今度は本気で命の危機を感じたらしい。

 さすがに衛兵達は武器を構えた状態でしっかりとこちらを見据えて立っているが……。


『ご主人、それは風評被害というやつですぞ。無差別なのは野生のリッチに限った話です。我は契約するご主人より魔力を頂いておりますので、魂を吸収する必要はないのです』

「わかっていて言ったんだ。遠巻きにチラチラ見ている輩が鬱陶しかったんでね」

『人避けのために我のイメージを悪くしないで頂きたい……。こう見えても大人しくしていたいのだ』


 まぁ、確かにこの人(?)はあんまり悪い印象を感じないな。生前は良い人だったんだろうか。

 その時の人格が維持されているのだとすれば、例えリッチだとて問題はなさそうだな。


「君達もそんな構えなくていいよ。アタシは王城の魔導研究室を主宰しているリチェルカーレだ。確認を取ってもらってもいい。安全は保障するよ」


 衛兵のリーダー格が頷きで合図をすると、横に居た兵士が走り去っていく。

 おそらくはリチェルカーレが言う『確認』を取りに行ったのだろう。


「さて、のんびり馬車旅と洒落込もうじゃないか」

「できるかー! 却下だ却下!」


 出会う人出会う人がいちいち恐れおののきそうなこんな馬車でのんびりなんてできるか。


「安心するといい。ここいらの冒険者やモンスターでは手も足も出ないだろうさ」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……」

「わかったわかった。この旅の主賓は君だからね。意向には従うさ。という訳で済まないが、戻ってくれないか。礼の品は後で送っておくよ」

『品さえ頂けるのなら、我はそれでもかまわぬ。また何かあれば呼ぶといい』

「申し訳ない、俺のワガママで帰らせる事になってしまって」

『気にするな。人里を歩くには我の存在が問題である事は分かっておる。ご主人の方がが無茶を言っているのだ』


 骸骨なので表情までは良く分からなかったが、声の感じから笑っているように思えた。

 怒っていないのであれば何よりだ。今度会った時は共に冒険してみたいものだ。


「では、代わりの移動手段を出すとしようか」


 そう言ってリチェルカーレが空間から引っ張り出したのは、畳一畳分くらいの絨毯だった。


「これに魔力を込めて……ほいっと」


 淡い赤色の魔力光が絨毯を包み込むと同時、五十センチ程の高さにまで浮き上がった。

 凄ぇ、空飛ぶ絨毯ってやつか。リッチの馬車に比べたら断然こっちの方がマシだな。

 先に乗っかったリチェルカーレが俺の手を引いて絨毯に乗せてくれる。


 座り心地は間違いなく絨毯だ。空中に浮いてはいるが、まるで床に敷かれた絨毯の上に腰を下ろしているようだ。

 試しに手のひらでグイッと押し込んでみるも、絨毯がたわむのではなく、俺の手のひらの方が押し返される。

 言わずもがな魔力によって強度が高められているのだろう。普通に考えたら床に接していない絨毯などふにゃふにゃで座れたもんじゃない。


「さぁ、まったり街道の旅と行こうじゃないか」



 ・・・・・



 と、リチェルカーレは言っていた気がするが……この絨毯結構早いぞ。

 徒歩の冒険者達や馬車はもちろん、馬で駆けていく騎士すらも余裕で追い抜いて行った。


「前方に魔犬三匹。狙撃可能な距離にまで到達したら頼むよ」

「了解……と」


 まったり街道の旅とやらは何処へやら、俺はレミアとの摸擬戦で使った銃と同一の物を使って街道に現れた魔犬を次々と狙撃していた。

 腕に魔力を込めて強化し、視力も強化すれば、発砲の衝撃でブレる事も無くなり遠くの獲物もハッキリ見えるようになるため、飛躍的に命中率が上がった。

 腕の力を強化する事に関しては既にギルドで実践していたが、視力に関してはリチェルカーレのアドバイスによるものだ。

 身体能力を強化する事が出来ると言う事は、肉体的な強さのみならず五感をも強化できるという事。彼女に言われるまで気付かなかった。


 加えて、銃弾にも魔力を込める事で破壊力を増す事が出来た。

 本来ならば魔犬の額に穴を開けるのがやっとだった一撃――最初の一発――が、以降魔力を込める事によって頭を粉砕する事が出来るようになった。

 込める魔力の量によってはもっと威力が増すとの事だが、オーバーキルは素材回収も困難になるし疲労度も増すため、加減は必要だ。


「うん、上々だね。後は討伐証明部位を回収して森へ向かうよ」


 リチェルカーレは絨毯の移動を止める事無く、かつ直接触れる事なく素材を回収していく。

 曰く、対象に魔力を飛ばして包み込み、それを手元へと引き寄せているらしい。

 シューティングゲームで倒した敵のボーナスアイテムが自動的に自機へ吸い寄せられて回収されるシステムを思い出すな。


 魔犬の場合は牙だが、基本的に討伐証明部位はモンスターの肉体の一部なので、あまり直接は触れたくはないものである場合がほとんどだ。

 そういう意味ではリチェルカーレのやり方は理にかなっているが、後にこの作業が世間一般ではかなり高難易度だと知った。


 まず闘気は基本的に『攻撃に用いる力』であるため、普通の使い手は力を放ったら対象を破壊してしまうらしい。

 かと言って法力の場合だと『相手を優しく包み込む事』は出来ても、力を手元へと引き寄せると力だけが戻ってきてしまうらしく、包み込んだ対象ごと引き寄せる事は出来ないのだという。

 そこで活躍するのが魔力だ。魔力を現象化させずに上手い事コントロールする事で、どの属性にも類しない『無属性』の魔術を行使する事が出来るのだ。

 無属性の魔術は人の発想の数だけあり、ギルドで聞いた魔術理論は『無属性』のものが割合として多いらしい。何とも微妙な『手から嫌な臭いを出す魔術』もそれだとか。


「常時討伐依頼が出ているだけあって出現頻度が高いね。また前方に二匹気配があるよ」


 手元の銃は弾を撃ち尽くしていたので、即同じ銃を召喚した。そう、謁見の際に使った物と『全く同じ』銃を。

 これも道中で気付いた事なのだが、どうやら俺は『全く同一のもの』を何度も召喚できるらしい。

 先程魔犬を狩る際に銃を召喚していたのだが、その銃はレミアの摸擬戦で用いていたものと同一の型だ。

 だが、俺は向こうの世界においてその銃を一つしか所持していない。レミアとの戦いで使った物は王城に置きっぱなしだ。

 にも関わらず、手頃な銃を召喚してみたらそれが出てきたのだ。俺としては助かるから、別にいいんだが――


 リチェルカーレに聞いてみた所、現物は向こうの世界に残されたままで、こちらに召喚されたのはそれを基にした複製ではないかという説だった。

 ミネルヴァ様と初対面時、物理的に俺のカバンが召喚されたのを目撃していた事に関しては『あの時はまだ向こうと直接繋がっていたからではないか』という推測が挙げられた。

 言われてみれば確かにそうかと思った。あの時はまだミネルヴァ様の空間の中で、向こうの世界の状況も映像で見えていたしな……。


「……始末完了。回収を頼む」


 余談だが、弾切れになった際は弾倉のみを召喚するより、本体ごと新たに召喚しなおした方が交換の手間とかも無くて早い。

 銃の使い捨て状態。とは言え、その辺に適当に捨てている訳ではなく、リチェルカーレが開いた空間の穴に捨てている。

 そこは彼女にとっての物置の一つで、こうして俺が廃棄した物は後々に彼女が異世界の文明を研究するための資料として使うらしい。

 分解とかして仕組みを調べるんだろうか、それならサンプルは多い方がいいか……?


「ん、これで十個は超えたかな。イスナ村の支部で提出するとしよう」


 それから俺達は六匹を追加で狩り、スイフルとイスナ村の中間あたりにあるという森にやってきた。

 俺は絨毯から降り、リチェルカーレが空間の穴に絨毯をしまう。ここからは徒歩での散策だ。


「薬草採取はアタシが主体でやるから、その時にリューイチは種類や効能を覚えるといい。あと戦闘はさっき買った剣を使ってみようか」


 腰に下げた剣にそっと手を触れる。さすがにこれは向こうの世界の戦場でも振るった事がないものだ。

 剣道でもたしなんでいれば少しは違ったのかもしれないが、知識皆無の状態で一体どう戦えばいいのだろうか。


「安心するといい。剣術に関してもアタシが指導するよ」

「……魔導師じゃなかったっけ?」

「まぁ長生きしていると色々やってみたくなるのさ」


 そういや数百年は生きてるんだっけ。確かに色々とやる時間はありそうだが……

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