175:潜んでいた邪悪
一人のエルフ女性が全身を水に濡らしながら女王の拘束とアルヴィさんの術を破って飛び出してきた。
そういやこの人、集会の最初でいきなり食って掛かってきた人だな。読心の際も、女王の興が冷めた事で間一髪で逃れてたっけ。
「お前ら馬鹿か!? ここにいるエルフを皆殺しにするとかふざけてんだろ! あのまま閉じこもってたら私も死んでたぞ!」
物凄い勢いでクレームを飛ばしてくる。それは確かに、俺もいきなり何やってんだって思ったが。
「それは誤解だわ。わたくしは同胞達を等しく愛しているわ。皆殺しなどと言う恐ろしい事、とても出来るはずがないでしょう?」
女王がアルヴィさんへ目配せすると、アルヴィさんが杖の石突で地面を軽くコンコンと叩く。
同時に他のエルフ達を囲っていた壁が消失し、広場に水が溢れ出す。拘束も解けたのか、その場に倒れ込むエルフ達。
「御覧の通り、みんな生きてますよ。貴方が耐えられなくなって脱出してくれたおかげですね。もし貴方がまだ粘っていたら、その時は本当に……?」
生きているとは言っても、ゲホゲホとむせているエルフ達や、中には吐いてしまっているエルフ達もいる。
変態性癖の中年エルフ達に関してはざまぁみろだが、その他の若者達に関してはちょっと可哀想だなと思ってしまう。
「わたくしは侵入者が居る事も、その侵入者がエルフではない事も察していたわ。だから、その侵入者にはわたくしの命令が効いていない」
「そんな相手に対して、完全に閉じ込めた上で水攻めをしたらどうなるか……。結果はわざわざ言うまでもないわね」
なるほどな。拘束が効いているフリが出来なくなるような場面を作ったって訳か。
水攻めをされる前までは、ただじっと動かずに他のエルフと同じようにしているだけで良かった。
しかし、密閉空間に水が満たされるとなれば話は別だ。何せ、己の命がかかってくる。
身体が自由に動かせる状況でありながら、そのまま水の中でじっとし続けるなど正気の沙汰ではない。
むしろ一刻も早くこの苦しい状況から助かりたい――と、己の意思など関係なく本能的に身体が動いてしまう事だろう。
それが先程の脱出劇だった。自らの命を天秤にかけてまで、エルフのフリをして耐える事など出来なかった。
「くそっ、予定が大幅に狂った……。まだ姿を現すつもりはなかったんだけどな……」
わずらわしそうに後頭部をポリポリ掻くと、金髪エルフの姿が瞬く間に別物へと変わっていく。
髪は赤いショートボブに変わり、平凡な村人の服装から、緑色のローブとオレンジ色のマントを纏う姿に変わった。
そして、魔女がかぶりそうな黒い帽子を頭に乗せて、右手には杖を……って。
(ドラ○エ3の魔法使いじゃねーか!)
その時点で察した。こいつも間違いなく異邦人だ。キャラクターになりきってるに違いない。
加えてこんな形で暗躍している……。十中八九、ダーテで聞いた『邪悪なる勇者達』の一員だろう。
「残念だったな『邪悪なる勇者達』。お前の思い通りにはいかないみたいだぞ?」
「ちっ、組織を知っているのか。何処かで誰かとぶつかったか……」
やっぱりそうか。拾えそうな情報があれば拾っておきたい所だ。
「俺が遭遇したのは浜那珂蓮弥って奴だ」
「はまなか……れんや……? 本名で言われても分からないな。私達は基本的にコードネーム名乗ってるんだよ。個々人のプライベートは詮索禁止だ」
「逆に奴のコードネームを知らないんだが……。何と言うかこう、研究者とか博士みたいな雰囲気のやつ」
「博士……まさか、お前達か! ガードンに重傷を負わせたってのは……」
どうやら浜那珂蓮弥はガードンというコードネームで活動しているらしい。
ガードンと言えば共同受賞した仲間の名だ。それをコードネームとして名乗るとは、なかなかに粋な奴だ。
しかし、重傷を負ったって……まさか、レミアの撃った一発が良い感じに当たっていたか?
「序列八を倒したからっていい気になるなよ。奴の敵討ちって訳じゃないが、今度は私が貴様らに引導を渡してやる!」
蓮弥――ガードンは序列八なのか。何と言うか、その手の組織において序列が存在するのは定番のようだな。
「で、お前は一体何者なんだ? ド○クエ3の魔法使いって訳でもないんだろう?」
「ガードンと対峙した奴は異邦人だって聞いていたけど、その点を指摘してくる時点で当たりのようだね」
「ド○クエユーザーに悪い奴はいないって思いたい所だが、どうもそうはいかないようだ」
「オンラインやってたらそういう奴は履いて捨てる程居るけどね。そろそろ行かせてもらうよ! メラゾ――」
奴が呪文を口にする前に撃った。いけない。それ以上は……いけない。
「銃!? そんなんアリ……?」
弾が奴の右頬をかすめ、うっすらと筋状の傷が浮かび上がる。
意外だな。普通に銃弾で傷つけられるのか。眉間を狙っておくべきだったか。
「どうやら呪文を唱えていては間に合わないようだぞ?」
「なめるな! 別にそんなものなくても、無詠唱でやれるっ!」
呪文を唱えるというノリが好きだったのか、それを封じられてご機嫌ななめのようだ。
その不機嫌さを力として上乗せしたかのように、奴の背後に次々と沢山の火の玉が浮かんでいく。
みんな好きだな、こういうタイプのやつ。今までに何人も似たようなのやってた気がする。
「こうなったからには、森諸共にエルフの里を焼き尽くしてやる! 行けぇ!」
一斉に火の玉を飛ばす……が、それらのことごとくが突然現れた水の壁によって阻まれる。
「さすがにそれは看過できないので、この近辺を水のドームで覆わせて頂きました」
アルヴィさんの助け舟か。彼女が直接仕掛けようとしないあたり、俺達が試されていると見ていいのだろうか。
いい機会だ。最近はあまり前に出ていなかったから、俺が何処までやれるのかを試してやる……。




