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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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179:影宮晴秘の憂鬱

 私が今まで何事もなく過ごしていた日々が憂鬱に感じられるようになったのは、つい最近の事。

 ある出版社から発売された一冊のライトノベル……それが、私を取り巻く環境を変えてしまったのだ。


「今思えばお前って、名前そっくりだな」

「でも、名前の割に暗い感じだよな。苗字も影宮だし」

「本家に失礼だよなー」


 こんな感じ。直接暴力を振るってきたり暴言を吐いてきたりする訳ではないけど、何かとライトノベルのキャラクターを引き合いに出して私の名前を馬鹿にしてくる。

 大体『本家』って何なのよ。私の方がそのノベルよりも圧倒的に早く世に出ているのだから、本家を名乗るのだとすれば私の方にこそ資格があると思う。

 とは言え、そんな名乗りを上げるつもりは毛頭ない。創作と言うのは、いわば人の数だけ存在する。一つや二つ、何かしら要素が被るものがあったって仕方が無い。


 ようするに、彼らが馬鹿なだけなのだ。いい年して虚構と現実の区別もついていない、図体の大きな子供達。

 何故そのような者達に対して、わざわざ私の貴重な時間を割いてまで相手をしなければならないのか。

 しかし、こんなくだらない事がいつまでも続くようだと、さすがにわずらわしい。


 教師への相談も考えたけど、このような事を話してもまともに取り合ってもらえる気がしない。

 それどころか変に話が拡散して余計に事態を悪化させそう。私は基本的に教師という存在を信用していない。

 はぁ、それならいっその事どこか遠くへ行ってしまいたいくらいね。何もかもを捨てて……。


『貴方は何処か遠くへ行きたいですか? 知らない町を歩いてみたいですか? 知らない海を眺めていたいですか?』


 なに? 今の声……。


『貴方が望むのであれば、遠くへ。それこそ、誰も手が届かないような遠くへ連れて行って差し上げましょう』


 気のせいじゃ、ないみたいね。


『何もかもを捨てて。それは、ルールも、友達も、約束も、みんな捨てて……それほどの覚悟がおありという事でしょうか?』


 私の頭の中に響く女性の声。覚悟を問うているようだけど、愚問ね。


 ルールなど知った事か。自分で言うのもなんだけど、そもそもまともな友達なんていない。だから、約束なんてものも無い。


『……あっ、その。何と言うか、ごめんなさい』


 気の毒そうにしないで! それでも今までちゃんとやってきたんだから。


『わ、わかりました。では、合意と見てよろしいですね?』


 私が意識の中で返事を返すと、急激に眠たくなって、そのまま――



 ・・・・・



 目を覚ますと、そこはひたすらに白一面の目映い世界だった。

 地面は存在しているのか、重力は存在しているのか、何もかもが分からない。


「お目覚めになられたようですね」


 声を掛けてきたのは、白をベースとしたドレスを纏い、緑の髪が映える大層美しい女性だった。

 同じ女として嫉妬するのが馬鹿らしくなるくらい、生物としての格が違うと思わされるレベルで綺麗な人。

 もしこの世に女神というものが存在するのなら、まさに彼女のような人こそが『それ』でしょうね。


「私はミネルヴァと申します。貴方を勇者として招き入れるためにやってきました」


 ――彼女の話をザッとまとめると、こう。


 ル・マリオンという世界にて、危機的状況に瀕している国がある。

 その状況を打破すべく、異世界から『勇者』となる資質のある者を召喚したい。

 彼女はその願いを聞き届け、勇者を探しに来た存在であるという。


「私が勇者……はは。こんな私に一体何が出来ると……」

「ご安心ください。勇者召喚される方には、願いを叶えるに足る『勇者の力』を授けます」


 ミネルヴァが私に向けて右手をかざすと、私の身体から淡い輝きが放たれた。


「ちょっと、まだやるだなんて……」

「何もかも捨てて遠くへ行きたいのではなかったのですか? 異世界でしたら、誰の手も届きませんよ?」


 ぐっ、それを言われると。


「では、後は召喚先でお話を聞いてくださいね。ご武運を~」


 ミネルヴァにヒラヒラと手を振られ、私の意識は再び落とされる……。



 ・・・・・



 再び目を覚ますと、今度は大勢の人達に囲まれ目覚めを見守られるという状況に陥っていた。

 白い衣服をまとったその姿は、異世界に関する知識が無い私でも想像がつく……神官だ。

 足元をよく見ると、何やら光る塗料で模様が描かれていた。これが俗に言う魔法陣というものかな。


「おぉ、勇者召喚に成功したぞ! 皆の者、よくやった!」


 そんな神官達に拍手を送る、一際派手で目立つ格好をした白髪の男性。口元も髭で真っ白。

 確認するまでも無い。この人こそが、勇者召喚を願った『王様』なのだろう。

 王様は私の方を見てハァハァと興奮している。欲情している訳ではない……よね?


「よくぞ来てくれた選ばれし勇者よ! タシュエヴ王国一同、諸手を挙げて歓迎いたしますぞ!」


 選挙で当選した際の事務所みたいにみんなしてバンザイしてる……。

 異世界とか言っていたけどその辺は一緒なんだ。なんて都合がいいんだろう。


「早速で申し訳ないのですが、我が国は今、存亡の機に立たされております。大臣、説明を!」


 いきなり『存亡の機』だなんて、随分と重い案件を任せられたものね。

 召喚に応じた時点でそれはいいんだけど、私の方には自己紹介の間すら与えてくれないの?

 自分達の事を押し付けるばかりで、こちらに対する配慮が全く無しなのは正直不愉快。


「失礼致します。では早速、わが国で起こっている事ですが……」


 聞かされた内容は、何とも自業自得としか言いようがないくだらないものだった。

 この国は貧富の差があり、その差を埋めるべく貧困層と富裕層の融和を進めてきたが、一部の過激派が暴走。

 富裕層から土地を収用したり、他所の国から来ている業者からも強制的に多額の金銭を譲渡させたりした。


 その結果、富裕層が経営していた農園のノウハウが失われ、農業が崩壊。土地特有の気候による干ばつも影響し、極端な物不足に。

 治安が悪くなり、富裕層達も度重なる襲撃を受けた事で国外へ脱出。凄まじいインフレーションが発生……。

 って、これは明らかに勇者の仕事じゃないわよね。何処かから経済の専門家でも連れてきた方が良かったんじゃない?

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