176:銃は恐ろしいもの
(ちっ、銃使いか……。となると、最低限障壁は常時展開しておかないとマズいね……)
人間の素の身体能力で、銃弾を見てから回避するのは基本的に不可能。
魔力で身体強化をすれば出来ない事も無いが、そうなると魔術に割くための魔力が減る。
加えて、回避しながら魔術を構築するという難易度の高い戦術を要求される。
故に、彼女は常に物理攻撃を弾く障壁を展開し続けるという選択肢を取った。
常時の身体強化と同じく一定の魔力を消費し続ける事には変わりないが、この場合は動く必要が無くなる。
回避のために動く事なく、敵の攻撃にじっと耐えつつ魔術を練るべく集中する事が出来る。
先程彼女の頬を掠めた銃弾から想定して、それに耐えうる障壁を構築する。
竜一もそれに気付く。その上で一発、続けてもう数発連続で撃ってみるが通らない。
「残念だったね銃使い! その異能では私の障壁を突破出来ないよ!」
再び多数の炎を出して、周囲へ拡散するように放つ。
アルヴィによる水のドームで森は守られているが、逆に言えばドーム内は守られていない。
今度はエルフの森を燃やすためではなく、エルフ達を燃やすための一斉攻撃だ。
(さぁどうする! 対処しなければエルフ達が焼け死ぬぞ……)
彼女はエルフ達を攻撃する事で、竜一がそれをかばう動きをする事に期待していた。
だが彼女は失念していた。そもそも竜一にエルフを守る気など微塵も無い。故に、竜一は不動を貫く。
その間にも、水責めによって苦しみ、未だまともに動けずにいるエルフ達に容赦なく炎弾が迫る。
「女王は仰いました。同胞達を等しく愛していると。ならば、私も本国のエルフとしてその意志を遵守しましょう」
エルフ達へ直撃する寸前で、ラウェンの放った炎弾が衝突し、その全てを相殺する。
「そして、アルヴィース・グリームニルの弟子として、ここでその自信と誇りを取り戻します!」
杖を構えるラウェン。今の彼女は問題事に葛藤していた時の彼女ではない。
本国の誇りたる伝説の魔導師の弟子として、その立場に恥じない活力に満ち溢れた本来の姿に戻っている。
そのみなぎる魔力は、邪悪なる勇者達となった彼女をもたじろがせる凄まじいものだった。
「ビビらなくてもいいぞ。あくまでもお前の相手は俺だ。ラウェンは全力でエルフを守る事に徹する」
竜一の言葉が挑発だとは察しているが、彼女はビビり扱いされてそれに頷けるほど己を卑下してはいなかった。
(私は『邪悪なる勇者達』の一員……。闇の力で圧倒的に強化された元勇者なんだ。現地人や、他の異邦人などに負けるものか!)
◆
割と単純な奴だったのか、軽く挑発したら俺に攻撃を集中し始めた。
炎の玉に魔力の砲撃、風の刃など……手を変え品を変え仕掛けてくるが、全然恐ろしくない。
奴はその場に留まり魔術を連発してくるだけ。まさか銃撃を恐れているのか?
固定された砲台から放たれる砲撃など、避けてくれと言っているようなものだ。
自動追尾や分裂など、搦め手でも放ってくるかと思ったが、今の所そういう気配はない。
もしかしてこいつ『邪悪なる勇者達』の中でも弱い方の部類なんじゃ……。
「どうした! 銃撃を封じられたら何も出来ないのか!」
別に封じられてはいないのだが、向こうは調子に乗っているようだな。
よし、ちょっとばかり仕掛けてやるか。俺は再び銃を構え、今度は奴の眉間に向けて――。
「無駄だって言ってるだろ! 地球の兵器が異世界の魔術に通用するなどと思――っっ!?」
音もなく放たれた魔力の弾丸が、余裕ぶって笑っている奴の額から血を噴き出させる。
まだ聞き出したい事もあるし、挑発程度に留めておいたからこれで死ぬ事はないと思うが……。
「な、何をした!?」
「いや、魔術の弾丸を放っただけだが」
大層驚いているが、もしかしてそういう発想に至らなかったのか……。
「だ、だったら銃弾も魔術も防ぐ凄い障壁を作るまでだ!」
あぁ、そういう方向へ行っちゃうのね。ならばこっちは、さらに揺さぶってやろう。
奴の足元を囲むようにして、地雷をあえて見えるように配置してやる。
一応は軽くジャンプした程度では飛び越えられないくらいにびっしりと敷き詰めておく。
「地雷!? まさか、あんたの能力って」
「何を想像したかは知らないが、こういう事だ」
次に用意したのはガトリングガン。地球人からしたら恐怖極まりない兵器だろう。
例え魔術障壁で防げるとしても、豪雨の如く叩きつけられる銃弾の雨は平常心を削ぐのに充分だ。
まだ発射をする前の時点で、既に奴は顔をひきつらせて怯えを見せている。
「しっかり防御しろよ? 蜂の巣になっても知らないぞ……」
銃を乱射していると、某セーラー服の女子高生が「快感」とかつぶやくのが良く分かるな。
元々居た世界では多くの国で銃が規制されている理由が良く分かる。これはある意味では麻薬だ。
過剰とも言える殺傷力を持つ武器を使う事が心地良いと感じてしまうとは……恐ろしい。
前々から感じていた事だが、どうにも俺の思考が肉体に引っ張られてきている気がする。
元々向こうの世界で掲げていた戦場カメラマンとしての矜持が、徐々に消えていっているような。
落ち着いたらしっかりと考えてみる必要がありそうだ。俺が俺でなくなってしまう前に。
「ひぃぃぃぃっ! 耐えて! 私の障壁……!」
凄まじい勢いで叩きつけられる銃弾の雨で障壁は瞬く間にヒビが入り、徐々に大きく広がっていく。
気付いたと同時に魔力を込めて障壁を修復するが、その事に手間を割かれて反撃のための攻撃に転じる事が出来ない。
恐れから足もよろめき、ついにはその場から一歩後退してしまい、敷き詰められた地雷に足を乗せてしまう。
「あ、これって……ヤバ――」




