177:撤退は悪手
「……あれ? 爆発しない」
思いっきり竜一の仕掛けた地雷を踏んでしまう、邪勇者の少女。
「それは圧力解除式だ。スイッチから重みが無くなった途端に爆発するタイプだから、そのままじっとしていれば大丈夫だぞ」
「じっとしていれば……って、おい」
少女は助けを求めるような目で竜一の方を見るが、竜一はそのヘルプに応じる事はない。
「障壁を張っているんだからそのまま爆発させればいいじゃないか。地雷くらい耐えられるだろう? 何なら、俺が爆発させてやろうか?」
右手に火の玉を生み出し、ふわふわと浮かせつつ話を続ける。
「鬼! いくら障壁があっても怖いんだよ! 私は地球人だぞ……こういうのは不慣れなんだ!」
「まぁまぁ、物は試しと言うじゃないか。苦手でもやってみる事に意義があると思うぞ。と言う訳で、ほれ」
竜一が彼女に向けて火の玉を放る。いきなりの事に、思わず身体を動かして避けようとしてしまう。
その影響で地雷を踏んでいた足は離れ、同時に発動条件を満たした地雷が炸裂する!
「しまっ――!」
実は竜一の放った火の玉は、足元の地雷を爆発させるためのものではなく、単なる脅しで放られただけのものだった。
そのまま障壁で防御していれば何事もなく済ませる事が出来たのだが、恐怖に駆られていた彼女は選択を誤ってしまった。
「きゃああああああああああああ!」
爆発する地雷。それをきっかけとして巻き込まれた他の地雷も次々に爆発し、まるで戦地の如き轟音がエルフの里に轟く。
広場は爆炎と煙に覆われ、やがてそれが収まると……そこには潰れたカエルのように倒れ伏している彼女の姿があった。
「うぅぅ……なんなのよ、もう……。私は潜入工作や裏方が専門なのに……」
「さっきあれだけ自信ありげだったのにえらい変わりようだな」
竜一は彼女を引っ張り起こし、眉間に銃を突きつける事で己の勝利宣言とする。
「……と言う訳だ。洗いざらい話してもらうぞ」
◆
「とりあえず名乗ってもらおうか。まずはそこからだ」
考えてみれば、対面してから今までずっと聞いていなかった。
「……ハル」
「いや、本当に名乗るだけかい」
ハルと名乗った少女は、頬を膨らませて非常に不機嫌な顔をしていた。
余程地雷の件が癪に障ったのだろう。だが、そんな事は俺の知った事ではない。
ゴリッと銃口を額に押し当てる事で強制的に話の続きを促させる。
「わ、わかった! 言う、言うから……」
聞き出した所によると、彼女はハル。本名ではなくコードネームだが『邪悪なる勇者達』では、それが基本との事。
序列は八十六位。別にハルだから八十六という訳ではなく、本当に偶然その順位に収まっているらしい……。
「組織では『千の顔のハル』として通ってる。さっき見ての通り、私は長期に渡って潜入してもバレないレベルの変身が得意なんだ。あいつさえ居なければ……」
実際、彼女は長きに渡って若きエルフの一員として里に潜入。同盟に食い込み、下から意見を言う形で思うように方向を誘導してきた。
それこそ、全てのエルフに対する絶対的な支配能力を持つという女王でもない限りは、決して見抜けなかったのだろう。
しかし、そのイレギュラーが里へやってきてしまうという大誤算。彼女の能力の前では『エルフではない』とバレバレだった。
「まぁ、確かにエルフの女王自らがこんな所にやって来るなんて、誰も想像しないだろうさ。俺もやってきたときはビックリしたからな」
「おかげで大失敗だよクソッ! 覚えてろよお前! 今度会った時は絶対にボコボコにしてやるからな……」
彼女の胸元で何が光ったかと思うと、まるで渦を巻くようにして姿が掻き消えた。何らかのアイテムによる空間転移か。
だがこの場でその逃げ方を選択したのは悪手だったな……。リチェルカーレに目線をやると、軽く頷いて右手を前方へ突き出した。
指先から徐々に空間へと沈んでいき、やがて手首から先が姿を消す。そして、手応えを感じたのか、思いっきり引っ張った。
「……なっ!?」
彼女の手に鷲掴みされていたのは、さっきここから消えたハルの顔だった。
そのままズルズルと引き出され、全身が露出したのと同時に彼女の後頭部が地面へと叩きつけられる。
地面にクレーターを生じさせるほどの勢いで叩きつけられたハルは、呆気なく意識を手放した。
「ちょっ、今……一体何をやったんですか!?」
エルフ達の防衛に徹していたラウェンが唐突に叫ぶ。
「その人、さっき空間転移で逃げましたよね……? それを捉えるとか、でたらめ過ぎるでしょう!」
あー、正直俺もそう思う。ただ、俺の場合はコンクレンツでも見ていたから驚いていないだけだ。
同じくその場にいたレミアも平然としているし、昔からの知り合いだというアルヴィさんも女王もすまし顔のまま。
エレナとセリン、スゥは初見だったのか目を見開いているが、ラウェンが先にツッコんだためか黙っている。
「まぁ、リチェルカーレだからなぁ……」
「大姐ですからね……」
俺もアルヴィさんも、返す言葉と言えば『リチェルカーレだから』としか言いようがなかった。
少なくとも数百年単位での付き合いがあるアルヴィさんと、出会ってそう時間の経っていない俺との意見がまさかの一致。
あいつは異邦人である俺を未知の存在と呼ぶが、実際の所はあいつ自身が一番未知の存在ではないだろうか。
「当時でさえとんでもなかった大姐が、時を経てさらにとんでもない事に……。大姐には限界と言うものが存在しないのでしょうか」
深いため息と共に、アルヴィさんがぼやく。
ちなみに『大姐』とは、一部の人達によるリチェルカーレの呼び方との事。
曰く、当時に異邦人の知り合いから聞いた異世界の言葉で『一番上の姉』を示す言葉であるらしい。
響きからして中国語か。中国出身の異邦人と交流でもあったのだろうか……。
いや、それ以前に『一番上の姉』を意味する単語で呼ばれる理由はなんだ?
アルヴィさんと血が繋がっている姉妹とは思えないし、家族的なコミュニティにでも所属していたのだろうか。




